近頃のニュースは、女児虐待とか奪った拳銃で警官を撃ったとか、知らぬ男同士が女性を拉致したとか、実はわざと子供に車でぶつかったとか、テイタラクな事件が多いデスナ。
精神が鍛えられてないのか、道徳心の欠如か?昔はこんな人間は居なかったですよネ。
戦後どうも考え方が欧米化したのか、個人主義が正しい、自由ダッと叫び、共に生きると云う日本の良き伝統文化を否定して、道徳心は教わらず、あの寺小屋で姿勢を正しく筆を持つ子らの姿は、何処へ行ったのか?
どうもこの頃のマスメディアの論調は、自由に生き何処が悪いと云う論説で、今日の新聞を見れば、小学校の教員志願者は激減の見出し。
教員の大量退職などを受けて、採用数を増やしたが、志願者は増えず、出願倍率が過去最低の1.2倍に落ち込んだ。
子らに、正しく強くの心を十分に説いて来たのか?今の学校に育った若者が興味の持てない場所になってしまったのか?
ある方のブログに、下記のコメントがあった。
お天道さまというのは、天照大御神ですが、いつでもどこでもお天道さまが見ていらっしゃるというのは、古くから言い慣らされた言葉ですが、実はその意味は、神様という別な存在があって、その別な存在が私達を見ているということではなくて、私達自身が、神様の胎内にあるということですから、もうぜんぶまるわかりになっている、ということです。
悪いことをするということは、神様の胎内で癌細胞をつくるようなものです。
それを神々が喜ばれるなんていうことは、絶対にないということは、むしろあたりまえすぎるくらいあたりまえのことと理解できます。
では良いこととは何かといえば、胎内にある私達が健康でスクスクと育つこと。
自分の役割を認識して、その役割をしっかりと担って生きること。
そういうもろもろの知恵を、古事記は「隠身」という一語で示しているのです。
いやはや、古代の日本人の知恵って、すごいと思います。
これは、古事記は「この世のすべても、あの世のすべても、過去も現在も未来も、それらはすべての神々の胎内にある」ということを「隠身」という語を三度も繰り返し説いています。
これはすごいことですと紹介されていたところの一部を抜粋。
こんな心があれば、あれもこれも起こらない事件だったのでしょうネ。
これらは昔の人々が供用された事柄だ。
そんな事言ってみても、自分もこの所おかしいいのです。
ウオーキングなども年々力が入り、毎日歩いていたのだが、酔っぱらってつい転倒してからは、腕を振れば肩が痛く、ひざにも違和感ありで、ウオーキングは中止している。
毎日運動していて自分は元気だと勘違いして、60代、70代、80代ともなれば、一度転んでしまうと、若い時と違っておかしくなる。
アルツハイマー型認知症と同じく、足元がふらつき寄れる。
この歳になり初めて体力、人間力のなさに気付くので御座います。
そんな身体でありますが、そろっとアヤメも咲く頃と先週の朝、久々に五十公野公園に行き歩いて参りました。
入口付近には、開花状況を知らせる表示があり、普段は3分咲きとか、7分咲きとか満開とあるのだが、行った22日の朝は「見頃」と表示されていた。
ハテ?見頃とは...
あやめ園といっても、アヤメよりも花菖蒲が多く植えられているのです。
チョト言われて来た事とズレが出ているのか?梅雨もドシャ降りになり、地球も磁場の狂いか地殻変動が度々起き、気温差も大きく、世界を見れば、大統領が牢獄に閉じ込められる国とか、大統領の発言が世界の耳に残る話題に。
商店街は相変わらず人影がなく、首相の発言は景気は良いのだと...
この世の中、どうも何かズレ始めたか?