5月3日(祝・火)午後、快晴の空の下、有明防災公園で「改憲発議許さない! 守ろう平和といのちとくらし 2022 憲法大集会」が開催された(主催:平和といのちと人権を! 5.3憲法集会実行委員会、共催:戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会/安倍9条改憲NO!全国市民アクション)。ここ2年はコロナ禍で限られた人数で国会前での開催だったが、やっと「日常」が戻ってきたような集会だった。しかし2月以来のロシアのウクライナ侵攻と自公・維新の数の力で憲法審査会が毎週開催され「着々」と進行しているなか、憂鬱な集会だった。一方で7月10日投票予定の参議院選が近付いている。それで1万5000人(主催者発表)もの人が集まった。3年ぶりのことだ。
主催者あいさつ(実行委員会・藤本泰成さん)、ウクライナ特別決議のあと国会議員あいさつと続いた。発言したのは、立憲民主党で衆議院憲法審査会幹事の奥野総一郎議員、日本共産党・志位和夫委員長、社民党・福島みずほ党首の3人だった。
その後、入口で配布された赤地に白ヌキ文字の「守ろう 平和・いのち・くらし」、青地に白ヌキ文字「#憲法改悪に反対します」の2枚のプラカードを参加者全員で掲げるプラカード・アピールを行った。
4人の方からスピーチがあった。9条「改憲」問題については、国会の憲法審査会を毎回傍聴されている大江京子さんが詳しいので、スピーチを紹介する。また、沖縄での体験から憲法16条「請願権」の意義を語った高嶋伸欣さんと、9条は不戦の誓いだけでなく、軍事から民生・福祉への構造転換を起こすものだったという竹信三枝子さんのスピーチがわたしには印象が強く、その部分を紹介する。また「他国への抑止は安心供与とセットにして使われるべき」との中野晃一さんの連帯あいさつは、なるほどと腑に落ちたので紹介する。
高嶋さんのお話は、時間切れだった2月6日の都教委包囲ネット決起集会での講演を補完するような内容だった。竹信さんのスピーチは、軍事費に使うならその分福祉や教育に回せという国家予算問題での批判はよくあるが、憲法9条との関係での指摘を聞くのははじめてだ。紹介しなかったが、小川たまかさん(フリーライター)は「もの言う女」はクソフェミなどと叩かれるが、女性蔑視を変えるには謙虚にならず声を上げ続けないといけないとアピールした。
●憲法審査会の現状と軍事力増強論批判
大江京子さん(改憲問題対策法律家6団体連絡会)
今年は、日本国憲法施行75年の画期的な節目の年だが、残念ながら憲法、とりわけ9条は戦後最大の危機を迎えているといわざるをえない。自民党安全保障調査会は憲法記念日を前に、敵基地攻撃能力の保有を進め、攻撃対象に敵国の指揮統制機能などを追加する、あるいは軍事予算を5年以内にGDP比2%以上の軍拡を行う、などの提言をまとめ首相に提出(4月28日)した。岸田首相は、5月2日サンケイ新聞のインタビューに「施行から75年たち、憲法が時代にそぐわない、9条改憲を行う」と強い意欲を示した。
いま岸田政権は専守防衛の基本原理を捨て去り、憲法9条の明文改憲まで行い名実ともに巨大な軍事力を保持し、ロシアやアメリカのように普通に戦争をする国に日本を変えようとしている。
いま衆議院憲法審査会では、参議院選挙後の発議に向けた地ならしともいえる動きが改憲派により強引に進められている。維新の会や国民民主党は「毎週開催、毎週開催」と審査会を毎週開いて改憲の議論をすると大合唱の先頭に立っている。何を議論するかよりもとにかく憲法審査会を開いて改憲の議論を語ることに意義があるのだといわんばかりだ。
コロナ禍、ロシアのウクライナ侵攻、そして東北を中心に起きた地震に乗じて、改憲派は、緊急事態を口実に、憲法を停止して行政権力に権限を集中する、内閣総理大臣に権限を集中して人権制限が容易にできる緊急事態条項を導入する改憲を行う、そのような自由討議を行っている。連休明けには憲法9条の議論に入ることを目論んでいる。
危険なのは長年憲法審査会のルールとされてきた、審査会の運営は与野党合意のもとに行うという中山方式が風前の灯にあることだ。改憲派は数にたのみ、立憲野党が理を尽くして反対しているにもかかわらず強引に多数決で運営を進めている。このような暴力的な運営を断じて許してはならない。わたしたちは立憲野党のみなさんを応援して、数ではいま改憲派が国会議員のなかでは多いかもしれないが、憲法を変えさせないという声がじつは多いということを示さなければならない。そう思う。
いまロシアによるウクライナ侵略戦争を目の当たりにして日本を守るには9条を変えなければいけない、敵基地攻撃能力をもって軍事力を圧倒的に増加する必要がある、増大させたいという声がある。本当にそうだろうか。3つのことを申し上げたい。
(この部分は、市民連合・中野さんのスピーチと重複する部分があるので、3つのポイントの要約にとどめる)
第一に、敵基地攻撃は全面戦争、核戦争を呼び込む。国民の命を守ることはできない。第二に、共通の敵を想定する軍事同盟や軍事力による抑止力ははてしない軍拡の応酬と相互の不信を広げる。軍事力増強による自国の安全と安心は、近隣諸国にとっては脅威と不安になるというジレンマを永遠に解決することはできない。このことは今回のロシアによるウクライナ侵攻の経過をみれば明らかだ。
第三に、安全保障環境はいっそう厳しさを増しているという政府のおなじみのセリフだ。このセリフには2つの重要なことが抜け落ちている。ひとつは、その脅威が何が原因で生まれているのかという議論、二つ目は日本がその脅威をなくすため、いかなる外交努力を行うかという議論、これが決定的に欠けている。脅威を煽るだけで、朝鮮とも中国とも話し合いすらしない。いまの政府に敵基地攻撃能力保有を語る資格はない。
何百万、何千万人という尊い犠牲のうえに日本国民は76年前「もう騙されない、政府の行為によってふたたび戦争の惨禍を起こさせない」と決意して日本国憲法を定めた。この決意を簡単に捨て去ってよいのか、いいわけがない。
わたしたちはいま、ロシアのウクライナ侵攻という現実に直面している。しかしいまだからこそ、わたしたちは憲法9条を与えられたものとしてみるのではなく、自らの手で9条を選び取る、つかみとるという決意と覚悟が求められているのだと思う。みなさんといっしょに改憲を阻止し、参議院選で改憲派の数を2/3を大きく割り込ませる、そのような声を広げていこう。
●憲法16条「国民の請願権」の意義
高嶋伸欣(のぶよし)さん(琉球大学名誉教授)
今年5月15日は沖縄の施政権返還、復帰50年の日だ。高嶋さんは東京での高校教員のあと12年間琉球大学の教員をされ、本土と沖縄の違いを考えた。本土から20年遅れ、その間(沖縄の人がいう)人としての権利のない「虫ケラ状態」に置かれた。
無権利の状態のなかで武力を使わず「自分たちは虫ケラではない、人間だ」という声を上げ続けるという民主主義の基本を繰り返し繰り返し実行したことで、日米両政府を追い詰めついに政治的判断で憲法は沖縄にも適用せざるをえない、復帰は認めざるをえないという状況に追い込んだ。
ここで、憲法16条「国民の請願権」の意義をアピールした。
「何人も」とあり、在日外国人でも小学生でも権利行使できる。選挙権の有無に関係ない。請願法により、名前と住所があれば行使できる。今年4月から始まった高校「公共」の教科書に「日本の若者の投票率はなぜ低いのか」というテーマが掲げられ、北欧の国では小学生のうちから社会に関心をもつように教育が進められ、おとなが子どもの意見に対応する社会になっているから国政選挙の投票率80%前後が維持されている、環境問題で知られるグレタさんが登場するのは当然なのだと書くようになり、隣のページで高校生がいくつか請願を出したことを伝えている。
校則を見直してほしい、大学入試で記述式はやめてほしい、英会話のテストはやめてほしいという要望を高校生が請願として提出すれば実現の可能性はある。こうした体験を重ね、若者の投票率が上がる、これは組織票を動員することに長けている保守系政党の票の基盤を揺るがすことにもなるはずだ。
沖縄では日米地位協定は明らかに憲法より上に位置付けられ、沖縄の人は苦しめられている。東京でも地位協定のため、羽田空港への発着は、西の横田基地周辺の横田空域を避けてムリな飛行コースを取っている。たとえていえば本土の地域も明治時代の「治外法権」の不平等条約と同じ状態になっているともいえる。
そういう事態を改善するにはもちろん憲法9条を変えさせてはならないが、もっと大事なのはあの沖縄の復帰が、沖縄の人が声を上げたことで実現できたことだ。ぜひ9条とともに16条にも注目していただきたい。それが沖縄との連携を強めることになるはずだ。
●憲法9条と生活・社会保障
竹信三恵子さん (ジャーナリスト・和光大学名誉教授)
憲法9条というと、なんとなく人を殺さない不戦の誓いと思われている。しかし同時にもうひとつ大きな役割を担ってきた。それは国のおカネ、富を軍事でなく、生活に流し込んでいく、民生のために使う構造をつくったことだ。
戦前、日清戦争以降日本は10年ごとに戦争をし、そのたびに国の予算の7-8割を軍事費に使った。そうなると働く人にも女性にもおカネが回っていかない。社会保障をするカネはないので女は家に帰って、家事・育児など無償の社会保障をやってくれということになる。働く人も、稼いでも稼いでもそれは全部戦争に使われてしまう。その結果、大量の人が死に、または殺し、悲惨な敗戦になった。
9条は、人を殺さない不戦の誓いであると同時に戦費にいっていた国の構造を改め、きちんと働くわたしたちのところにカネがくるようにと構想されていたと思う。たとえば13条幸福追求権は、生活の保障、社会保障がないといけない、14条は男女同権といわれるが、社会保障がなければ女性は外に出られない、「お前たちは家にこもり家事、育児、介護をタダでやっていればいい」と言われてしまう。保育園が足りないと働きにいけない。それは男女平等の基礎だ。25条生存権はそれなしに成り立たない、27・28条労働権は、きちんと労働者が自分の権利を使って国や企業のカネを働く人に出せよということをやるための権利だ。
軍事費が頭のなかにあると「よくないかもしれないが、まあ国を守るためのおカネ」と思わされ、一方で「介護や保育のためにもっとおカネを出してほしい」というがそれはじつはつながっている。だから社会保障におカネをという人は「9条を守れ」といわなければならない。サイフは一つなのに、トリックで防衛のカネと社会保障・働く人・女性のためのカネは別なもののように言いくるめられている。こういうことを改めることが非常に重要だと思う。
よく、こんなに大変なのに9条だの改憲とか憲法とかいっていられないという声を聞く。逆だ。明日の生活のことを考えるから改憲させてはいけない、9条をなくしてはいけない。わたしたちの明日を考える、今日を考えるため次の参院選で9条を変えさせない意志を共有していこう。
これに関連し、近年だんだんおかしくなった事例として、労働の面で非正規労働者が4割にも増加したこと、労働三権で、ストを「威力業務妨害」、団体交渉を「強要」と呼び、憲法28条団結権・団体行動権の「なし崩し改憲」のようなことが関西地区生コン支部への刑事弾圧で行われていること、生活保護申請が抑制されている実態などが語られた。
●「抑止一辺倒」は現実主義的な安全保障策ではない――市民連合 連帯あいさつ
中野晃一さん (上智大学国際教養学部教授)
中野さんは、朝日新聞5月3日の世論調査結果を紹介し「あなたにとっていちばん優先順位の高い政治課題はなにか」を7つの選択肢から選ぶ質問で、憲法(改憲または護憲)は2%に過ぎず、景気・雇用、年金・福祉、教育・子育て支援の3つを合わせると68%に上ること。自民、維新などが前のめりになってこれが天下国家の一大事だと騒いでいることに対して、足元の暮らしや命を守ることをちゃんとやってほしいという人がはるかに多いことをわたしたちはもう一度確認しておくべきだ、と述べた。
続けて、「抑止一辺倒」論を批判した。
この世論調査のなかで15%の人が外交・安全保障を挙げていた。やはり心配なのだと思う。この点に関し、政府が旗を振り、いわゆる抑止一辺倒になっている。抑止という言葉は英語の「deterrence」がもとだが、日本に輸入される文脈では武力のことを指すと誤解されている。この抑止という言葉は安全保障の議論において、戦争を未然に防ぐため武力で威嚇しておくという意味なのだ。ウチに攻めてきたらこうやり返すから攻めないほうがいい、というのが「deterrence」の意味であり、戦争になったときに戦うという話ではない。わたしも一定程度の抑止はもっていたほうがよいとは思っている。ただ抑止一辺倒でやると、互いに軍拡競争になり一番危なくなったところでぶつかる最悪の事態になる、これを安全保障のジレンマと呼ぶ。
では何が必要か、「安心供与」(reassurance)という概念だ。安心供与が抑止とセットになっていないと抑止が効かない。「わたしたちは先に攻めるつもりはない、あなたたちにとって死活的に大事なことがらについては尊重して、そこを踏みにじるようなことはしないから、あくまでも攻められては困るからこういうことをしているだけなのだというメッセージを発しないと無限のエスカレートをしていくことになる。この安心供与ということからみると、9条をなくしてしまう、3項を加え上書きすると自衛権という名のもとにフルスペックの集団的自衛権までやれるぞということになる、要は9条がないのと同じことになる、安心供与のタガが完全に吹っ飛ぶ、それによって抑止に頼る政治になっていく。
アメリカは超大国だから安心供与ということをほとんど考えない。とにかく力で威嚇してそれで安全を突き抜ける。アメリカ本土で戦争になる可能性はほとんどない。ところが日本の場合、北朝鮮、中国にしてもすぐお隣で引っ越すことはない。だとすれば安心供与をやらない政治こそが高くつく。無限の抑止地獄になっていって最終的にはアメリカの楯にされてしまうかもしれない。
これがわからなくて、何が現実主義的な安全保障政策なのか、9条を守り安心供与をちゃんとやって、はじめて安全保障政策として成立するということも合わせて伝えていきたい。まずは参議院選挙からだ。
☆この日の集会は、このサイトですべて視聴することができる。はじめにオープニングの川口真由美ライブが入っていて、36分から集会部分の動画が始まる。
☆藤本さんの主催者あいさつで、軍政下の弾圧と闘う在日ミャンマー市民のブースが出店していると聞き、集会後に訪ねた。物販はほぼ終了していたが、カンパ受付はまだ継続していたので、少額だが入れさせていただいた。
ウクライナからの避難民支援は、政府も熱心にやっている。しかし振り返ると大国の狭間や自国政府の弾圧で難民とならざるをえず訪日した人は、ミャンマーに限らずイラン、イラク、アフガニスタン、パレスチナなど大勢いる。政府は、その人たちにもできるだけ公平な支援を考慮してほしいものだ。
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