Doll of Deserting

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氷上の蒼:第二話(ギンイヅ、8000HIT記念連載)

2005-08-24 23:26:47 | 過去作品連載(捏造設定)
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 何なのだろう、この感触は。体内に異物が混入される感覚。自分ではないのに全くの他人とも言えないようなものがゆるゆると脳から爪の先までを侵食していく。イヅルは幾度となく血溜まりに嚥下され、幾度となく孤独な沈黙をたずさえてきた。しかし、こんな感覚は初めてだ。苦しいのに、こんなにも身体は酸素を求め続けているのに、むしろこのまま、沈んでいたいと思うのはなぜだろう。

                  
 

 男の口からは大量の血が吐き出され、床には血の染みが続いていた。息づく音が、段々と鈍っていくのが分かる。そこに漂っているのは、ただひどく濃密な死の腐臭だけだ。男は苦痛に顔を歪めながら、目の前に立つ男を眺めていた。
「…なぜだ…。なぜお前が私を殺す?」
「そんなことも分からないのか。お前が三番隊隊長であるからだ。そして私は隊長職には就いていない。これだけで立派な理由になる。」
 自分の不意を狙った男は、自分が最も信頼していた部下だった。いっそこれが何者でもない人間ならば、自分もまだ救われたことだろう。そう思った。目の前の男は緩慢な動作で刀についた血を拭い、鞘に収めた。卑怯な真似をされなければ、自分にも勝機は充分にあっただろう。しかしこの男は、自分が刀すら持たないところを狙った。しかも奴は、自分が何者かに殺されたとなればすぐにでも代打として隊長職に就くであろうと思われるような腕前をしていた。仕方がない、と思う。この男に鬼道だけで勝つということはおそらく不可能なのだから。自分はここで死を待つしかないのだろう。
 いざ死ぬとなれば、必然的に妻と子のことが気にかかる。妻も副隊長であるので、例え母一人子一人になったとしても充分生活はしていけるだろう。しかしこの男が隊長になった後、まだ妻が副隊長に就いているのかと思うと不安になってしまう。そして、三番隊に今も残されている、忌まわしい死のしきたりとやらも。
「そうしていればじきに息絶えるだろうさ。」
 そう言って男は踵を返した。もしかしたらあの男は、したたかにも自分が第一発見者として名乗りを上げるつもりなのかもしれない。最後まで何と浅ましい、と、緩んでいく力を振り絞るようにして口唇を歪めた。
「…っ景清様!」
 血溜まりに沈む自分を呼ぶ声がする。それは鈴を転がしたように澄んだ声だ。自分が最も、愛した女の声だ。
「…シヅカ…。」
 シヅカの絹糸を思わせる蜜色の髪が、さらりと揺れる。死神業には邪魔だからと言って伸ばすのをためらっていた髪を、伸ばすようにと頼んだのは他でもない景清である。
「シヅカ、頼む。私はこのまま死ぬだろうが…お前は生きてくれ。」
「何をおっしゃいます!三番隊の上官として、ここで私だけ生きるわけには参りません!」
「あんなしきたりに惑わされるんじゃない!あまりに馬鹿げてる…。私達には、イヅルがいるのに…。」
 景清とシヅカの表情が、同時に歪曲した。三番隊には、公表されることのないあるしきたりがある。それは護廷には伝えられておらず、代々、隊長と副隊長だけに伝令されるものだ。
 ―…三番隊隊長が死んだ場合、副隊長も共に後を追わなければならない。
 馬鹿げている、と言って実行しない者も多いが、その場合、結局は後日何者かによって始末されている。しかも副隊長が死んだ場合には、隊長は後を追わずとも構わないのだ。景清は、そのことに少なからず疑問を抱いていた。何はともあれ、自隊の隊長のために死ぬ覚悟がある副隊長というものは限られてくる。三番隊の上官二人が、必ずしも通じ合っているわけではない。ましてや異性であるとも限らないのに、どうしてそこまで心酔出来ようか。
「…しかし景清様、私達は仮にも夫婦なのです。ただの隊長副隊長という関係ではございません。それに、子がいようとも、最終的には私は始末されます。」
「だからこそ、だ。隊長副隊長という…関係で…ないから、こそ。」
「死神を辞めたとしても、それならばどこでどうやって生きていけというのです。…景清様、これだけは言っておきます。…イヅルは、あの子は、強い子です。」
 無責任な親だと罵られても、何としてもシヅカは景清に付いて行きたかった。そして、我が子を信じたかった。むしろイヅルを死神へと育てるために、イヅルを捨てるのだと言ってもいい。どちらにしろ、ここで死なずとも自分は殺される。イヅルを連れて逃げてイヅルを巻き込むよりも、いっそここで自害してしまった方が良かった。
「シヅ、カ…!」
 生きろとでも言うかのように、景清はシヅカの名を一声叫び、息絶えた。シヅカはその亡骸を抱き締め、常備していた毒を取り出す。三番隊の副隊長になった時から、肌身離さず懐に隠し持っていたものだ。
 イヅルへの自責の念は消えることはない。しかしここでやり遂げなければならないのだ。この隊に配属されたその瞬間から…覚悟していたことだった。
「ご免なさい、イヅル…。」
 一気に毒を煽ると、苦い味が口の中に広がる。それだけ感じていると、まるで良薬のようだとも思う。そしてその後の感覚を味わうこともなく、そのまま息絶えた。

                 

「シヅカはともかく…景清を殺したのは、死神しか考えられないな。」
「そんなことは分かっている。誰が殺したのか、と言っているんだ。」
「イヅルには、両親は事故死だとでも言っておけよ。」
「まあ…あんまり可哀想じゃありませんか。」
「可哀想?何を可哀想なことがあるか。イヅルは死神になる人間なんだぞ。自分が将来目指すものが両親を殺したなんて知れてみろ。それこそ可哀想だろうが。」
「お前達は馬鹿か。教えてやればいいだろうが。」
「何てこと!あんたはあの子が可哀想だと思わないのかい?」
「何であんなガキに気を遣ってやる必要がある!言ったところで何も分かりやしないだろうさ。」
「…言っておくけど、あんたがあの子を引き取るんだからね。」
「またそれか。全く同情ばっかりで肝心な時は俺に全部押し付けやがって…。」

 大人達の声が、静寂の中で静かに耳を焼く。イヅルは聞いていられなくなり、その場から逃げ出した。自分の両親は、死神に殺されたらしい。自分が何よりも憧れていた、死神に。
 そう思うと急に死神というものが憎らしく思えた。子供とはあまりに単純なものだとこういう時に思う。両親を殺された憎らしさと、自分の尊敬を裏切られた悔しさで、身を焦がしてしまいそうだった。
 家から少し出たところで、気が付けば、目の前に男が立っていた。見るも鮮やかな色を纏った、漆黒の鴉。第一印象とするならばそれが一番正しい。白銀色の髪に、細められた眼からは血色の瞳が覗いている。言うなればそれは、悪魔のようだった。
「お兄さんは、死神ですか?」
「そうやけど…キミ男の子?」
「…男です!」
 つい、声を荒げて問いに返した。母は、子供の自分から見ても日本人離れした美しい人だった。すると母親似のイヅルは、必然的に女性的な顔つきになる。しかも色素も薄いので、女子に間違われることがよくあった。
「すみませんが、僕は死神が嫌いなんです。仲良く出来そうにはありませんね。」
「そら残念。せっかく可愛え子とお近付きになろう思うたのになァ。」
「…何しにここへ?」
「…吉良隊長の、供養や。」
 イヅルはその言葉に、眼を丸くした。父の知り合いにこんな人がいただろうか、と思ったのだ。
「父を、ご存知なんですか?」
「ボクがえらい尊敬するお人やった。」
「でも父は死神に殺されたんですよ?仲間であったはずの、死神に。」
「せやなァ…それも道理や。」
 死神の世界では、とその男は続けた。しかし自分は景清の人柄に、生き様に、心酔していたのだと。本当に素晴らしい人だったと語るその眼に、先程のような妖艶な空気はなかった。
「なァ坊、仇討ちたいか?」
「…はい、出来ることなら。」
 強く、誰よりも、果てしない強さを持った男に。
「そんなら、…おいで。」
 男の手に縋ったのは、今思えばなぜだったのだろう。きっと今では自分もあの人に手を差し伸べられれば素直に従ってしまうのだろうけれど、当時の自分がなぜ迷いなくその手を取ったのか、今でも理解することはない。

 こんなにも身体は酸素を求め続けているのに、むしろこのまま、沈んでいたいと思うのはなぜだろう。


 …今回無駄に長いです。何と三話分。(汗)本当は両親が死ぬシーンで終わるはずだったのですが、どうしても市丸さんとイヅルを出会わせておきたくて。第一話の完全版みたいなものですが。(汗)市丸さんと吉良隊長の話はちゃんと書いてみたいなあ。何かシヅカさん平気で子供置いて行くひどい親みたいですけど違うんですよ。イヅルを思ってのことなんですよ。(泣)今日中にと言っておきながらもうあと30分ほどで明日なのですが(汗)読んで下さっている方々ありがとうございます。

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