土佐のくじら

土佐の高知から、日本と世界の歴史と未来を語ろう。

歴史が教える、「役人は不景気とデフレがお好き」の法則。 (中篇)

2013-09-01 17:15:23 | 増税亡国論

土佐のくじらです。

通常ですと平安末期、平清盛シリーズの順番ですが、昨日消費増税に関する会合がありましたので、
それに関連付けて、江戸時代に話が飛びます。(笑)
ここに、歴史から垣間見える、役人・・・特に財務役人の心理が良くわかるからです。

このシリーズをお読みになってから、消費増税に賛成か反対かの判断を、なさってみてもよろしいかと存じます。

さて、学校の歴史の授業でも、必ず出てくるワードで、【江戸の三大改革】というのがありますね。

江戸の三大改革は、享保の改革、寛政の改革、天保の改革の三つですが、改革・・・って言うのですから、何かが良くなった・・・というようなイメージがあるのですが、まぁ、スローガン・・・と思っていただければ良いかと思います。

何でも看板倒れ・・・みたいなものはありますからね。(笑)
改革しないといけない・・・という、意気込みは認めますが、結局のところ、あまり芳しくない結果だと思います。

では当時の江戸幕府は、一体何を改革しようとしたのか・・・ということですけが、
要するに、逼迫(ひっぱく)した幕府の財政を、立て直さないといけなかった・・・ということですね。

ではなぜ、幕府の財政は逼迫したのでしょうか?
実は、ここが大きな問題点なのです。

江戸の三大改革というのは共通して、”一般国民に対して、贅沢を禁じ”ました。

おかしいですよね。
幕府内のお侍さんや、年貢を納める農民の贅沢を禁ずるだけなら、まだ意味がわかるのですがね。

この時代に税を納めているのは農民だけです。
ですから、商人などの一般市民は贅沢を禁じても、幕府の財政に直接関係ないじゃないですか?

おかしいですね。
全くつじつまが合いません。
これは、ミステリーですね(笑)。

この時代には、幕府開闢(かいびゃく)時と比べて、新田開発などが進み、年貢米なども、かなり安定供給されています。
○○藩、△△石・・・という触れ込み以上に、実質の石高の多い藩は数多くありました。
伊達藩(宮城県)や土佐藩(高知県)などは、触れ込み石高の2倍は収穫があったようです。

そう、米本位制が完成し、絶頂期になったほぼ同時期に、江戸幕府の財政は逼迫(ひっぱく)し始めるのです。
これも、とても不思議な兆候ですよね。

実は、江戸時代というのは建前上は、日本古来の米本位制制度ですが、同時並行で、貨幣経済が急速に進化した時代でもあります。
幕府発行の大判小判や銀貨などの通貨も、全国的に広まり、江戸大阪間では為替も行われていました。
(ちなみに日本の為替制度は、世界で最初です。)

5代将軍徳川綱吉の悪名高き、生類憐れみの令(しょうるいあわれみのれい)以降、全国的に治安が良くなり、物資の流通と商業が、急速に盛んになったことも大きな要因でした。

実は、三大改革が行われる直前の日本経済は、共通してかなりの好景気だったのです。
実はこれの本質は、改革という名前がついた、幕府主体のバブル潰し なのですね。

三大改革への見解をそう見ると、すべてつじつまが合うのです。
つじつまの合う歴史的見解には、教訓が見出せ、そして現代への判断に生かせます。

ではなぜ、バブル潰しが必要だったのでしょうか?

武士の石高というのは、先祖代々ほぼ固定されています。
武士は領地から取れる米を、食べもしましたが、残りは売って貨幣に換えていました。

新田開発で米がたくさん取れるようになると、たくさん収入が増える・・・ように思えますが、米の値段は下がりますよね。
そして、貨幣経済が発達し好景気になると、今度は物の値段は上がります。

当時の武士にすれば、手取りの給金は下がり、物価は上がるわけですので、たちまち逼迫したのです。
要するに、役人からすれば、米の安定供給と好景気によって、”収入が減って、支出が増えた”のです。

そこで、改革・・・という名の、景気つぶしを行ない、市場経済を強引にデフレ状態に持っていったのが、江戸の三大改革なのです。
つまり”改革”の名の下に、当時の市場経済を、為政者である武士の生活経済レベルにまで、強引に下げていったのですね。

それにより、武士は助かったかも知れませんが、全国的には猛烈な不景気になりました。
歌舞伎などの文化は冷え、つまらない時代になりました。

何が言いたいか・・・と言いますと、
役人の給料というのは、たいてい固定されておりますので、役人が自分の有利になるように経済をいじると、必ず不景気になる・・・という法則があるということです。

役人は基本的に、不景気とデフレが好きなのですね。

今でも好景気になると、国民所得は上がりますね。
物価も、それなりに上がったりします。

それで税収も増えるのですが、給料が固定されている公務員は、相対的には貧しくなるのですね。
ですからこの、江戸の三大改革のメカニズムは、現代でも同様なわけです。

役人(官僚)の考える経済政策は、一応疑ってかからないと、国民は痛い目に合う・・・という、歴史的教訓こそが、江戸の三大改革からの学びなのです。

                                              (続く)


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2 コメント

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だからプーチンはロシアに生まれたんかちら~? (カネゴン)
2013-09-04 13:35:21
江戸の三大改革はスローガンって、納得しますた〓さすがは土佐のくじらさんナイスです!
天保の改革やらで質素倹約とか推進してうまくいかなかったカルマを、今度はベルリンの壁が崩壊したとはいえ、共産思想の残るロシアで、この国の大統領として発展させよという使命を果たせるか?
プーチンさん!
頑張って
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なるほどぉ。 (土佐のくじら)
2013-09-04 19:35:02
カネゴンさん、コメントありがとうございます。

プーチン氏の前世は日本人。
しかも徳川幕府の重鎮ですね。
さもありなむです。

氏の親日ぶりは、相当なものですからね。

だとすれば、じゃがいも大好きな私の前世は、ロシア人?
(爆笑)

カネゴン説だと、シリア問題も、北方領土も、日本の国防も、GDP大幅UPも、一気に解決できる手立てがありますな。

安部総理にわかるかな?(笑)

しかし、心強い限りです。


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