Doll of Deserting

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氷上の蒼:第三話(ギンイヅ8000HIT記念連載)

2005-09-12 18:18:43 | 過去作品連載(捏造設定)
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第三話
 筆を動かす音のみが響いていた。窓から見える空は白色である。水色というよりも翡翠色と言った方が正しい透明な青の中に、白い雲が白龍のように身を捩り、うごめいていた。精悍な顔立ちの美丈夫が机に座り、さらさらと何かを書いている。その男の役職と、ここがどこなのかを考えれば、男が進めているのは仕事の書類だということが分かる。傍らにはいつも控えている副官ではなく、他隊の副隊長である銀髪の男が、所在なげに佇んでいた。
「市丸、シヅカが居ぬ間に来ているのであれば、少し書類を手伝ってくれると嬉しいんだけどなあ。」
「何ですか、吉良副隊長がおらん間にこっそり逢引しに来とるみたいな言い方しはって。」
「お前が言うと冗談に聞こえないよ。」
 手伝いの件をはぐらかされたのをまるで気にしないかのように、茶化すようにクスクスと笑うと、その男は続けて言う。
「市丸、うちの隊は隊長も副隊長も吉良なんだから、どちらも同じように呼ぶのはやめないか。」
「せやかて、ボクより目上のお人を名前で呼ぶやなんて。」
「シヅカはお前と同じ副隊長じゃないか。」
「アンタの奥方やろ。」
 そういうところにはやたら気を遣うくせに、私をためらいなくアンタと呼ぶのもお前だけだな、と言いながら、男は仕上がった書類を纏めてトントン、と机を使って整えた。
 市丸と呼ばれた銀髪の男は、吉良というらしい男の姿を見ながら、ふと思い出したように手を叩いて、再びにじり寄った。
「そういや、お子がお生まれになるんやってなあ。おめでとさん。」
「全くお前はどこから情報を仕入れてくるんだ。そうだな…シヅカの身体の状態によっては、早くて来年の中ごろになるかな。」
 長めの黒髪を肩口まで垂らしたその男は、吉良景清と言った。数十年前に当時副官であった吉良シヅカと婚姻を結び、今となってはシヅカの旧姓など誰も分からない。仲睦まじい夫婦であるのに、今の今まで子がなかったのがむしろ不思議に思われたが、市丸は、その理由を知っていたので何も言わなかった。シヅカは副隊長という役職に就いている女にしては身体が弱く、子を産む時の負担を考えた上で景清が妊娠させていなかったのだろうと思ったからだ。
「で、男ですの、女ですの。」
「いや、それはまだ分からないんだが…市丸、女だったら嫁にどうだ。」
 冗談交じりに、しかし真剣な面持ちで景清が言うので、市丸も一瞬強張った顔をしてからそれに応えた。
「ええですなあ、あの奥方さんのお子やったらえらい別嬪さんやろうし。」
「おや、私の子だから、とは言わないのか?」
「まさか。」
 景清も端正な顔立ちをしていたが、どちらかといえば女性らしさは感じさせない。正しく『美丈夫』という言葉が似合うというような容貌をしていた。比べてシヅカは、さぞ美しい人だと市丸は思っている。儚げで、母親が英国人との子だったらしく、僅かではあるが入った血より受け継いだ蜜色の髪と青い瞳が目に眩しい。
「…市丸。」
「…何ですの。」
 突如として険しく歪んだ景清の顔に、影が差す。そのことに市丸は、いつもの飄々とした顔付きを僅かに変化させ、真正面から景清の目を見つめた。
「藍染に仕えて、もうどれほどになる?」
「せやなあ、八年ほどになりますか。」
 五番隊隊長、藍染惣右介の右腕として働き、もうそろそろ八年ほどになる。そのことに何ら不足は感じていない。大体からして、隊長などという役職に就きたいと思ったこともない。やたら仕事が増えるだけだと市丸は考えている。
「市丸、私が保証してやる。お前は副隊長で終わる男ではない。」
「そらおおきに。えらい買い被りですなあ。」
「いずれは必ず隊長になれ。そして…そして。」
 渋るようにして口をつぐんだ景清を、市丸は訝しく思いながら尚それに耳を傾けていた。景清は、狂おしいとでも言うかのような面持ちで、ゆっくりと話を続けた。
「私に何かあった時には―…「ちょお待ち。」」
 景清の言葉を、市丸は慌てて遮った。縁起でもない。しかしこういった職業柄、常に死を感じておかなければならないのかもしれない。そうは言えども、二つほど先の未来など考えなくともいい。そう思う。
「何や、縁起でもない…。」
「聞いてくれ。私はおそらく―…長くはないだろう。」
「何も患いはなかった思うけどなあ…。」
「とにかく、だ。今はまだお前にも知らせることは出来ない。まだ、先の話だ。しかし、シヅカのお腹の子が自立出来るほど成長するまでは、もたないだろう。」
「して―…ボクにどうして欲しいん?」
「私達夫婦に何かあった時には、子供が女であろうとなかろうと、お前が面倒を見てやって欲しい。」
「そんなん出来へんわ。」
「育てる必要はないんだ。子供と顔を合わせなくともいい。しかし…どこかで必ず、その子のことを見ていてやってくれ。」
 その声は、悲痛としか取ることが出来なかった。最後の方は、既に言葉として成り立っているかどうかも怪しかったが、市丸は曖昧に頷いてやった。「しゃあないなあ。」という、余計な一言を付けて。


 今思えば、彼は自分が常に部下の一人から足元を狙われているということを知っていたのだ。だからこそ自分に、イヅルを預けたのだ。


「吉良隊長、今日な、イヅルに会うて来たんよ。」
 ざわざわと揺れる木々の中に、ぽつんと寂しげに佇む墓を見つめながら、ギンは呟く。眩しそうに目を細め、しかしそれは涙を堪えているようでもあった。
「えらい綺麗に育っとったわ。シヅカさんによお似とる…。」
 シヅカが死んでから、ギンは『シヅカさん』と呼ぶことを心がけていた。それはある一種のけじめでもあり、願いでもある。響きの似た彼女の子の名を、いつか同じように呼ぶことの出来るように。

「吉良隊長、ホンマにあの子もろうてもええですか?」

 その声が、届くことがないと知りながら呟いた言葉の中で、最も小さかった。ギンはイヅルのことを放ってはおけないのだ。運命に棄てられてなお、泣くことも出来ない可哀想な子供が。ましてそれは、遠き日の自分によく似ていた。


 ええとあの…吉良景清×市丸ギンとかじゃないです…よ?(汗)ちゃんとギンイヅですよ。ということを主張するために、最後の市丸さんの台詞を入れました。(痛)景清さんかなり夢見てすみません。お父さんを女顔にしようかと一瞬血迷ったのですが、結局美丈夫に決定。(笑)

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