日常観察隊おにみみ君

「おにみみコーラ」いかがでしょう。
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◎本日の想像話「カーチェイス」

2018年07月07日 | ◎これまでの「OM君」
 深夜零時。記録的寒波の襲ったその夜、アキラは車を運転していた。この時間帯では併走して走る車はほとんどいなかった。アキラは今夜の出来事を思い出しながら漫然とハンドルを握っていた。
「部長のあの一言さえなければ、定時で帰れたのに」
 アキラは独り言をつぶやいていた。出来の悪い上司あるあるの王道だ。九割方決まっている決定事項を白紙に戻す指示を平気で言う。本人にただの思いつきであるという自覚が無い事に腹がたつ。例えるならいろいろな色の積み木が三角なら三角、四角なら四角の形で分類されているものを色で分け直せと言われるようなものだった。分類分けという行為においては色であろうと形であろういとどちらでも良い話しだと同僚たちは当然感じていた。上司の指示にハイとうなずきアキラは部下を帰した。一人で愚にもつかない仕事に取りかかり現在にいたっていた。
 目の前の信号が赤になり、アキラはため息をついて停車させた。遅れてアキラの右隣に真っ赤なセダンが滑り込んできた。完全に停止する前にアキラは何となく運転席を見た。短髪の若い女が運転席に座っていた。じろじろ見るのも気が引けたのであわててアキラは正面を見た。カーラジオからながれるFM波の単調なリズムだけが車中の空間を漂っていた。信号が青に変わり、アキラは車を発車させた。女のセダンとスピードが同じだったのか二台はしばらく併走する形になった。併走を嫌ったアキラはアクセルをゆるめて女を先に行かそうとした。だが女も車速を緩めたため併走状態を解消できなかった。ならばとアキラはアクセルを多めに踏み足した。エンジンの回転数が上がり、車は加速した。するとどうだろう女のセダンも加速しだした。(どういうつもりだ)
 アキラは思わず女を見た。女もこちらを見た。二枚のガラスを隔てて二人は目があった。アキラが感じた女の視線には何の感情も見とれなかった。
 アキラはどうすれば良いのかパニックに陥りだしていた。この先で二車線は一車線になってしまう。通勤で利用しているアキラは道路状況を完全に理解している。なおも併走を続ける二台。アキラは仕方なくブレーキを踏んだ。女のセダンもブレーキを踏んだ。併走状態のまま車線減少ポイントにつっこむ形となり、アキラは停車寸前までブレーキを踏んだ。タイヤがロックする音が静まりかえる闇に響きわたる。セダンも五メートルほど先で停車した。接触は逃れたがアキラは体の震えが止まらなかった。そして大きく息を吐き出しハンドルに突っ伏した。ドスンという音と共に車が大きく沈み込んだ。アキラはヒャッと言いながら前方を見た。そこにはボンネットにうつ伏せでアキラにむかって滑り込んでくるセダンの女がいた。両手には一眼レフカメラを持っている。強烈なフラッシュが連続で光る。女はフロントグラスまで到達すると横に回転した後、アスファルトに転がり落ちた。素早く立ち上がり自分の車で逃走した。アキラは途方に暮れながらも、自分を撮影してなんの得があるのかと首を傾げながら帰路についた。玄関を開ける。妻と娘は当然のように眠っていた。アキラは先ほどの不思議な出来事を妻にグチる機会を失いがっかりしながら眠りについた。
 アキラは一人ぼやいていた。誰かがミスをする。ある時は部下、はたまた上司のミスの後始末に翻弄されながら週末を迎えようとしていた。アキラが自宅のアパートに帰り着くと、妻の幸子が無言で広げた週刊誌をアキラの目の前に差し出しながら言った。
「これどうゆうこと」
幸子の手は怒りでふるえている。アキラは週刊誌の記事を凝視する。「あのアキラが深夜の密会」(あのってどのだよ)「お相手は一般女性A子さん二十五歳」(誰だよ)写真はフラッシュを避けるアキラだ。後部座席には驚いた表情の女性が写っている。(この女は誰だ。こんな合成写真をでたらめ記事の為にねつ造するなんて)普通の暮らしをしているサラリーマンのねつ造記事を商業誌にのせる意味が全く分からない。
「こんなのウソだよ。ゴシップ週刊誌の記事になる事がまずおかしいと思わないのか」
「テレビつけてみなよ。ワイドショーあんたの事で持ちきりよ。しばらく実家に帰るわ」
幸子と幸子に手を引かれた娘ははそのまま大きな荷物をもって出て行ってしまった。アキラは呆然としばらくの間、玄関立ち尽くしていた。リビングのテレビをつけると全面モザイクがかかっているがアキラの住むマンションの前で何人もの芸能リポーターが怒りを込めたリポートをしていた。玄関の扉を薄く開けるとフラッシュとマイクの嵐に襲われた。「あの女性とはどういうご関係でしょうか」
「奥様はなんと言っておられますか」
「お仕事への影響は?」
アキラはカメラマンとリポーターを押し退け駐車場に向かった。
テレビ関係者がまるでアキラを犯罪者のような扱いで追いすがる。アキラは運転席に滑り込み、車を出した。どうして身に覚えの無いことで追いかけられなくてはならないのか。アキラは全く分からなかった。
バックミラーには多数の二人乗りのバイクが当然のように追いかけてくる。無理に追い越そうとしたバイクがアキラの車の側面に激突する。転倒したバイクにまた別のバイクが避けきれずに激突する。アキラは完全にパニックになった。
(俺はもう終わりだ)
アキラは実は不倫していた。相手はあのゴシップ記事とはぜんぜん関係の無い同僚の後輩だ。
(後輩とはもう別れよう。幸子と娘にはあやまろう)

「奥様これでよろしかったですか?」
幸子が有名コメンテーターと話していた。
「はい、これで夫も目をさますと思います」
「旦那様を許しますか?」
「いえ、許し難いですが、娘の為に心を入れ替えるのなら許します」
「では、このあとアキラさんにネタバラシを行います。改心する事を期待します。ではまた来週この時間このチャンネルでお会いしましょう。悩める奥様の悩みをズビット解決。エイットビートでズビット解決ではまた」
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