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このテーマについて8年前と5年前に取り上げたので、その三(最終回)として、二つの点から論じてみたい。その一つはルター訳がティンダルの英訳聖書に影響を与えたことが日本語訳聖書にどう関係するかという点であり、もう一つは漢訳聖書(「ブリッジマン・カルバートソン訳」1864年)の日本語聖書への明らかな影響が確認されたことである。

今年1月、米国人と結婚した女性会員と話をしていて、やはり日本語聖書がドイツ語聖書の影響云々という話になったので、この考えがアメリカの教会員から出ていて、なかなか消えない都市伝説のようなものであることを改めて感じた。ここに「その三」を記し、英文でも発信していく必要性を痛感している。

 まず、ルター訳がティンダル訳英語聖書に影響を与えたという点について。これはその通りであるが、日本語訳聖書に影響があったかというとそれは普通の意味の影響関係で言えば、「否」である。ウィリアム・ティンダルは1524年に渡独し、ルターから直接教えを受けている。聖書を1531年に原語から初めて英訳したティンダルは、当然ルター訳(新約1522年)の影響を受けている。そして、1612年の欽定訳聖書に最も大きな影響を与えたのはこのティンダル訳であった。しかし、このことをもってドイツ語訳聖書が日本語訳聖書、例えば本格的な邦訳聖書の始まりである「元訳」(明治訳1889年)に影響があったというのは無理がある。それを支持するのが次の論点である。


[大正6年に改訳される前の文語訳を元訳と呼ぶ。]

 日本語訳聖書に影響を与えたのは漢訳聖書「ブリッジマン・カルバートソン訳(以下BC訳)」であることが確認されている。海老澤有道が1981年「日本の聖書:聖書和訳の歴史」で、和訳は原典から翻訳が行われたとは言え、漢訳が参考にされ、聖書の書名やキリスト教用語において漢訳を継承したものが多いことを認めている(p. 81)。そして、日本人補佐が多く依存したのはブリッジマン・カルバートソンの漢訳であったと考えられると言う(p. 219)。これを受けて実際に比較検討したのが、土岐建治、川島第二郎で日本語の元訳と呼ばれる明治訳(1889、1907年)が三つの漢訳の影響を受けていることを、極めて詳細に跡付けている。三つの漢訳は「官話訳」「代表訳」「BC訳」で、BC訳が最も多いことを認めている。

 漢訳聖書の利用ということについて、土岐らは開国後間もない日本のキリスト教会にとってやむを得ない措置であった、これはマイナスに捉えるべきものではなく、優れた先人の業績の恩恵を積極的に享受したと受けとめるべきである、と見る(p. 129)。

 以上、和訳聖書にドイツ語聖書の影響は考えられないことを正面から見てきたのであるが、実際は2009年にも言及したようにジョセフ・スミスの観察から類推して、新約(邦訳)のヤコブ書(英語でEpistle of James*)の書名がドイツ語の訳と同じようになっているので、ドイツ語の影響を受けたと単純な見方に至ったものと思われる。日本語聖書がJSが最も正確であると言ったドイツ語と並べられるのは有難いが、ここに風説の源があるとすれば何とも飛躍が大きく、無責任な風聞で、しかもしばしば浮上することに嘆息するわたしである。

(*旧約の人名「ヤコブ」が長い年月をへて、英語で James に転じた過程を言語学的に記すと次のようになる。ギリシャ語で IakObos となり(ギリシャ語に Yの文字がなく、イオタ I が語頭に代用されている)、それがラテン語で Iacobus となり後に後期ラテンで異形 Iacomus が生じた。それがイタリア語 Giacomo, スペイン語 Jaime となり、古フランス語 James, Jacques に継がれ、ノルマンフランスに影響された英語話者が James を取ったという次第である。)

([b] ←→ [m] の交代は日本語でも見られる。例、寒い [さむい → さぶい], 馬 [ば、め、ま] 普通は「ば」と読むが龍馬は「りゅうま、りょうま」と読む。なお、中国語では馬は ma と発音される。[b][m] は両方とも両唇音、他の言語でも見られるはず。)


参考
本ブログ記事 
2006/10/08 邦訳聖書はドイツ語訳から?(神話)
2009/01/28 邦訳聖書に対するドイツ語訳聖書の影響は?ある言説に対する検証
土岐建治、川島第二郎「聖書翻訳史における元訳・口語訳・新共同訳:旧約聖書特に創世記を中心として」一橋大学研究年報、人文研究 27:53-149. 1988-09-20
Kevin Barney, "Peter, Jacob and John" bycommonconsent Nov. 22, 2007
Joseph Fielding Smith, "Teachings of the Prophet Joseph Smith." 1976, pp. 349, 360, 364.



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