池袋犬儒派

自称「賢者の樽」から池袋・目白・練馬界隈をうろつくフーテン上がり昭和男の記録

姉妹(11)

2019-04-28 16:55:31 | 日記

 それから二日後、草稿が完成した。約束の期日まで、あと一週間は残っている。理恵の経験から、それだけ時間があれば見直しはほぼ完璧にできるはずだった。
 少し迷った個所やもっと書き込んだ方がよさそうか個所、ロジックの展開に注意すべきところなどは、草稿を作る過程ですべてマーキングしてある。それらを中心に文章を足したり削ったりして完成形に近づけ、数字などの基本データに誤りがないか照合し、最後に全部を読み通して細かい修正をする。それで最終版が出来上がる。

 キーボードから離した手をまっすぐ頭上に突き出して大きな伸びをして、時計を見た。
 午前十一時。少し逡巡したが、自宅で昼食をとって実家に行くことにした。

 キッチンのテーブルで食事しながら、タブレット端末で動画サイトを観ていると、携帯電話が鳴った。
 母が入所している施設からだ。

「もしもし」
「あ、お忙しいところをすみません。ホームの望月ですけど」甲高い中年女性の声が耳に響いた。
「いつもお世話になっております」
「こちらこそ……ええと、お電話したのはですね……お母さまがちょっとお風邪を召されたみたいで」
「悪いんですか?」
「いえいえ、軽い風邪みたいですけど、朝から熱が出ているので、念のために先生をお呼びしているんですよ」
「はい」
「ホームの規則で、お医者さんに来てもらった時には、必ずご実家に電話を入れることになっているものですから」
「わざわざ、ありがとうございます」

 電話を切って、カレンダーを見た。日曜日である。ホームで契約しているドクターがわざわざ往診に来てくれるのは、休日のせいであろう。電話口で女性が言っていた通り、特に心配するほどのことはなさそうだ。

 午後一時、いつもの通り、丹念に呼吸を整えてから出発する。このところ、ずっと気になっていた仕事にようやく目途をつけることができたせいか、心も軽い。スムーズに集中度が高まり、しかも途切れることなく意識の状態を維持できる。

 東長崎を過ぎた頃、突然、ひどい雑音が耳に飛び込んできて、一瞬で集中力が吹き飛んだ。

 視線をあげると、あの背の低い姉妹が前を歩いている。

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