チャイコフスキー庵 Tchaikovskian

有性生殖生物の定めなる必要死、高知能生物たるヒトのパッション(音楽・お修辞・エンタメ・苦楽・群・遺伝子)。

「チャイコフスキー14歳時のピアノ曲/母の死と『アナスタシア・ワルツ』」

2011年10月05日 00時18分43秒 | チャイコ全般(6つの目のチャイコロジー

チャイコフスキー アナスタシア・ワルツ


1854年、6月13日(現行暦=6月25日)のことだった。
14歳の少年チャイコフスキーは母親をコレラで失った。母は42歳だった。
ナポレオンのモスクワ侵攻が始まった"1812年"6月30日(現行暦=7月11日)、
母はペテルブルクで生まれた。そして、"同地で"死んだ。
その葬儀の日に父にもコレラの症状が現れた。
生死の挟間をさまよったが、1週間後に快癒した。その後、
3度めの結婚もして80歳まで生きた。

今年の秋は、
帝室法律学校を出て法務省のキャリア官僚となってたチャイコフスキーが、
ペテルブルク音楽教室に通い始めたときから150年である。
歴史にタラもアトランタもレバもニラもないというが、もし、
この教室ができてなかったら、もし、
チャイコフスキーがその存在を知らず、あるいは、
知っても通ってなかったら、
大作曲家チャイコフスキーは存在しなかった。そう想像するだけで、
大公妃イェリェーナ・パーヴラヴナとアントーン・ルビンシチェーインに
感謝したい気持ちがあふれてくる。ともあれ、
この音楽教室は翌年にペテルブルク音楽院となり、
チャイコフスキーはその卒業第一期生となったのである。

幼少時からカテキョウにピアノを習い、多少の音楽教育も受けたが、
チャイコフスキーが正式に楽理を学んだのは、このように、
二十歳を過ぎてからだった。古今の大作曲家で
これほど遅いスタートをした者はいない。そんな中で、
チャイコフスキーが正規の音楽教育を受ける以前の
10代のときに作った曲の数少ない現存する作品のひとつが、
"Анастасия-вальс(アナスタスィーヤ・ヴァーリス)"
(仏語=Anastasie-Valse(アナスタズィ・ヴァルス))、ヘ長調、
というピアノ曲である。

母アレクサーンドラが6月に死んだあと、チャイコフスキー一家は
ダーチャ(ロシアの都市郊外型別荘)で夏を過ごした。
8月に、そこで雇った家庭教師
Анастасия Петровна Петрова
(Anastasiia Petrovna Petrova、アナスタスィーヤ・ピェトローヴナ・ピェトローヴァ)
に献呈する目的でチャイコフスキーは"ワルツ"を作ったのである。

♪【ミーーーーー│>ドーーー>ラー│>ソーーーーー│<ラーーー>♯ファー】│
  <ソーーーーー│<ミーーー<ファー│>ミーーーーー│>レーーー●●│
  >『ドーーーーー│>シーーー>ラー│>ソーーーーー』│<ファーーー>ミー│
  >レーーーーー│<ソーーー>シー│<ドーーーーー│>ソーーー●●│
  <ミーーーーー│>ドーーー>ラー│>ソーーーーー│<ラーーー>♯ファー│
  <ソーーーーー│<ミーーー<ファー│>ミーーーーー│>レーーー●●│
  >ラーーーーー│ラーーー<シー│<ドーーーーー│>ソーーーーー│
  <ソーーーーー│>ラーーー<シー│ドードドドー│ドードードー♪

美しく、そして、せつなく悲しい。
素直な着想による単純な成り立ちである。が、
本格的な正規の音楽教育を受けてない14歳の少年の作である。
末期のロシア帝国の役人にしておいては大きな損失である。ともあれ、
最愛の母を失ったチャイコフスキーには、
その母を理不尽にも奪った神に対する複合した心が芽生える。
母のぬくもりと優しい声は二度と戻らないが、それでも、
家庭教師の女性にその代償の一部分でも求めたくなるのである。
母がよくピアノで弾いてくれたヴァルスという形にのせて、
その思いを込めた。そして、
この"ヴァルス"は、音楽院を卒業して挑んだ大作、
「交響曲第1番(冬の日の幻想)」の第3楽章のトリオ(中間部)に結実した。
この中間部は"ヴァルス"である。
♪ソーーーーー│<ラーーー<ドー│>シーーー<レー│<ファーーーーー│
 >ミーーーーー│>レーーー>ドー│<レーーーーー│ーーーーーー│
 >ソーーーーー│<ラーーー<ドー│>シーーー>ラー│>ソーーーーー│
 <『ドーーーーー│>シーーー>ラー│>ソーーーーー│ーーーーーー』♪
というA旋律の『』内と、これに続くB旋律、
♪【ミ(ら)ーーーーー│>ド(ふぁ)ーーー>ラ(れ)ー│>ソ(ど)ーーー>♯ファ(し)ー│♯ファ(し)ーーー<ミ(ら)ー│
  <♯ファ(し)ーーー>ミ(ら)ー│>ド(ふぁ)ーーー>ラ(れ)ー│>♯ファ(し)ーーーーー│ーーーーーー│
  <ミ(ら)ーーーーー│>ド(ふぁ)ーーー>ラ(れ)ー│>ソ(ど)ーーー>♯ファ(し)ー│♯ファ(し)ーーー<ミ(ら)ー│
  <♯ファ(し)ー<ソ(ど)ー>♯ファ(し)ー│>ミ(ら)ー>ド(ふぁ)ー>ラ(れ)ー│>♯ファ(し)ーーーーー│ーーーーーー】♪
は、14歳のときの"ヴァルス"の断片なのである。そして、
最後の交響曲「悲愴」の終楽章の"ヴァルス"は、
「アナスタズィ・ヴァルス」の
♪『ドーーーーー│>シーーー>ラー│>ソーーーーー』♪
であり、かつ、この第1番の交響曲のヴァルスの
♪『ドーーーーー│>シーーー>ラー│>ソーーーーー│ーーーーーー』♪
でもあり、
♪『ドー│ドー>シー>ラー│>ソーーー』♪
というようにして「環が閉じられた」のである。
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