チャイコフスキーの「四季」はピアノ曲集である。
赤毛の司祭がヴァイオリン片手に身寄りのない女子を教育するわけでも、
芹洋子女史が歌うわけでも、
慶應の附属高があるわけでもない。
この12曲のピアノ小品は、
"Нувеллист(ヌヴェリスト=短編作家)"
という雑誌の企画で、1876年の
1月1日(当時のロシア暦)から12月1日まで、
その雑誌の月号発売ごとに掲載された。その中の
"Июнь(6月)"は、イユーニ及ばずながら、
"Баркарола(バルカローラ=ヴェネッツィアのゴンドラの船頭が歌う唄)"
である。このピースは、
Алексей Плещеев
(アレクセーィ・プリシシェ-ィフ、いわゆるアレクセイ・プレシチェーエフ)
の詩が附せられてる。この詩人は、
ペトラシェフスキー・サークルという社会主義思想サークルに所属してた。
1849年にペトラシェフスキー以下21人が逮捕され死刑宣告を受けた。ちなみに、
あのダスタイェーフスキー(いわゆるドストエブスキー)もその21人のひとりである。が、
この詩人を含む3人がまずに柱にくくりつけられてまさに
銃殺、というときにツァーリからの罪一等を減じるの恩赦の知らせが到着した。
この詩人はウラルスク(現在のカザフスタン、厳しい寒さ)流刑となって、
10年間、囚人として過ごし、出所してからは児童文学者に転向した。
"Июнь= Баркарола"
Выйдем на берег, там волны
(ヴィーィヂェム・ナ・ビェーリク、ターム・ヴォールヌィ)
「岸辺に行こう、波打つ岸に」
Ноги нам будут лобзать,
(ノーギ・ナーム・ブードゥト・ラブザーチ)
「波は僕らの足にくちづけしてくれるだろう」
Звезды с таинственной грустью
(ズヴィヨーズディ・ス・タイーンスビェンナィ・グルーシチユ)
「得も言われぬ悲しみをたたえた星という星が」
Будут над нами сиять
(ブードゥト・ナート・ナーミ・スィヤーチ)
「僕らの頭上に輝くことだろう」
[Andante cantabile(アンダーンテ・カンタービレ)、4/4拍子、2♭(ト短調)]
このナンバーは左手の伴奏から始まる。
***♪ラー・<ミー・・<[ラードーミ]ー・ーー│〃♪
そして、第2小節の3拍め後半から右手によって主題が奏でられる。
***♪●ミ・<♯ファ<♯ソ│<ラ<シ・<ド<レ・・<ミ<ラ・>♯ソ<ラ│
>ミー・ーー・・●ミ・>シ<レ│>ド○・○○・・○ド・>♯ソ<シ│
>ラー・ーー♪
(○○○○の部分と終いのラのあとは、左手が
ファ>♯レ<ファ>ミを埋める)
バレエ「白鳥の湖」を書き上げたのと同時期の作品なので、
同バレエ3幕終曲の第24曲の終いと同じ音型を主題にしてる。つまり、
「舞台は一転、暗くなる」場面の音楽である。
(***♪ミー・・<♯ファー・<♯ソー│<ラー・<シー・・<ドー・<レー│<ミー♪)
ヴェネッツィアのゴンドラは「黒」である。そして、
6月。夏至の時期は日が長い。だから、
いつまでも明るい、と思ってたら、
急に漆黒となる。
それは人と人との感情、恋愛も同じである。
ところで、
松井須磨子が歌った「ゴンドラの唄」は、
吉井勇の「作詞」である。が、それは
森鴎外がもうじき日本代表が
南アフリカで対戦するデンマークが誇りにしてるアンデルセンの
「即興詩人」のドイツ語訳をもとにして
みょうちくりんな日本語に訳し、あるいは創作したものを
さらにまたオマージュとしてる。
サッカー日本代表が非自国開催大会で
決勝トゥアナマントに進めるかどうかの、
「Накануне(その前夜)」である。
「ナカヌーニェなら、負かしてみしょう、ハトトリク」
赤毛の司祭がヴァイオリン片手に身寄りのない女子を教育するわけでも、
芹洋子女史が歌うわけでも、
慶應の附属高があるわけでもない。
この12曲のピアノ小品は、
"Нувеллист(ヌヴェリスト=短編作家)"
という雑誌の企画で、1876年の
1月1日(当時のロシア暦)から12月1日まで、
その雑誌の月号発売ごとに掲載された。その中の
"Июнь(6月)"は、イユーニ及ばずながら、
"Баркарола(バルカローラ=ヴェネッツィアのゴンドラの船頭が歌う唄)"
である。このピースは、
Алексей Плещеев
(アレクセーィ・プリシシェ-ィフ、いわゆるアレクセイ・プレシチェーエフ)
の詩が附せられてる。この詩人は、
ペトラシェフスキー・サークルという社会主義思想サークルに所属してた。
1849年にペトラシェフスキー以下21人が逮捕され死刑宣告を受けた。ちなみに、
あのダスタイェーフスキー(いわゆるドストエブスキー)もその21人のひとりである。が、
この詩人を含む3人がまずに柱にくくりつけられてまさに
銃殺、というときにツァーリからの罪一等を減じるの恩赦の知らせが到着した。
この詩人はウラルスク(現在のカザフスタン、厳しい寒さ)流刑となって、
10年間、囚人として過ごし、出所してからは児童文学者に転向した。
"Июнь= Баркарола"
Выйдем на берег, там волны
(ヴィーィヂェム・ナ・ビェーリク、ターム・ヴォールヌィ)
「岸辺に行こう、波打つ岸に」
Ноги нам будут лобзать,
(ノーギ・ナーム・ブードゥト・ラブザーチ)
「波は僕らの足にくちづけしてくれるだろう」
Звезды с таинственной грустью
(ズヴィヨーズディ・ス・タイーンスビェンナィ・グルーシチユ)
「得も言われぬ悲しみをたたえた星という星が」
Будут над нами сиять
(ブードゥト・ナート・ナーミ・スィヤーチ)
「僕らの頭上に輝くことだろう」
[Andante cantabile(アンダーンテ・カンタービレ)、4/4拍子、2♭(ト短調)]
このナンバーは左手の伴奏から始まる。
***♪ラー・<ミー・・<[ラードーミ]ー・ーー│〃♪
そして、第2小節の3拍め後半から右手によって主題が奏でられる。
***♪●ミ・<♯ファ<♯ソ│<ラ<シ・<ド<レ・・<ミ<ラ・>♯ソ<ラ│
>ミー・ーー・・●ミ・>シ<レ│>ド○・○○・・○ド・>♯ソ<シ│
>ラー・ーー♪
(○○○○の部分と終いのラのあとは、左手が
ファ>♯レ<ファ>ミを埋める)
バレエ「白鳥の湖」を書き上げたのと同時期の作品なので、
同バレエ3幕終曲の第24曲の終いと同じ音型を主題にしてる。つまり、
「舞台は一転、暗くなる」場面の音楽である。
(***♪ミー・・<♯ファー・<♯ソー│<ラー・<シー・・<ドー・<レー│<ミー♪)
ヴェネッツィアのゴンドラは「黒」である。そして、
6月。夏至の時期は日が長い。だから、
いつまでも明るい、と思ってたら、
急に漆黒となる。
それは人と人との感情、恋愛も同じである。
ところで、
松井須磨子が歌った「ゴンドラの唄」は、
吉井勇の「作詞」である。が、それは
森鴎外がもうじき日本代表が
南アフリカで対戦するデンマークが誇りにしてるアンデルセンの
「即興詩人」のドイツ語訳をもとにして
みょうちくりんな日本語に訳し、あるいは創作したものを
さらにまたオマージュとしてる。
サッカー日本代表が非自国開催大会で
決勝トゥアナマントに進めるかどうかの、
「Накануне(その前夜)」である。
「ナカヌーニェなら、負かしてみしょう、ハトトリク」
アレクセイ・プレシチェーエフの訳詩を、CDの曲目解説に転載させて頂きたいのですが、よろしいでしょうか。
こちらにて、突然のお願いをお許し下さい。
野本哲雄
csodalatos-tets@t.vodafone.ne.jp
ここ数年は競馬の大レースのときしかこのブログを顧みてないので
返信が遅くなって申しわけありませんでした。
お申し出はありがたいのですが、これはただチャイコフスキー好きの
ロシア語非専門家の私による"大意"であって"訳"ではありません。
訳詞はロシア語・ロシア文学の専門家のものをお使いになるのが無難かと思います。
あしからずご了承ください。
出会った訳詞の中で、最も素敵なものであると思いました。
大意と仰る、そもそもの趣旨とされていらっしゃる軸を、理解致しました。
誠に残念ですが、この度のお願いにつきまして、承知致しました。ご考査いただきまして、ありがとうございます。
ブログを楽しみにしております。
今後とも、よろしくお願い申し上げます。
慇懃なお言葉 ありがとうございました。