よっしぃの楽書き帳

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10/25~27 台北観光旅行 ⑫カルチャーショック

2008-10-29 | 
 台北旅行でのカルチャーショックについて、少し残しておこうと思います。台湾は、四国が2つほどの大きさの島で現在2000万人ほど暮らしているそうですが、元からの島民は15%くらいで、日本が統治している間に台北には電線も地中化された先進的町が作られました。その後、南京などから蒋介石と移り住んだ人々が約35%余り、日本軍が引き揚げた後、大陸から入ってきた人々が40%くらいだそうです。
 明治の台湾は田舎で、300万人と人口の少ない島だったようです。そこに日本軍が入り、日本の一部として学校教育や町やダムを作り、建物もその後の建物は地震で崩れてしまったが、日本人が建てたものは今だに使われているものも多いとのことでした。
 北京語と台湾語とはイタリア語とフランス語くらい違うという国で、日本の義務教育が行われ日本語が共通語となり、日本が引き上げた後も公用語として使われていたそうです。それゆえ、親日家も多いとのことでした。
 日本に帰ってきて、田母神航空幕僚長が論文で「侵略は濡れ衣」と発表し、職を更迭され自動的に退職になりましたが、侵略か否かは立場や見方により異なり、難しいところだと思います。台湾の人を別人種とみなすと植民地化というでしょうし、日本人とみなすと同化となるでしょうし、中国の側からすると侵略となるのでしょう。近代史は学校では詳しく習わず、訪れるまで台湾はあくまで外国と思っていたので、日本が統治した時代を想像したことがありませんでしたが、特に台北や九份の日本人街を見、明治海軍の大将たちの功績を聞くと、日本人なのに日本の歴史を知らず、日本人の功績を知らないことに驚きました。韓国の戦争記念館に展示してあるように、戦争で日本軍が酷いこともしたと思います。戦争とは、ひどい事が沢山あり醜いものだと思っています。それは、日本軍が韓国だけで行ったとは限らないでしょう。しかし、事実を知らないことは恐ろしいことだと思います。 良いことも悪いことも、私は知りたいと思いました。つまり、日本の歴史である台湾統治を学校で習わず、自分から知ろうとも思わなかったことがとてもショックでした。