ダックのパパママストア

商店街に有る、パパママストア。
  何を売る店? 今日は、何をお探しですか....? 商店街で起こる色々なこと。

平成の年は

2018-12-26 13:38:15 | 社会

平成最後の大晦日まであと数日。

平成の始まりは、日本は確か王道を歩んでいた気がしたが、世界を見れば中国では、天安門事件が起き、東西ドイツのベルリンの壁の崩壊と、独裁体制からの脱却を目指して戦った学生や市民。

世界に民主化の波が押し寄せたが、共産主義を絶対と信じ独裁体制を維持したかった国と解放に向かった国とに分かれた。

さまざまな思惑があっただろうが、世界から脚光浴びた国、国による弾圧がかなり大規模なもので世界から顰蹙を買った国とに別れましたね。

日本の経済は日本人の勤勉な働きでGDP世界2位と輝くのだが、世界から色々言われ、日本も世界標準と、日本の国も欧米で広く行なわれている税制を、それ位取り入れても良いだろうと、安易な解釈で消費税を導入してしまい、商品などは仕入れ価格が大手資本に有利な事になり、地方の商店街をシャッター通りに追いやる事になる。

働く場所が無くなり、地方経済の低迷、人口減少の流れへとつながって行くのです。

これもまた、世界並みにと、国会議員選挙を中選挙区から小選挙区制にと変えてしまい、投票率もみるみる下がり、死票が多く、多様な意見が反映されにくい。

思い返せば政治改革はこのままでは国民から指示出来ず、政治が見捨てられると云う危機感から始まったと云う理屈だが、投票率は下落傾向にあり、国民と政治が寄り近くになったと云えるのか?

投票率、中選挙区制時代7割代、小選挙区制導入で5割の数字。

それで投票人口を増やせと18歳から選挙権を与える制度に。

小選挙区制を導入した当事者の反省が足りませんね。

すべて改革が予期せぬ方向に傾いていて、その是正は出来るのか?

政権交代がある事によって、政治が危機感を生んで政治もしっかり、それこそ議会制民主主義と云う小選挙区制は東西冷戦の終結など、時代の変化に素早く対応する為、導入されたという側面もありましたと云うのだが、右か左か?ではなく、“共に生きる”日本古来からの話し合いの場は何処へ行ったのか?

今、日本に山積する課題に対して、小選挙区制と云う劇薬を、良薬として生かして行けるのか?

政治家と有権者に共に課せられた重い宿題ですネ。

政治は党のため政治家のためのものではない。

国家、国民の為に有るが政治である。とは、某政治家の言葉。

昭和を生き抜き、順風満帆な航海で平成の時代へ来たが、他国に、はめられたか制度を変え今はGDPは25位に 。

世界の長者番付を見ればベストテンには、ネットの時代なのに日本の技術者の名前が無く、これには訳が有って、米国から日米貿易の妨げになると、いちゃもんを付けられ大幅な貿易黒字を続けていた国内大手メーカーは、利害関係がかってに動かされ、当時はPCのソフトは、ハードを売る為の、ふろく的な考えで、日本人が開発したPCへの「Bトロン」搭載をやめ、無償で「国際共同開発OS」と云う形をとる事になる。

これは基本的なワザで、著作権料を貸せば、米国、中国と同じく当然ベストテン入りする日本人、企業が表れていたでしょうネ。

阪神淡路大震災など大きな災害も各地に起き、道徳教育がなおざりにされ、地下鉄サリン事件や、身勝手な犯罪が増え、日本の秩序は如何なったのか?

大胆な政策を打てないままズルズルと不況が長引いてしまった「新自由主義」

郵政を民営化していしまい財政投資の資金は潤沢か?TPP発動で産業、農業は発展するのか?

そんな問題の山積する中で、何時も変わらず国民の幸せを願い、祈り続ける、天皇・皇后両陛下のお姿は、日本伝統の崇高な心情を導いてくれるものです。

その伝統文化を持つ我が国に於いて、今月の8日こんなニュースが各報道機関から流れた。

中国が8日未明、月の裏側に着陸する月面探査機を世界で初めて打ち上げた。

運搬ロケット「長征3号B(Long March 3B)」により衛星が打ち上げられたと云うTV画面を見ていると、ナント!JAXAからロケット技術の移転を受け、三菱重工が打ち上げているH2Aロケットと瓜二つ!!

素人の私さえビックリする内様なのに、放送局はその事には触れずで、通信社、放送局は如何したのでしょう?

そんな世界で良いのでしょうか?私たちの解らないままに世が動かせられているのでしょうか?

ここへ来て株価が暴落しました。世界不況が来るのでしょうか?

新しい時代は如何なるのでしょうか?

もう一度日本の伝統文化に立ちかえり、道徳心に満ち溢れた世界が出来ます様願うばかりです。

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商売のあり様

2018-12-18 16:30:27 | 商店街

コンピュータの技術進化も通信速度の向上も、何十年も前からずっと起こっていることで、まだまだずっと続くと云う。

それに対しては、業態を変えずにいつもの「勝ちパターン」にしがみつくということではなく、次から次へと業態パターンを変え続けることが必要だ。

どういう変革をするかというワンステップの変化ではなくて、常に変化を続けなければいけないと考えています。常に成長する企業であり続け、決して変革の歩みを止めない企業であることが必要とは、某大手メーカー経営者のコメントだが、それが当商店街の場合は、親の代から続く人々とのコミュニティーが一番と歩んで来たのだが、人々の生活様式が変わり、お話するのも喫茶店で顔を合わせながらが、スマホで済ませる人々の多い時代になった。

TVのローカル番組の中で、その町その町の話題店を訪ねインタビューする番組でも、その界隈の商店街は、シャッターが下り、人通りの無い光景が写しだされる場面も多くなっている。

商店街の専門店よりも、郊外の大型店の方がお客を集める時代になり、買物に行けない忙しい人や、その産地まで出かけられない人でも、居ながらにしてネットの通販で買物を多いにする時代でもある。

コンピュータの技術進化と通信速度の向上は、大国の覇権争いも宇宙の軍事戦略にまで及び、買物も現金持たずでOKの時代とやら。

そんな中、駐車場のある空き店舗に、年中無休の美容室が出来たのだとお客様が云う。

看板など見ると、料金は一般美容室に比べ少し安く提供されている様だと言い、お客様はすべてネットでの予約制なのだそうだ。

そう云えば、旅館もネットでの予約を受け付けていて、フロントに直接TELしても、ネットでの受付をと言う所もあるらしい。

ホームページを見れば、サービスの種類も色々有り、部屋の種類の空室状態も 一目瞭然で、じゃ~この日のコレでとお客様の方で忖度している。

4人位のスタッフの美容室も駐車場には車が停まり繁盛している様だが、スタッフが2人位の時も有り、午後からピタリと車が無くなることが有るのだと。お客様の言うのには、「な~に予約を勝手に満席にして休むのだがネ」と云う。

「アッ、ナルホド」。

年中無休と言えど、1日中スタッフの車もお客様の車も無い事もあるのだと云う。

近郊にチェーン展開しているお店ならスタッフの効率の良い手配も出来そうだ。

お客様はホームページを見れば、何時も満席で評判の良い店に違いないと思うのだろう。

これがネット社会のあり様か?

コミニュテイの中で少数の利用者しかいない業種でも、ネットで全国に向け発信すれば数量の伸びる業種もあるのだろうが、ネットを利用して商いをやられているお店は、商店街を見渡してもわずかだ。

昨日、見慣れないお客様がやって来た。古いシステムの商材を眺めている。話を聞けば今は作られてなく自分はこれが好きで使っていると云う。

予算も有るのでと数個買われたが、「ホコリのかかっているコチラは半額ですよ」と云うと、目の色を変え、いくら好きと言えど一人でこんなに使う?と云う位の量を買って行った。

「サァーサァー半額と言わなきゃ良かったか?」商材は全盛期も何時しか過ぎて、年に少し売れるかと云う商品。

今日も昨日のお客さんがやって来て、昨日の倍の量を買われて行きました。

今日も売れたと家内に話すと、「ネットか何かで売っているのじゃないの」の返答。

「アッ、ナルホド」。

 

 

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掲示板から

2018-12-12 16:45:52 | 社会

駅前に広域の巨大病院が出来て今年で12年が経つ。

計画当初は屋上にヘリポートもある設計だった様だが、それはなく当初は、緊急ヘリコプターが着陸する時は、近くのカルチャーセンターの広場を利用していて、患者を救急車がサイレンを鳴らし病院へ運んでいた。

今は、病院と隣接の公園が整備され、ヘリの着陸時には、消防隊がその周りを取り囲み、救急車で目の前の緊急救命センター搬入口まで患者を運んでいる。

県北の基幹病院として隣接市の救急車も集まり、緊急ヘリコプターの着陸頻度も年々増え、幾多の人命を救ってきたのだろう。

私も緊急救命センターへ入った事が有り、広々とした室内に、数多くのベットが並び、患者が搬送されると、7~8名のスタッフがすぐベットを取り囲む。

みんな若いですネー。お医者さんを若いと思う歳になったんですね。御年長の医師が若いスタッフの動きを見守っている。

お見舞いで病院を訪れた時、1階ロビーから病室につながる通路に掲示板が有り、そこに患者さんの声が寄せられていた。

ひどい腰痛で10/7日(日)救急車を呼びました。病院に付いた途端、緊急外来の男性で茶髪の〇〇という看護師なのか。医師なのかわかりませんが「病気も分かっていて、痛みの原因も分かっているのに、こんな事で救急車を呼ぶなと!」と言われた。

検査の結果、腹膜炎で生死にかかわる状態でした。なんの為の救急車なのですか?もう少し患者・家族の心情も考え責任ある言葉を考えてほしい。今でもあの時、あの言葉を思い出すと身震いします。

他の担当医はじめ看護婦さんには、とても親切にしてもらい、対応も良く感謝しています。

                                       〈1階:平成30年 10月22日 回収〉

回答

  このたびは、スタッフの言動で不愉快な思いをさせてしまい大変申し訳ありませんでした。ご指摘のスタッフには個別に指導をいたしました。

スタッフ一同、患者・家族様の心情に配慮した責任ある対応をして参ります。

また、ほかの「患者さんの声」には、

本日、退院いたしました。病院(個室)は大変快適でしたが、誰もが言うのは「県立〇〇〇病院は、医師が良いが看護師は悪い」と。

昔よりだいぶ良くなりまして態度口調は悪いと思いませんでしたが、「話が通じていない」と言いましょうか「売店でパンツを買っておいて下さい」→「買っておきました」→買ったパンツにはきかえて下さいと指示がありませんので→手術室で看護師さんが「あらパンツをはきかえてなかったわ」と気付くという(そのパンツを返品するしないの話しもウヤムヤにされました)笑

患者に何時頃、どういう指示をする。というチックシートでもあれば良いでしょうに。
何んとなく記憶でやっているのではないでしょうか。

                                    〈1階:30年10月22日 回収〉

回答

  不快の思いをさせてしまい申し訳ありません。看護部では1日の予定を朝のラウンド時に説明・調整を行なうようにしております。
わかりやすい説明に心懸けてまいります。

と、こんな文面が提示されていて、オープンな雰囲気、より良き方向に進む姿勢が感じられますね。

ここは人々のヤマイを治すところですからネ。お互い直して行きましょう。

 

 

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文化の企て

2018-12-05 20:33:00 | 文化・教育

面白い事をするもんですネー。図書館でコンサート?

土曜日に「図書館クリスマスコンサートinイクネスしばた」が開催され家内と出かけて参りました。

ロートルの頭では、図書館って静かにする所でしょと、思いますよね。

そんなアタマに刺激の一つでもと想い、出かけた訳です。

開場前に出掛けると、コンサート参列者は一階図書棚の間、間に順番良く並ばれています。

時間になり図書棚の間を、ジグザグに折り返しながら、ゾロゾロ進んでパンフレットをもらい、階段を上がり3階の会場へ。

これがまた、私の前には御高齢の方も並ばれれば、2階~3階と上がるにつれて、だんだんと歩みが遅くなりますネ。

図書棚の通路を利用し3方向に椅子が並べられ、演奏者は目の前。

駅前に、この施設が出来て2年4カ月で、目的も様々だが、色々な方々にご利用され利用者がこの秋100万人を超えた。

この企画もその未来に、広く文化を伝えたいと云う事何のだろう。図書館閉館後の夜のコンサートである。

年代物の楽器もあるもので、木製のフルート演奏も聴かせていただいたが、金属製とはまた違う音色で、ギターの音色も古く、その文化に近づく往年の音色を聴いて参りました。

2組のペアによる演奏で、もう一組はソプラノの歌声と、ピアノの演奏で、短い時間でしたが堪能して参りました。

先月はビッグバンドのライズアップのスイングジャズ、敬和学園のバンドコンサートも聴く機会が有り生の演奏は、演奏者の熱がヒシヒシ感じられ楽しくなります。

また日曜日には、私たちが目指す博物館・美術館シンポジュウム「しばた文化の源流を探る」-歴史・地名・美術からひもとくーと称して、講演会が有りました。

パンフレットには、文化の源流を探るとあり、大河は、多岐に渡って合流する支流が、それぞれ最初の一滴を集めて海に注いでいます。

地域の歴史文化も、様々な時代、時に数奇な運命により、受け継がれてきたことでしょう。
大河の源流をたどるように、文化の源流を探り、通説の検証と未知の発見・解明へとちかづいていくこと。それもこのシンポジュウムの大きなねらいとなっています。

こうしたアプローチが、私たちの目指す「ミュージアム」には必要であると考えていますとあり、講演テーマは、基調講演に「阿賀北の中心新発田の概略と対立軸」敬和学園大学学長・山田氏。
日本古代史は「遺跡から見られる北方文化の様相」市教育委員会文化行政課埋蔵文化財係長・渡邊女史。
地名は「地名誕生の背景と新発田の地名」新潟県地名研究会、市地名研究会・関川氏。美術は「しばたの文化と歴史のことば」と称して、文化行政課嘱託学芸員・谷氏が、それぞれ15分ちょとお話になり、そのあとディスカッション。

色々な角度から語られると時間が足りませんね。

興味の湧くお話も沢山ありましたが、車で20分位の所に、なんと飛鳥時代の遺跡が有り、竪穴住居数軒と、7世紀中頃の土師器が多数出土している「馬見坂遺跡」があるのだと言う。

そんなすごいのが有るとは知りませんでしたネー。

大化の改新後、大化3・4年に,渟足柵(ぬたりのき)・磐舟柵(いわふねのき)が相次いで設置される。

大和朝廷の勢力が我が地域まで来ていて、柵は蝦夷の偵察・情報収集や武力制圧、食料供給による懐柔を行うための軍事施設を築く。両柵の推定地は、広い意味での阿賀野川下流周辺、岩船潟周辺に複数あるのだが大和朝廷の意向がこの地まで来ていたのですネ。

阿倍比羅夫の水軍の活躍もこの地があればこそ北征ルートの確立だったのだろう。

この地は大和文化の最終到達点と文化の溜まる所と何故か今の時代を生きる私も、思う事があるのだが、しかし、当時の馬見坂遺跡の出土品を見れば東北北部系の特徴、口緑部が「く」の字に外反に反り返る土師器甕も合わせ数多く出土している。

何か勢いある文化の最終到達点で有り、溜まりゆく文化を消化しつつ、分け隔たりなく北部系の文化も取り入れていたとは、この地に生きる人々の感受性の豊さを感じ入る訳で、片田舎でありながら、後世、芸術文化の水準の高さは、輝くこんなローカル色だからこそ生み出したのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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