日常観察隊おにみみ君

「おにみみコーラ」いかがでしょう。
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◎本日のショートショート「博士と助手の日常」

2020年03月06日 | ◎本日の想像話
 博士と助手の日常


 助手は日光が降り注ぐ出窓に置かれた鉢にヤカンで水をやっている。鉢には小さな芽が出ている。このヤカンはコーヒー用の物だ。もともとは博士がネルドリップコーヒーを飲むときに使っていたものだ。ある時から博士はコーヒーを飲む行為が面倒になったらしく、コーヒー豆を直接口に放り込むようになった。コーヒーを作らなくなったので助手はお役御免になったヤカンをガーデニング用として利用している。細い首から水が繊細に出てくる様を見て、助手はうっとりするのだった。
「助手は植物の世話が大好きだな」
博士がコーヒー豆を奥歯で噛みながら助手に声を掛ける。
「この鉢は博士からもらった種を植えました。もう少したてば花も咲くでしょう」
「助手よ。花が何を考えているのか分かったら面白いと思わないか」
「面白いとは思いますが、博士まさか…」
「そのまさかじゃ。君の喜ぶ顔が見たくて、わしは作ってしまった。これじゃ」
博士は背中に隠していた、ヘッドフォンとゴーグルが一体化したものを取り出す。博士はコードの先を土に差し込む。
「準備は整った。さあ、着けたまえ」
助手は一瞬、手を出したが、思い直して一歩二歩と後ずさる。
「お気持ちは嬉しいのですが、冷静に考えますと、ろくな目にあわないような気がしてきました」
「四の五の言わないで着ける」
博士は嫌がる助手の頭を押さえつけてヘッドフォンを強引にセットする。
助手は一瞬伸び上がった後、ぐったりと崩れ落ちる。その後、何かをつかむように両手を前に差し出しながら立ち上がる。
「まるでゾンビだな」
博士はそうつぶやいて、助手の動きを満足そうに観察する。
助手は博士にゆっくり、おいでおいでと手を振った。
「もっと近づけというのか」
博士が一歩前へ出ると、助手の手が届く距離になる。
助手の両手は先ほどまでの緩慢な動きがウソのように、素早い動きで博士の首をつかむ。
「助手よ何をする」
「僕じゃありません。鉢の植物の声が僕を動かすんです。こんな時に何ですが、一つ質問があります」
博士の首を絞めながら助手が問うた。博士は手足を激しく動かす。
「苦しいが、言ってみたまえ」
「私が博士からもらった種は何の種ですか。どうせ、ただの種じゃないんでしょう」
「普通では無いといえば、普通ではない」
「今現在、ヘッドフォンから植物の声が聞こえます。苦しい、苦しいって。その声を聞くと、僕の手が博士の首を絞めるのです」
「あの植物はアーティストじゃ」
「どういうことですか」
ぐいぐいと助手は博士を締め上げる。
「花咲きのマンガとワシは名付けた」
「花咲きのマンガ?」
「植物が考えたマンガが花に写し出されるのじゃ。花びら一枚に一ページのマンガが浮かび上がる。しかも週刊連載、一回二十ページのボリュームじゃ」
「それですよ。週刊マンガ二十ページを一人で描き続ける…この花咲きのマンガは、博士の事を相当に恨んでますよ」
「分かった。自分のペースで連載していい、何年かかってもいいと、花咲きのマンガに伝えてくれ」
博士が言い終わらないうちに助手の手は博士の首からほどける。助手は自分でヘッドフォンを外すと放心状態の博士に声をかける。
「博士、植物の声が消えました。でも、消える前にこう言っていました。普通の花に戻りますって」
博士は理解できないというように頭を振り回した。
「それじゃあ、まるでただの花じゃないか」
「それでいいんです」
助手はヘッドフォンのコードを博士の口に突っ込んで、博士の心の声を聞いてみたい衝動に駆られたたが、やはり恐ろしくなってやめることにした。

コメント
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