チャイコフスキー庵 Tchaikovskian

有性生殖生物の定めなる必要死、高知能生物たるヒトのパッション(音楽・お修辞・エンタメ・苦楽・群・遺伝子)。

「トリスタン和音のinnovator/源はやっぱり楽聖ベートーヴェン」

2011年05月25日 00時47分11秒 | いろハーモニーほへと(赤穂度47文字
"Tristan Chord(トリスタン・コード=トリスタン和音)"とは、
リヒャルト・ヴァーグナーが「トリスタンとイゾルデ」(1857-59)
第1幕への前奏曲冒頭4小節において、
イ短調の単旋律「ラ<ファ>ミ」が>♯レと進むときに、
その♯レの完全4度上の♯ソから始まって
「♯ソ<ラ<♯ラ<シ」と半音階上昇して
イ短調の属7(e-gis-d-h)に移行する音型が
接点を持つ第3小節に敷かれてる
[f-h-dis-gis]=[ヘ(<)ロ(<)嬰ニ(<)嬰ト]
という和音のことである。

が、
これがまた一筋縄でいかなくて、
音楽学者のお歴々も、この和音を
しかとは特定できない、と、
そういう類のものなのである。
「減五七の和音の一種」
「イ短調のサブドミナントの変化したもの(♯ソは繋留音と解釈する)」
「イ短調のドッペルドミナントの第5音の下方変位(♯ソは倚音とする)」
「イ短調のドッペルドミナント・セヴンスの第5音および第7音の下方変位」
とかなんとか。幸せである。
それまでの和声学で特定できないからこその
「トリスタン和音」ということなのに。

この和音は、
なにもヴァーグナーが史上初めてここで使ったというわけではない。
昭和49年(1974年)にTBSで放送された
故田宮二郎主演、山本陽子女史が相手役の
「白い滑走路」において機長田宮二郎の失踪したピアニストの妻、
浅丘ルリ子女史の幻影スィーンで必ず流れてきた
ショパンの「バラド1番」(1831-35)の第16小節の
[a-es-g-c]というせつない響きになんかにも使われてる。が、
ヴァーグナーが範としたのはもちろん、
ベートーヴェン「ピアノ・ソナータ第18番」の第1楽章である。
その第36、38、40、42小節にまず現れる。この
第36、38小節の[f-ces-es-as]こそが、まさにヴァーグナーが
「トリスタンとイゾルデ」において敷いた
[f-h-dis-gis](h=ces、dis=es、gis=as)なのである。

ウィキペディアによれば、
ベートーヴェンの「ピアノ・ソナタ第18番(変ホ長調)、op31-3」は、
"全体的に軽い曲想が支配している"のだそうである。が、
この曲が作られた1801年乃至1802年にベートーヴェンは、
聴力の不具合で相当に己の"運命"を呪ってた。そして、
何人もの医師の所見は"お手上げ"で、
ヴィーン郊外ハイリゲンシュタットに"転地療養"してた時期である。
いわゆる"遺書の家"であり、そこでベートーヴェンは、
op31の3作=ピアノ・ソナタ第16、17(テンペスト)、18を仕上げ、
いわゆる"ハイリゲンシュタットの遺書"を認めたのである。
ともあれ、この
「ピアノ・ソナタ第18番」第1楽章の「和音」の箇所は、
[タタタ・ターン]
つまり、
[運命の動機(律動)」
で示されてるのである。イタリア貴族令嬢
Giulietta Guicciardi(ジュリエッタ・グイッチァルディ、1784-1856)
との「身分違いの年の差恋愛」への苦悩と
自身の聴覚障害への不安・焦燥、
下の弟カールとの確執からの苛立ち、
などが色濃く表れてる。
じつに"軽い曲想"が支配してるものである。

さて、しかし、
ヴァーグナーが「トリスタンとイゾルデ」で打ち立てた和音は、
スイスの音楽学者Ernst Kurth(エアンスト・クアト/いわゆるエルンスト・クルト、1886-1946)が、
<<Die Romantische Harmonik und ihre Krise in Wagners "Tristan"(1920)>>
(ヴァーグナーの「トリスタン」におけるロマン派の和声とその危機)
において、いわゆる古典的な機能和声の崩壊の端緒であると著述したことで
「トリスタン和音」として広まったという。ちなみに、
tristanという名は「悲しみ」を表すtristeを意味する。
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「初歩(アルケー)の和音(コード)と和声(ハーモニー)」

2011年04月25日 00時02分59秒 | いろハーモニーほへと(赤穂度47文字
チャイコフスキーの音楽の魅力は、一般には、
[美しいメロディ(旋律)と色彩豊かで巧みな管弦楽処理(オーケストレイション)]
と言われ、また思われてる。が、
(古典的)和声の扱いの妙こそが、
チャイコフスキーの音楽の真髄なのである。
たとえば旋律には本来、それだけに定まる和声というものはない。
無数とはいわないが、それなりの曲に仕立てるとしても、
いくつかの和声づけができる。が、
チャイコフスキーが生み出し、あるいは、採った旋律には、その
当初からそれぞれに附随した固有の、
相応しい和声がすでに結びついてるのである。

チャイコフスキーは
モスクワ音楽院で教鞭を執ってたときに
「和声実習入門」という初歩和声学の教則本を著した。それは、
現在、英訳された
"Guide to the Practical Study of Harmony"
というものがdoverという廉価本屋から出てて、
amazonでも1000円弱で購入できる。
その和声に目を向ける前に、少し、
私でも解る和声の予備知識に触れておく。ちなみに、
ごく砕いていえば、和声とは和音の繋がりかたのことである。

古代ギリシャの時代に、ピタゴラス学派はこんなふうな
音の振動数による比の数論を発想した
……かどうかは知らない……が……
たとえば、ある長さの弦を弾いたり擦ったりして音を出すとしよう。
仮にその音をドとする。つぎに、この弦の
1/2の長さの音を出すと、
ドより1オクターヴ高い音が出る。この2音を同時に響かせると、
よく"調和"することに気づく。
1/2の長さの音は仮に高いドとしよう。
この音程を現在では、
「完全8度(オクターヴ)」という。そして、
いろんな長さにして同時に響かせてみたところ、元の長さの
2/3の長さにして音を出したとき、かなりな感じで
"調和"することにも気づく。この音程を現在では、
「完全5度」という。この2/3の長さの音を仮にソとしよう。同様に、
3/4の長さにして音を出したときも、かなりな感じで
"調和"することが判る。この音程を現在では、
「完全4度」という。この3/4の長さの音を仮にファとしよう。

ちなみに、
1/2の長さの「高いド」は分母を通分して2/4とすれば、
ファの長さ3/4との比は2:3、つまり、このファと高いドとの音程も
「完全5度」と推定できる。同様に、
1/2の長さの高いドと2/3の長さのソも通分すればそれぞれ
3/6と4/6で、比は3:4。この二つも、
「完全4度」の音程と推し量れる。つまり、当初の(低いド)を基点にした
[ド<完全4度<ファ][ド<完全5度<ソ][ド<完全8度<高いド]
という関係は、
[ド<完全8度<高いド][ファ<完全5度<高いド][ソ<完全4度<高いド]
という、高いドから見た音程関係と同値である。したがって、
「完全5度」と「完全4度」は、観念的な表現をすれば、
鏡像対称性な関係にあるといえる。これを、
さらに視覚的に判りやすくすれば、
「五度圏」の円のように、円の一周を12等分して、
[ド→♯ド(♭レ)→レ→♯レ(♭ミ)→ミ→ファ→♯ファ(♭ソ)→ソ→♯ソ(♭ラ)→ラ→♯ラ(♭シ)→シ→]
と配置する。すると、
「ド」の対極に「♯ファ(♭ソ)」が位置する。
低いドと高いドが同一視されるその円では、
「ド」からそれぞれ反対回りに同距離の
「ソ」と「ファ」が「♯ファ(♭ソ)」の両隣に並ぶのである。

さて、
かなりな部分を省くが、
その「ド」「ファ」「ソ」をそれぞれ根音にした三和音、
[ド(<)ミ(<)ソ][ファ(<)ラ(<)ド][ソ(<)シ(<)レ]
は、どれも[長三度-短三度]という音程である。が、
最初の[ド(<)ミ(<)ソ]をとにかく「主和音(トニック)」とすれば、
その主音ドに対する属音ソと導音シを含む
[ソ(<)シ(<)レ]は「属和音(ドミナント)」で、
主和音に解決したく(進みたく)なる機能が備えられたことになり、
属和音の鏡像にあたる
[ファ(<)ラ(<)ド]は「下属和音(サブドミナント)」、
属和音や主和音に進みたくなる機能が備えられたことになる、
ということになる。ちなみに、
「三和音」は他に、
レを根音とする三和音[レ(<)ファ(<)ラ]、
ミを根音とする三和音[ミ(<)ソ(<)シ]、
ラを根音とする三和音[ラ(<)ド(<)ミ]、
シを根音とする三和音[シ(<)レ(<)ファ]、
がある。そして、
「主和音(トニック)」「属和音(ドミナント)」「下属和音(サブドミナント)」は、
七つの「三和音」のうちで重要な役割を持つので、
「主要三和音」と呼ぶことになってる。

ともあれ、原始的な決まりでは、
それぞれの「三和音」には将棋の駒のように、
進めるところが決まってる。とくに、
「主要三和音」に関しては以下のごとくである。
・「主和音(トニック)」は、
どの和音にも進むことができる。
・「属和音(ドミナント)」は、
「主和音(トニック)」にしか進めない。ただし、
「主和音」の"代理和音(ごく簡単にいえば「似てる和音」)"である
[ラ(<)ド(<)ミ]には進める。そして、
原則では禁忌であるものの、実際には、
「下属和音(サブドミナント)」にも頻繁に進む。
・「下属和音(サブドミナント)」は、
「主和音(トニック)」と「属和音(ドミナント)」にしか進めない。ただし、
"代理和音"である[レ(<)ファ(<)ラ]に進むことはできる。

そして、
これらの主要三和音で形成されるごく基本的な、
[主和音→属和音→主和音]
[主和音→下属和音→属和音→主和音]
[主和音→下属和音→主和音]
の3通りの進行による「ひとくくり」を
「カデンツ」という。たとえば、
唱歌・童謡のほとんどは、
[主和音→属和音→主和音]
という形で曲を終える。ちなみに、
「ヨナ抜き音階」が多いと言われる唱歌・童謡であるが、
ほとんどが属和音を経由して終止する。したがって、
たとえ、旋律がヨナ抜きではあっても、
和音・和声的には属和音の中の「シ」、
属和音と同様の機能を果たす属7の中の「シ」「ファ」、
が使われてるのである。

大作曲家として名を残してる"クラシック"音楽の作曲家は、
それぞれに絶妙な和声を施してるが、その中でも、
チャイコフスキーは"古典的"な和音を使った和声の妙を数々残した。
チャイコフスキーの音楽に心を動かされ、陶酔させられるのは、
その和声によるものである。
チャイコフスキーは「和声の作曲家」といっても過言ではない。
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「ヨナ抜き音階と伊沢修二とスコットランド」

2011年04月12日 00時49分19秒 | いろハーモニーほへと(赤穂度47文字
夕方からずっと体が揺れっぱなしなような気がする。
ベッドの上で優しさを持ち寄った結果の軋みならそれでいいのだが、
私の場合は確実に自身のみの揺れである。
故尾崎豊の「I LOVE YOU」(1983年)のそんな歌詞の箇所は、
♪ソー・<ラー<ド<レ│ーー>ドー・<レー>ドド・・<レー>ドー・●●<レ<ミ│
 <ソーソソ・ーーソソ・・<ラーー>ソ・ーー♪
というように、いわゆる
「ヨナ抜き音階」で構成されてる。ちなみに、
「ヨナ抜き音階」とは、
西洋式長音階の4(ヨ)番めの音=ファと、
7(ナ)番めの音=シを抜いた5音音階のことである。たとえば、
ある長さの弦を擦った(あるいは撥いた)音をドとしよう。
その弦の2/3のとこを押さえて擦るあるいは撥くと
ドの5度上の音が出る。これをソとする。今度は、
そのソの2/3のとこを押さえて同様にすると……レ。
同じことを4回繰り返すと、
[ド<ソ<レ<ラ<ミ]
という音程が築かれる。この、うしろ3つをオクターヴ下げると、
[ド<レ<ミ<ソ<ラ]
という5音音階ができあがる。

尾崎豊の初ライヴは、
新宿ルイードだったらしい。そこは昭和62年に
観客による「振動」問題で撤退したという。ときに、
新宿は"正しく"は内藤新宿という。
内藤宿に対して内藤新宿、なのである。いずれにしても、その
「内藤」とは、信州高藤藩内藤家の下屋敷から附けられた地名である。
その内藤家の最下級藩士の倅として生まれたのが、
伊沢修二(およそ西暦1851-1917)である。明治政府のもとで、
現在の筑波大の学長、現在の東京芸術大学(音楽学部)の学長、
台湾総督府民政局学務部長などを務めた人物である。
この伊沢が「小学唱歌」というジャンルを作った。自身、
♪くーもにそびゆる、たーかーちーほーのーーー♪
という唱歌「紀元節」を作曲してる。伊沢は、
音楽が中央集権国家樹立には重要な教育のひとつと考えてた。そこで、
"違和感なく"日本人が受け入れれるように、
もともと和楽にあった旋法を洋楽の平均率音階にあてはめた。
アイルランドおよびスコットランドの民謡の中で5音音階のものを、
積極的に明治日本の音楽教育に取り込み、和合させた。そのひとつが、
「蛍の光」である。その出だしは、
♪【ソー│<ドー・ード・・ドー、・<ミー│>レー・ー>ド】・・<レー♪
である。先日、"ラスト"を向かえた「金八」武田鉄矢の
"贈る言葉"の冒頭は、
♪【ソ│<ドー・ード・・<ミー・>レ>ド】│>ラ<ド・ーー・・ーー・●♪
である。その「サン・トワ、マミ(お前がいないと、さびちぃよぉ)」みたいな
「蛍の光」の動機が千葉和臣のオツムに浸透してたのだった。

ともあれ、おおざっぱに、
[ド<レ<ミ<ソ<ラ]
という5音音階は、
中国文化圏(東アズィア)、南米アンデス、そして、
スコットランド(とアイルランドのごく一部)に現在も見られる。我が国においては、
中国から伝わった旋法から、
呂旋法→律旋法→陽旋法、という形で受け継がれてきた。
この分布から、スコットランドの先住民は、たとえコーカソイドであったとしても、
インド東北部チベット起源(南北アメリカ・インディアンも含め)の
民族だったのではないかと推測される。

フィギュア・スケイティング世界選手権は時期を延期して、かつ、
東京からマスクヴァー(モスクワ)に代替開催となった。
そこでテハンミングクのカトリック信者の選手が演技する曲はもちろん、
「キム・ヨナ抜き音階」ではない。それにしても、
「アリラン」という歌はその語の意味さえわからないという。

故尾崎豊は航空自衛隊事務官の倅だった。
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