織内将男の山旅の記録

若かりし頃よりの山旅の記録です・・!!

金峰山の奇跡; ;第二部:奇跡編(5)

2010年05月04日 | 奥秩父・金峰山
金峰山(きんぷさん)は、山梨県の中央、北部に位置し、長野県との県境にある標高2599mの山である。
金峰山山頂には、特徴的な五丈岩があり、山腹や山麓から見ることもできる。

この金峰山で若かりし頃、非常なる体験をした・・!。


鼓動が高鳴る“奇跡の体験”は、数十年以上も過ぎた今日でも、鮮明に記憶の隅に残っている。
それは、超混雑していた奥秩父の名山・金峰山の山小屋での出来事だった。
・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・
やがて、就寝の時間がやってきてランプの灯火が消され、騒がしかった人々が次第に睡眠の寂の世界へ向かいつつあった。
そんな中で、私には何かが起こりつつあったのだ・・!!


以下は本文へ・・、
☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆



 金峰山の奇跡; ;第二部:奇跡編(5) 


さて、間をおいて思案してから、こっそり「お礼の合図」を送ることにした。 
これはある意味の男としてのケジメであると自問自答しながら、小生の顔面前に横たわる彼女の長い脚部を、毛布の上から平手でトントンと軽く叩き、その後で柔らかく撫でるようにさすってやった。 
これは一か八かの彼女の反応を確かめるためのコンタクトでもあった。

果たして彼女の反応は・・?、

一瞬、彼女の足がピクッと動いた。 
これは是非を表すようなものではなく、女としての一種、条件反射のようなのかもしれない。 
やがて、彼女の反応は確かなものとして返ってきた。 
彼女の足が毛布と共に近寄ってきて、更に、手(足)繰りながら、小生の胸元から肩にかけてコンコンと三度ばかり柔らかく叩いたのである。 
小生は緊張の力みがスーと抜けていく感じになり、あらためて生暖かい血潮が動き出すのを覚える。
彼女から確かな返事、軽やかな合図がやってきて、甘ったるい無言の会話が成立し、それは叉、何かが起きることを期待しているようにも受け取れるのである。 
小生の胸には、次に何をしたらよいのだろうとする思案が去来する。 
こうなると人と人との信頼関係以上の、男と女の微妙な関係に近付きつつあるようにも想像されるのである。


何度も云うようだが、今現在、彼女と小生の向き関係は頭と脚が逆の状態であり、尚且つ、右横向きなので顔の前に彼女の脚がある。 彼女は斜め45度程度で小生と同じ向こう向きである。 
そして気のせいか、否、確かなところ彼女は身全体を、こちら側つまり小生に摺り寄せて接蝕させてきているのだ。

小生はチョコッと毛布をめくってみた、 彼女の足首は眼前にある。
これだけの山中へこの両足で身体を運んできたのである。 普通なら、本来なら大よその脚部は蒸れ蒸れの状態になって、足や靴下の臭みが感じられて当然である。 それが全く無いのである。 
女の身嗜み(みだしなみ)、身のまわりについての心がけとして、新鮮な靴下に履き替えたのだろうか・・?。


この頃になると一時の眠気はとうに吹っ飛び、今は体中の感覚と神経が激しく動き回っていて、思考回路をどちらに向かわせようか、そして最良の選択肢には何があって、どういう処理行動を起こすべきか、そして、そのことが彼女の思惑にどう結びつけるか、思案投げ首の瞬時であった。 
尚且つ、男としてどう行動し、どのような決着に至らせるかがポイントになりつつあった。


つぎに小生は心を決め、思い切って大凡(おおよそ)彼女が被っている毛布を、ソーッとこちら側に引き寄せた。 
つまり一枚の毛布に男女一対が収まるという、当初の形がほぼ出来上がったのである。 
そして、当初と決定的に異なるのは、男女間としての意思の通じ合い(意思疎通)が出来上がり、身体をほぼ密着しあっているのである。

小生は仰向けの形をとりながら、周囲には気づかないように摺り寄りで、若干身体を下の方へ移動させる。 左右状態はマグロの横並びよろしく、殆ど立錐の余地もないが、上下方向は荷物類が置いてあるため、多少の余裕があるのだ。

ソックスを着けてはいるが、彼女の可愛らしい足の平、つま先は、すでに小生の鼻の先にある。 
小生は思い切って彼女の足首あたりを右手でソックスの上からソーッと触り、次に握るような仕草をしてみた。

次回へつづく・・、
次の投稿は「連休明け」になります、お楽しみに・・!。




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金峰山の奇跡; ;第二部:奇跡編(4)

2010年05月04日 | 奥秩父・金峰山
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金峰山の奇跡; ;第二部:奇跡編(4)   



月の光をところどころ受けている大部屋の雰囲気、様子は仄暗く(ほのぐらい)、ぼんやりとしか見えない。 

横になっていても、そこかしこから雑な声、ヒソヒソ話が暫らく続く。 だが、それも時間とともに次第に沈黙の世界に入り込んでゆく。 
時々、懐中電器の明かりがポッ、ポッと灯るが、本当の暗闇が辺りを支配するようになる。   
次には、周りから「いびき」の声も響くようになり、彼方より寝言のような“音“も聞こえ出す。 


夜も一層更けつつあるようだ。

小生と彼女は足と頭が逆さ状態で、所謂、上下逆さ寝である。 
そして、小生は左手が下になる所謂、左向きであり、彼女は背中越しに向こう向きのようである。 背中越しといっても実際は腰や臀部、お尻が接触しているのだが。
その背中越しの彼女は既に寝てしまったのであろうか・・?、 身動き一つしていないようだ。 
それとも緊張のせいで身体を硬くして横になっているのだろうか・・?、

今になって気が付いたが、小生には寝るとき一つの癖がある。 
小生の寝癖は幼少年の自分より右側の横向きにならないと睡眠に入れないのである。 
暫らくして、窮屈ながら身体の向きを少しずつづらして、寝返りをしなが仰向きから右横向きへと変えた。 
何とか果たせて、気が付くと毛布で囲ってはいるが、顔の正面には彼女の脚部がスラーと伸びている。
彼女は小生の動きに気が付いたらしく、身体の向きを少し変えて斜めの状態にした。 この状態だと小生の前の部分が、毛布越しに彼女の脇腰辺りに当たるようになる。 
それにしても彼女は眠ってはいなかったのである。 
正直な気持ち、何となくホッとする。

一時すると突然、彼女がモソモソと動き出して、毛布が小生の脚部、下半身に掛かってきたのである。 
もしかしたら彼女の夢の中の動作で、偶然に掛かってしまったのかなどと想像もした。 それにしては彼女の手に動きがあって、毛布を手繰(たぐ)っていたのに気がついていたのである。 
小生は一瞬何事が起きたのかなと気持ちが高ぶりドキドキとしたが、考えてみれば当たり前の行為だったのかもしれない。 

はじめ、概ね二人に1枚の割合で提供されたはずの毛布で、同僚の二人の女性に一枚、それにN嬢と小生に一枚与えられたはずであった。 だが、いくら混雑しているとはいえ見ず知らずの女性(女性側からは男性)と遭い合いの状態になるのは、お互い良心と羞恥心が許さないであろう。 小生は男気をだして、彼女にのみその毛布を与えたのであった。

そして彼女はそのことに気がついてか・・?、一人身だけの良さに遠慮、気兼ねしてか、後になって、こっそりと小生の下半身に掛けてくれたのだろう。 
それに、夜も更けゆく時間帯、いくら人息れ(ひといきれ・人が多く集まっていて、体の熱気やにおいが立ちこめること)があるにしても、冷え込んでくるのを覚える頃合なのである。 普通、人は下半身から冷えるともいう。

面と向かった普通の状態では成しにくいが、この暗闇の異常な状態であり、やはり気兼ねしながらも彼女の気配り、温か味が伝わってくるのである。
だが、これに対してお礼の言葉や返事が言い出しにくい状態なのである。


さて、間をおいて思案してから、こっそり「お礼の合図」を送ることにした。 
これはある意味の男としてのケジメであると自問自答しながら、小生の顔面前に横たわる彼女の長い脚部を、毛布の上から平手でトントンと軽く叩き、その後で柔らかく撫でるようにさすってやった。 
これは一か八かの彼女の反応を確かめるためのコンタクトでもあった。
果たして彼女の反応は・・?、

つづく・・、




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金峰山の奇跡; ;第二部:奇跡編(3)

2010年05月04日 | 奥秩父・金峰山
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金峰山の奇跡; ;第二部:奇跡編(3)    


夜がいよいよ深まりつつあるようだ。 
僅かな月明かりが部屋に差し込んで、部屋の様子がほんのりと覗える。 
多分、表の天空は満点の星が輝いていることだろう。 明日の天気も約束さたようなものである。

そう、明日は同じルートを降りるだけであるが・・、そういえば彼女達は何処から登ってきて明日はどちらへ向かうんであろうか。 
このことに関しては何故か一切覗わなかったのであるが、ヒョッとしたら明日行動を共にするかもしれない。 そんな淡い期待を抱くのである。

眠気を感じたからといって未だ若き独身男性の背中越しに、これまた気品あるうら若き女性が体温を感じる程の密着しながら横になっているのである。 
何で単純に休めるものか、眠れるものか、否々、何やら気がトキメイテくるのを覚えるのである。 

これは「神」の悪戯か・・?

普通、特別な場合を除いて、こうやって若い男女が横になって寝ている姿というのは、夫婦もどきの恋人同士か夫婦の間柄のみであろう。 
勿論、小生にとっては初めての経験だし、横に居る彼女にとっても同様ではなかろうか。


ところで、小生にとって「女性」とは、今までどのような存在であったのか・・?、 
それは一種特別なるもの、畏敬なるもの、そして、神聖のような存在なるものと勝手に想像していた節もある。 
その1つの理由に、私は男兄弟の長男であり、身近に女性と気軽に話や喧嘩が出来る環境がなかったからと、勝手に理由付けしていたような節もある。 
物心ついてからも女性、異性、女を見る心の目は、憧れであり、心をときめかせるものであり、胸を膨らめせるものと勝手に解釈していたよでもある。 

それに、女性の体形、裸身というのが美しく、芸術品のように光り輝くものであることが、青春の1コマとして脳裏に焼きついていたことも事実である。 


それは、中学3年の或る盛夏の日、ある意味で好意を寄せていた大柄でバレーボール部のA子と教室で何気なく
「こんなにあづいひ(暑い日)は、海さでもいぎでな」と独り言のように何気なくいい、  すると
「んだな、 ああ、つれでってくれんならいっでもいいよ」と思いがけない返事が返ってきた。 
夏の海辺は、いわきの浜・小名浜海水浴場(当時、いわき市で前の磐城市)へ、ふとしたきっかけで海へ出かけることになった。 別段に泳ぐつもりは無かったが(当時、小生は水泳部)、当然のように二人とも水着の用意はしていた。 
焼きつくような砂浜である。 
「チョッと泳いでくっがんな」と小生が言いいながら、さっさとA子の見てる前で着替えを済ませると、 
「わだしも・・」といって、陸揚げされていた漁船の船陰で着替えを始めた。 
すると突然、、「チョッとバスタオル持っててくんちょ」と言う。 
確かに砂浜が途切れた向こう側では人の通りが結構あった。 
「でも俺にはA子が見えっちゃうよ」 
「んだな・・、 でもマーちゃん(本名・マサオ)なら見でもかんまねよ」という。(当時の故郷、福島県常磐市、現在のいわき市) 
既に裸の小生はチョッと吃驚(びっくり)し、躊躇(ためらい)いながらも、何食わぬ顔で彼女の身をバスタオルで隠しながら、実は、小生は彼女の“生着替えの一部始終と弾けるような裸身”を、当然のようにしみじみと目の当たりにしたのである。 
そして、彼女は少しも慌てる様子はなく、寧ろ、私に見せ付けるようにゆっくりと、楽しむように行っていたのである。 
彼女は既に15か16歳で、しかもスポーツで鍛えた立派な体形をした大人であった。 
真っ白い透き通るような全身の肌、可愛らしく盛り上がった乳房、それに、あの臀腰部の妙味なくびれ、女の裸身の不思議な構造体を目の前の存在として確認してしまい、脳裏に焼き付けてしまったのである。

普通の場合、女性が特異な状態になるときは男性にたいして敬遠し、警戒し、用心するのが当たり前であろう。 だが、この時ばかりは小生に対して信頼してか、もしくは幼い少女性からか、恥ずかしさ、照れ、はにかみ、きまり悪さといった心と体の微妙な部分を脇へおいて、全くのオープンだったのである。 
それとも余りの雄大な自然の中の一体として、お互い羞恥心や恥じらい、警戒心などは吹き飛んでしまったのであろうか・・?。 それこそ自然と一帯、自然のままの姿、行為に至ったのであろう。

だが、不思議なことにそれ以来、A子とは何事も無かったように普通の挨拶、普段の態度でお互い特別な感情は持たなかったようである。 実際、心の中は気になる複雑な気持ちはあったであろうが・・?。 
以来、彼女と小生は別々の進路、異なる社会へと進出していったのだが、あの時の一瞬の出来事は今も脳裏に付いて離れないのである。
しかし、残念ながらあの時以来、女性が身近に感じる機会、女が傍にいて許しあえる間柄、これら男女の微妙な関係は訪れていないのである。

こんな、少年時代のことを想いながら、山小屋の夜は深まっていった。


  つづく・・、




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金峰山の奇跡; ;第二部:奇跡編(2)

2010年05月04日 | 奥秩父・金峰山
【内容要旨】

鼓動が高鳴る“奇跡の体験”は、数十年以上も過ぎた今日でも、鮮明に記憶の隅に残っている。 
それは、超混雑していた奥秩父の名山・金峰山の山小屋での出来事だった。
・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・
やがて、就寝の時間がやってきてランプの灯火が消され、騒がしかった人々が次第に睡眠の寂の世界へ向かいつつあった。
そんな中で、私には何かが起こりつつあったのだ・・!!

以下は本文へ・・、
☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆



金峰山の奇跡; ;第二部:奇跡編(2) 



大混雑の山小屋・・、

もう、これ以上に詰め込まれると仰向け寝とか、うつぶせ寝は、まず出来ないし、面積を取らないために、横向き寝のみだって有りうる。 
また、寝る方向も一方向でなく、頭と足を1人ずつ交互にするときもあり、自分の頭の両側は、隣人の蒸れた足を嗅ぐようにもなるという状態にもなりかねない。

今回は、其れほどでもないにしても、満員電車のように接触してしまい相手側の体温を感ずるようにもなる。 
私とN嬢の間にはそれに近い状態であったろう。
N嬢も、さすがに初めのうちは小生に気をつかってか、小さくなって横向きで背中を向けていた。
私が何とかうつ伏せになってゴソゴソ始めると、やはり、彼女もうつ伏せになって山での記録などを書き始めたようだ。 

小生は窮屈ながらも、頭のザックからウイスキーの小瓶と板チョコを取り出して舐め始めた。 
「チョコッとだけど食べる・・?、アッ、就寝前だから無理かな・・?」 別に駄洒落た訳ではないが、N嬢に聞いてみた。
「チョコッと戴くわ・・、」 と、これまた駄洒落た気持ちなのか、気兼ねの無い返事が返ったきた。 
このやり取りでお互いの気遣いや気兼ねがやや薄らいだようでもある。

「山は、ベテランなんですか・・?」 N嬢が聞く。
「それ程でもないです、 就職して間もなく会社の同僚に誘われまして4~5年くらいになりますか、 現在、東京大田区の多摩川の縁(へり)住んでいますので、丹沢山塊へはだいぶ通っています。 穂高とか八ッもやりましたけど、奥秩父は初めてです」
「あたし達は行楽のハイキング程度で、奥多摩や奥武蔵へ行きましたが、本格的な山歩きは今年の春・北八ヶ岳の天狗が初めてなの。 勿論、今回の奥秩父の金峰山は初めてですワ」

ウイスキーを舐めながら、とりとめのない山の話が暫らく続き、すっかり打ち溶け合ってしまった様子である。
そのN嬢の右肩は小生の左肩にピッタリ張り付いていて、時折、その内側へ入り込んでくる。 
思えば、通勤電車の非常に窮屈な座席に貴女子と隣り合わせたような感じであろう。


初めの頃、室内が不満の声や何やらで騒々しかったが、これもあきらめモードになってか次第に静まりつつあるようだ。 
小生も今日の記事を書き終え、ウイスキーの小瓶も半分くらいに消費したところで眠気をもよおしてきた。
そんな時、小屋の係り員が抜き足、差し足やってきて、カンテラの灯を落として行った。

「さー、そろそろ休みましょうか、私は頭と足を逆にして寝ますから、少しは楽になるでしょう」 何げなく三人グループに声をかけた。
「おやすみなさい・・、」 三人は横向きになって休みはじめた。

気が付けば布団は、はじめから部屋一面に敷いてあり、布団の上に毛布が各一枚置いてあった。 だが出入り口部分は布団が足りないようで畳に直に横になるようである、ただ、この箇所だけは毛布は優先的に1人につき一枚与えられているようだ。 

普通の状態での山小屋では、寝る布団は一人に1枚が基本であるが、だが混雑していたら1枚に2人以上のときもあるようだ。 そんなときは、先に毛布と布団を部屋一面に敷いておき、後は来た順から各自雑魚ね状態で、もちろん更に混雑のときは互い違いに寝るようになる。 
無論、男女の区分などの配慮は一切無く、これぞ男女平等を地でゆくようだ。 
何れにしても、混んでいるときは、狭くても寝袋を用意したほうが良さそうである。

われ等は幸い布団、毛布には有り付いたが、共に2人に一枚程度の割合であった。 
尚、大柄、小柄の人もいるので布団の境目などは関係無く、来た順から横になる、所謂、ランダム状態であった。

私は先輩らしく男気をだして毛布はN嬢に与えたやった。 
彼女はかなり恐縮していたようだが・・。

つづく・・、



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金峰山の奇跡; ;第二部:奇跡編(1)

2010年05月04日 | 奥秩父・金峰山
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この金峰山で若かりし頃、非常なる体験をした・・!。


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金峰山の奇跡; ;第二部:奇跡編(1)


基本的には、山小屋とは登山者の安全確保の機能をもった宿泊施設であり、高山で一夜を過ごすための必要最小限度のサービスを受けることのできる、どちらかといえば公共性の高い施設と考えられる。
ただ、ゴールデンウィーク、梅雨明け直後、お盆などの連休には、人気の山域である北アルプスや八ヶ岳の山頂付近の小屋はものすごく混雑する。 
それこそ難民収容所のような観を呈し、小屋の従業員も宿泊者も殺気立って、山の一夜を楽しむなどという雰囲気とは無縁の状態になる。

収容数を越えてなおも登山者が到着しつづければ土間にも寝かされ、夜中にトイレに起きて戻ってみたら、自分の横たわるスペースがなく、呆然と立ちつくす、などということもある。

1畳に2人・・、なんていうのはいい方で・・、

「本日の予想 畳1枚に4人以上 皆様でうまく協力しあって下さい。よろしくお願いします」などと、 前もって受付にそのことがズバリ! 表示されている場合もる。

こうなると横になって休むなんてーのは不可能で、座って寝るという異常なことになる。 
山小屋というのは本来、来る人を拒めないし、若し、拒絶すれば場合によっては遭難の恐れもあるからだ・・!!。



ところで、昨年の晩秋の頃、「丹沢山塊の丹沢山」を訪れた時のこと・・、
頂上には「みやま荘」なる山小屋があったが、玄関には既に大勢の人が受付待ちで並んでいて、話を聞くと既に部屋は満員状態であると言う。 
2日、3日は連休とあって小屋はもう超満員で畳1畳で2人以上の混みようであると。
仕方なしに今夜は野宿と決め込み、山小屋すぐ横の、木の幹に適当なスペースを見つけて横になった。
11月の山頂ともなれば相当冷え込むのは必須であろう、其れも覚悟の上でのことであるが・・、寝支度は、とにかく着れる物を全部着込んで、その上に防寒具まで着け、足下は空っぽにしたキスリングをつっ込んだだけであった。
ところが夜半、雨に祟られた。 落ちてくるのはるかなり大粒の雨であった。
野宿であるから、多少の寒さや風には何とか我慢が出来るが、雨には手の施しようがない、雨具を着けてても雨の中でジッとしているわけにはいかないのである。 
慌てて、山小屋の親父さんを叩き起こした。 
迷惑そうな寝ぼけ顔で、「ご覧のとおりだよ・・、よかったら横の薪小屋使ってもいいよ・・、お代はいらないよ」・・と仰るとおり、玄関の土間まで人で埋まっていた。
薪小屋といっても、母屋にへばり付いている二尺足らずの屋根だけの薪置場小屋であった。だが、直接の雨は凌げたが、吹き付ける飛沫で半身は濡れ鼠になり、夜が白んできても、相変わらず雨音は激しかった・・!!。

丹沢山塊・「丹沢山」
http://www.geocities.jp/orimasa2001/tannzawasan.htm



「そちらの入室待ちの方、こちらへどうぞ」 2階から声がする。
私は2階へ案内された。 
係員に手際よく詰め込まれる感じで、既に、横になっている人が大半であるが、中には窮屈そうに膝をかかえて起き上がっていりいる人も居る。 
お陰で階段の周辺が何とか空いていて、順繰り奥の方から居場所を確保した。

すると、先ほど食事を共にした名古屋、否、東京の女子大生3人組が上がってきた。 
あちらも小生に気が付いたようで、“ニッ”と微笑み返して、「どうぞ・・!」と声をかけると彼女たちは安心したように私の横に陣取った。

若い小生(当時27歳・独身)の横に、更に一層のうら若き女性達がやってきて、おまけに三人の中では目立つほうの面長美人のN嬢が寄り添うようにすぐ脇にやってきた。  
小生はやや上気しながらも冷静さを装って、反対側に男性を押し込むように隙間を確保してやった。

早速、係員がやってきて・・、
「こういう状態のときは男も女もありませんので、窮屈でしょうが遠慮なく詰めてやってください。御配慮お願いします」ときたもんだ。 
畳1畳に2人程度であろうか、こうなると人と人との空間は全く無く、ピッタリ張り付いてしまう。
一階の方からも相変わらず係員による詰込み作戦の声が響き渡っている。

つづく・・、



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「山行履歴」   「立山・剣岳(1971年)」   白馬連峰登頂記(2004・8月)   八ヶ岳(1966年)   南ア・北岳(1969年)   北ア・槍-穂高(1968年)   谷川岳(1967年)   丹沢山(1969年)   西丹沢・大室山(1969年)   八ヶ岳越年登山(1969年)   西丹沢・檜洞丸(1970年)   丹沢、山迷記(1970年)   上高地・明神(2008年)

《山のエッセイ》
「上高地雑感」   「上越国境・谷川岳」   「丹沢山塊」   「大菩薩峠」

《スキー履歴》
「スキー履歴」



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