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織内将男の山旅の記録

若かりし頃よりの山旅の記録です・・!!

大菩薩峠・紀行(28) 「東京都水源林」

2012年02月27日 | 大菩薩峠紀行
.




大菩薩峠・紀行(28) 「東京都水源林」 .




東京の奥多摩地区の水源林(都水道局)



ところで、この辺り奥多摩の森林一帯は「東京都水道水源林」となっており、東京都水道局の管理地になっているらしい。

元より、多摩川の上流域には東京都水道局が水源かん養を目的に管理している水道水源林があり、その面積は東京都区部面積の35パーセントにも及んでいるという。
森林に降った雨は、落葉などが積もる腐葉土をゆっくりと通過し、土にしみ込み、地下水として蓄えられ、そして、川に少しずつ流れ込む。
当然ながら水源林は、水道飲料水の水をはぐくむとともに、土砂がダムに流れ込まないようにする働きをしているのである。


東京都水道局は、多摩川水源域の安定した河川流量の確保と小河内ダム貯水池(奥多摩湖)の保全を図るため、多摩川上流の森林を「水道水源林」として管理している。
その範囲は、東京都最西部の奥多摩町から山梨県下の小菅村、丹波山村、甲州市に至る分水嶺まで、凡そ東京都の面積の約10%に相当しているという。


奥多摩一帯の水源林は既に江戸時代から徳川幕府の直轄地として管理され、地域住民は幕府より入会券なるものを発行され許可を得て、生活に必要な薪などの資材や山菜物を採取していたらしい。

山林は明治になって一旦民間に払い下げられたが、東京都(府)が再び民間から次第に買い戻し現在に至っているという。
昭和32年には水源地として小河内ダムを建設し、今の奥多摩湖が出来上がっている。


尚、面白いのは、この地域は小菅村、あるいは丹波山村と山梨県域にありながら管理者が東京都(水道局)なのである。
そして、この地域には当然ながら山梨県自治体の山の家など公共施設などもある。 
使用するのは山梨県村民は当然ながら、直接、間接的には東京都民ということか。



さて「泉水谷」とは、大菩薩の丸川峠から青梅街道の三条新橋へ至るまでの巨大なV字峡谷を総称して言っているようだ。

泉水谷の渓相を眺めながら林道をてくてく歩いていくと、右手に大菩薩嶺から派生している大菩薩北尾根の巨大な稜線が望める。
又、左反対側は黒川鶏冠山(1710m)の絶壁のような巨大な山腹が、泉水谷に向かって落ちてきている。

後で気が付いたのだが、この黒川鶏冠山こそ戦国期から甲斐・武田家が金を掘り当てた黒川金山そのものであったのだ。


次回、 「黒川金山




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大菩薩峠・紀行(27) 「牛首谷」

2012年02月25日 | 大菩薩峠紀行
.



大菩薩峠・紀行(27) 「牛首谷」 .



大菩薩嶺から北側の主な山域図(クリック拡大; 資料;黒川金山については後ほど)


泉水谷(牛首谷)は雪に閉ざされた深い谷は小鳥のさえずりもなく静まり返っていた。 
雪を踏む無機質な音だけが身体に微かに響いてくる。 
それにしても湿った雪は珍しくアイゼンに絡み付いてきて歩きにくい。

元より人の気配の少ない泉水谷である。
薄暗く深い谷間(たにあい)は、今にもでも出てきそうな不気味な雰囲気でもある。 
尤も、山屋としてはこのぐらいの山の異様さは当たり前でもあるが、時によっては何故か心臓がザワつくときもある。

最近、熊が人里に出てきて悪さをするとか、山で熊に襲われたとか、はたまた、人と熊とが格闘したとかなどニュースで聞くときがある。


熊にばったり出会った時はどうするか・・?
熊の威嚇とはどんな風なのでしょうか・・?、
そして身を防ぐ処方は・・?。


昔からよく言われるが、死んだふりをするとよいとか、熊の手と唸り声を思うととてもできない。 
背中を見せて逃げるのは最悪で、じっと見合うのがベストだともいうが・・?。

やはり、ばったり出会わないためにも熊よけの鈴やラジオが必要だともいう。
熊にも人間を恐れる本能があり人を避けながら生活をしているというが、時には人里に出てきて人をおどかすともあるようだが。 

それにしても奥多摩の熊は人を恐れない新世代の熊だとも、噂に聞いたことがある。


不気味な思いを抱きながら、尚も下って行くとやがて林道の接点に出た。 
このあたりからカラマツの枯れた樹木林になり、様相が変わってきていて雪も大分少なくなってきた。 
この辺でアイゼンを脱ぐことにした。 
ふかふかの雪が今度は直接脚に伝わってきて、優しく心地よい響きである。

牛首谷を降りたところが、渓流が十文字に合流している地点である。
意外と広く開けたばしょで、昔はこの辺りには泉水小屋(1346m)といって小集落、山小屋(水源地管理小屋・・?)などがあったらしいが、今は更地となって跡形もない。


所々に「東京都水道水源林」の表札がが立ち、水源森林の涵養保護を訴えている。 
そして、その為の水源森林の巡視路が縦横に付けてあるようだ。 

一見すると登山路と巡視路とを混同しやすく見誤りの恐れがあるようだが、そこは、ポイントポイントに案内板が設えてあるので注意して行けば迷うことはないようだ。
現に、牛首谷を降りる際にも3~4箇所ぐらいの巡視路の分岐と案内がついていた。

この牛首谷出会いから三条新橋までが「林道泉水横手山線」といい、この橋から先は「泉水中段線」といって、約7km先で国道411号線(青梅街道)に突き抜けている。


次回、 「東京都水源林



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大菩薩峠・紀行(26) 「泉水谷へ」

2012年02月24日 | 大菩薩峠紀行
.




 大菩薩峠・紀行(26) 「泉水谷へ」  .




丸川荘で一夜を明かした翌朝、
再び彼と一緒に食事をし、彼と一緒に記念写真を撮り、彼と一緒に小屋を出た。

そして、主人も見送りに出てくれて、

貴方は相当に山慣れしていらっしぃますね。」と

お世辞の言葉を戴いた。 

チョッと照れながら、
否、そんなことはないですよ」と

自分としては、実際謙遜ではなく、山に関してはまだまだ未熟だとと思っているのである。


彼はこの後、大菩薩峠をへて小金沢連峰を縦走し、湯ノ沢峠から初鹿野へ至らしい。
小生とは逆の方向である。

小生はこの後、小屋の後ろから泉水谷を降りて、奥多摩から丹波へ向かう予定である。
従って、彼とはここで別れた。


彼とは名前を名乗りあっただけで所在などは聞かず、所謂、山での一期一会の邂逅であった。
山の良さとは存外このようなことも含まれるかもしれない。


自然の有り難味を感じながら丸川峠の小屋裏のからは泉水谷を示す道標に従い、「泉水谷を経て丹波」の道標を見送って直進する。


急斜面を下っているとき突如上の方角から、

ヤッホー・・!!」と声がした。

あれ・・!、彼は私と同時位に出立したはずであったが・・?、忘れ物でもしたのであろうか・・?、
と一瞬おもったが、こちらもピッケルを振りながら、

ヤッホー、お元気で・・!!」と返してやった。


今では枯れ落ちたカラマツの植林がずっと続いている。
大菩薩方面と泉水谷方面への道を分け入ると、先ず「東京都の水源林」という立て看板が
目に入る。 

そう、ここは山梨県の丹波山村でありながら、総面積の七割は東京都の所有地だという。

さらに行くと、ウラジロモミ、ツガなどの森が出てくる。 
ツガ林は苔むしていて雰囲気でもある。


次回、 「牛首谷



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大菩薩峠・紀行(25) 「丸川峠賛歌」

2012年02月22日 | 大菩薩峠紀行
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大菩薩峠・紀行(25) 「丸川峠賛歌」 .



丸川荘の只木さんは、東アルプス合衆国・大菩薩・笠取州・丸川峠村の村長さんでもあるらしい・・?。
えー・・!!、東アルプス合衆国って何・・?


東アルプス楽集国とは、秩父多摩国甲斐立公園内の山岳地域で営業している一部の山小屋で構成する仮想国の愛称らしい。
範囲は、秩父多摩甲斐国立公園内を4地域に分けて各州とし、平成15年3月27日の総会で建国したという。


北・中央・南アルプスがあって、東があってもいいんでねーか、奥秩父はちょうど東に位置して高度はちょっと足りないけど、水と森の東アルプスが、」 


これは、今はなき金峰山荘の主人、故・林 袈裟雄氏(小生、暫くのあいだ、お付き合いをさせて頂きました)の持論で提案でもあったという。

そして今回、秩父多摩国立公園も秩父多摩甲斐国立公園と改名されたのを期に、山小屋を預かる人達が音頭をとって、秩父多摩地域を仮想の国を愛称として、「東アルプス楽集国」というチョット洒落たネーミングで建国し、登山客が楽しく集える国を目指すことになったという。


丸川荘

位置/丸川峠 標高1700m
連絡先/〒404-0022 塩山市上萩原2689-10 只木 貞吉 
℡0553-33-9006 山小屋直通 090-3243-8240
収容人員/約40名
営業期間/通年12~4月は祝日・土・日のみ営業(平日は応相談)
宿泊料金/1泊2食付き>6615円/素泊まり>4200円 寝具不要3400円
要予約 暖房費525円
水場/あり。水は泊まりの方のみ差し上げます。
スライド映写会あります。
丸川荘ホームページ; ; http://www5.ocn.ne.jp/~touge17/



丸川峠賛歌」 (作詞作曲 橋本良春)


音符画像

一 峠を渡る風さやか   二 空青く鳥は行く    三 山なみに陽は落ちる
  揺れて可憐な白い花    咲いて招くよ夏の花    染めてくれ行く茜雲
  雲は流れて泉水谷へ    辿る尾根道ひたすら行けば 山は黄昏ランプの灯り
  心通うよこの草原に    心安らぐこの草原に    心憩うよこの草原に
  今日も来ました丸川峠   今日も来ました丸川峠   今日も来ました丸川峠

(丸川荘H・Pより拝借しました) http://www5.ocn.ne.jp/~touge17/  


次回、 「泉水谷へ




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大菩薩峠・紀行(24) 「丸川荘の主人」

2012年02月22日 | 大菩薩峠紀行
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大菩薩峠・紀行(24) 「丸川荘の主人」 .




室内に飾られている「手作りコケシ」



丸川荘主人:只木貞吉氏



その内、ボツボツと宿泊の登山者の姿が現われだした。
その中に小生の直ぐ隣に居場所を構えた東京の堀越君という一青年があった。
まだ、かなり若く20前後といった好青年で小生同様の単独者であるが、冬山における完全武装の重装備であった。
聞くところ近日中に穂高に入るためのトレーニングであるとのことであった。

彼は中学の時から山の味を覚え、現在社会人ではあるが、生涯山歩きを楽しむと意気巻いていた。
「何故、山に来るんですか・・?」と、
山好きの小生が山に来ていて尋ねるのも妙だが、それとなく聞いてみた。 或は、気の利いた山に関する哲学的な考えを、チョッと期待したが・
「特別、下でやることもなく、自分は山に向いているように思うのです。」と
アッケラカンとしたもんであった。 
そして、
「モット言うと、下では物事を集中して、夢中になって何かをヤルってことがないが、山に来ると苦しいながらも一点に集中し、目的に向かってただヒタスラ歩いて行くという、この感じが好きなんですね。 勿論、綺麗な景色もいいですけど・・!」
この後の一言で、彼の山に対する心意気が判ったような気がする。 尤も、この言はは、或いは山男全般に言えることかも知れない・・!!。

食事の時にビールを注ぎ合いながら、彼との山談義は尽きなかった。
彼は敢えて、持参した寝袋へ潜り込んだ。 寝袋の中で今何を思っているのだろうか・・?。

丸川荘主人・只木貞吉氏は木彫りの名人で、小屋の隅のアチコチに手彫りの彫刻品が所狭しと並んでいる。
小屋全体はお世辞にも大きくて立派な小屋とは言い難く、どちらかと言えば平屋建ての平凡な山小屋である。
しかし、室内はホンワカと家庭のような温かみががあり、何より主人の只木さんの人柄の良さがが登山客を引きつけているのであろう。

只木さんは、東アルプス合衆国・大菩薩・笠取州・丸川峠村の村長さんでもあるらしい・・?。
えー・・!!、東アルプス合衆国って何・・?


次回、 「丸川峠賛歌




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