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クリスマスにちなんだ現代物語 中 作 平井晴夫


次の安息日に、教会の廊下で定員会の会長は有馬に声をかけた。

「この間はすみません、どうしても仕事が終わらなくて・・結局家に
帰ったのが12時ごろでした・・。」
「それは大変ですね・・。」
「で?A兄弟はどうだった?」
「ああ、思ったより元気でしたよ、家の中では動けるらしいです。買
い物は隣りのおばさんにお願いしているみたいです。」
「そうですか・・じゃ・・それほど問題はないって事かな。」
「経済的な事とかは聞きにくくて・・。」
「ああ、それはビショップがだいたいの事を聞いているそうですから、
任せた方が良いでしょう。」
「A兄弟には御家族はいないんですか?」
「いるんだけどね・・色々事情があって、今は一人暮らし・・。本人
が頑固な所があるからね・・。世話になるのが嫌なのかな・・?」
「・・・・・そうですか・・。」
「いや、HTとしての務めは果たしたんだからそんな事まで気にしな
くて良いですよ。それより、残りの家族をいつ訪問しましょうか?」
「私の方はいつでも良いです。会長の都合の良い時に言ってくださ
い。」
「ありがとう、いつも助かりますよ。ああ、もう神権会が始まるから
・・」

神権会
「レッスンの前に少し連絡事項があります。もう12月に入ってしま
いましたので、前からお話しています、クリスマス会の準備を本格的
に行います。定員会にもアサイメントがきていますので、後で個々に
お願いします。チラシも出来ていますから、家族や友達を招待してく
ださい・・・・。」

「そうか・・もう一年たったんだ・・・。」
有馬は自分がバプテスマを受けた一年前を思い出していた。


「あ!杏奈(あんな)姉妹!・・・」
「え??!!有馬兄弟?どうしてこんな所に。」
高塚杏奈、監督の一番上の娘で、伝道を終えて4年ほど前にワードに
帰ってきた。年上だが、有馬には少し気になる存在だった。

「今から、HTに行こうって思ってね。」
「ご苦労様、いつも真面目ね、でも、同僚は?」
「12月で仕事が忙しいんだって、だから僕だけ新聞でも届けに行こ
うかと思って・・。」
「どこに訪問するの?」
「A兄弟の所、知ってる?今はほとんど教会に来ていないから・・。」
「A兄弟なら良く知ってるわ、私のお父さんが昔教えてもらったって、
時々話しに出てくるわ。」
「そうか・・・僕は古い人の事は全然知らないからな・・。」
「私が子供の頃は、神権役員で頑張ってたよ。でも、もう長い事会っ
てないわ・・。そうだ!私の帰り道だから、一緒に行きましょうか。」
「・・でも・・HTって神権者の仕事だから・・。」
「ちょっと顔を見るだけだから良いでしょ、向こうも懐かしがるかも
しれないし・・。」

こんこん・・コンコン!・・・ドンドン!!!・・「A兄弟!!!」

「はい・・・どなた・・・。」
「教会の有馬です!」今日は二人で来たので少し元気が良かった。
ゆっくりとドアが開いた。
「ああ・・有馬兄弟、また来てくださったのか、忙しいのにすまない
ね・・。」
「いえ、HTですから・・。」
「・・・???この人は・・・???杏奈ちゃん??!!そうだよね
高塚家の杏奈ちゃんじゃないか!!」
「覚えています!」
「ああ!もちろん良く覚えてるよ・・でも、あの頃はまだ中学生だっ
たかな??教会の優等生だったからな。」
「そんなことないですよ、あの頃は本当は教会に行くのが嫌で、サボ
る口実ばかり探していたのに。でも、ついていかないと親がうるさい
し仕方なくね。」
「そうか・・。ああ!立ち話は寒いから中に入ってください、老人の
家だから女性でもかまわないでしょう、立派な神権者もいるしね。・
・ちょっと片付けないと座れないけどね・・。」
「A兄弟、高塚姉妹は帰り道なのでついてきただけなので・・。」
「あ・・そうか・・・時間がないのなら・・・仕方ないな・・・。」
と少し寂しそうにAは言った。
「時間は充分ありますよ!少しおじゃまして良いですか。」
Aの寂しそうな気配を感じた杏奈は、元気良くそう言って中に入った。


「A兄弟・・大丈夫ですか?具合が悪いのなら、今日は帰りますけど
・・。
新聞持ってきただけですから・・。」
「ごっほごっほ・・・・いや・・ちょっと外の風に当たったので咳き
込んでるだけじゃよ、せっかく来てくれたので、今日は昆布茶がある
よ・・茶菓子がないけどな・・はっはっはっ・・。」

Aは体調を壊したのか、前に来た時よりも、痩せた感じで、顔色も良
くなかった。

「病院には行っているんですか?」
「いやー歩くのが不自由で、なかなか行けないな・・薬だけは隣のお
ばさんに買ってきてもらってるけどな。この歳だから、どこか悪くは
なるよ・・。」
「でも、今は75歳ならまだ若いですよ!」
「そうですよ、私が子供の頃、A兄弟は走り回ってたじゃないですか
!」横から杏奈がつけ加えた。
「そうじゃなー・・あの頃は、自分がこんな状態になるなんて思って
もいなかった。人を助ける事は考えても、助けられる方に回る事は考
えてもいなかったな・・。でも、教会の教えは自立じゃから、いくつ
になっても、自分で何とか生きていかないとな。」
「お子さんは今どうしているんですか?」
「・・・・・・・」
「すみません・・悪い事聞いたかな・・・。」
「いや・良いんじゃ・・。子供の居場所はわかっとるが、面倒をかけ
るのが悪くてなー連絡はとっとらんのでな・・。それぞれ自分の人生
を歩んどる・・それで良いのじゃ・・。わしも、親の言う事を聞かず
に、自分の好きな人生を生きたしな。」
「A兄弟のご両親はモルモンになるのは反対だったんですか?」
「もちろん・・大反対じゃった・・。今と時代も違うし、長男は仏壇
と先祖の墓を守るのがあたりまえじゃったしな・・。親父は私が大人
になって、一緒に酒を飲むのが楽しみじゃったようじゃ。自分お葬式
も、お寺さんでやって欲しかったようじゃしな・・。」
「でも、それはご両親の宗教だから良いんじゃないですか?」
「ああ・・今はそんな事を言っとるようじゃの・・。わしが改宗した
頃は、仏壇も初詣も偶像礼拝だと言っとった。今頃そんな話をすると、
逆に間違った教義だって怒られるけどな・・はっはっはっ・・。」
「そうなんですか・・昔の事は知らないので・・・。」
「お母さんの友達の姉妹でも、昔は絶対に神権者と結婚しないといけ
ないって思い込んでいて、独身のままって人もいたわよ・・。」横か
ら杏奈がつけ加えた・・。
「杏奈姉妹もそう思うの?」
「そうね・・・半分はね・・。でも、良い人がいたらどうなるかな?
・・・。」

有馬は、「良い人が・・」と言う杏奈の言葉が気になった・・・。

「A兄弟、もし良かったら、子供さんの連絡先教えてもらえないです
か?私達で助けられる事って限られていますから・・。」
「そうじゃな・・何かあったら、有馬兄弟も困るじゃろうから・・。
ただし、連絡する時は、わしに断わってくれよ。」
「もちろん・・・。あ、それと忘れてた、次の次の土曜日、22日に
教会でクリスマス会をするんですけど、来ませんか?」
「久しく行ってないから・・行きたいけどな・・。でも、この身体じ
ゃ・・・。」
「誰かに頼んで、車で迎えに来ますよ!」
「いや・・・行っても、迷惑をかけるし・・・もう少し体の具合が良
くなってからにするよ・・ゴッホゴッホ・・。」
「そうですか・・。もしそれまでに体調が良くなったら、言ってくだ
さいね。」
「ああ、そうするよ・・。」

「それじゃ・・お疲れになってはいけませんので、これで失礼します。」
「ああ・・もう帰るのか・・・。若い人は忙しいの・・。有馬兄弟本
当に気に掛けてくれて、ありがとう、それに杏奈ちゃんも、お父さん
によろしく言っといて下さい。」
「おじゃましました、失礼しまーす。」
「失礼しまーす。」
二人は声をそろえて、挨拶をしAの部屋を出た。

「わー寒い!!」
「ちょっと話してただけなのに、急に冷え込んできたね。今日はおつ
き合いさせてしまってすみませんでした。」
「いいえ、私が言い出したことだから、私の方こそでしゃばってごめ
んなさい。」
「いいわよ、いつもこんな時間に歩いて帰ってるから。」
「・・・僕に送られるのは嫌ですか・・??」
「え?・・そんな事ないけど・・・。」
「じゃ・・良いでしょ・・。」
「はい、じゃあ素直にお願いしまーす。」

明るく答えて、杏奈は先に歩き始めた。

「杏奈姉妹は優等生だったんですね・・・。」
「そうね・・見かけはね・・。長女だったし・・小さい頃から、親が
何を望んでいるのか・・ひしひしと分かるしね・・。子供ながらに期
待に答えたかったのかな・・。子供って親に褒められると嬉しいしね、
周りの人もそんな感じで見てたから・・。それに、学校では目立つ方
じゃなかったから、教会で優等生扱いされるのは、ちょっと嬉しかっ
たしね。・・・・。」
「でも、杏奈姉妹は子供の頃からずっとモルモンだったから、信仰も
強かったんでしょ。」
「信仰・・・??信仰ね・・・・???・・・・・・。」
「・・・・・」
「あれって信仰だったのかな??有馬兄弟みたいに、自分で選んでモ
ルモンになったわけじゃないから・・。どれが信仰なのか・・・って
感じで・・・生まれた時から、それがあたりまえだったから、そのま
まきたって感じかな?特に疑問もなかったし・・。」
「そうなんだー・・・・・。僕もね、自分で選んだって言うけど、宣
教師の話しをそのまま聞いただけの事だし・・。モルモンの教義とか
言われても、まだほとんど分からないしね・・。とりあえず言われた
事をやってるだけですよ。」
「でも、それが偉いわ!ちゃんと責任を果たしてる。立派な神権者よ!」
「でも、杏奈姉妹みたいに伝道に出るって決心も出来てないし・・。」
「私も、そんなに決心して出たわけじゃないのよ、子供の頃から、そ
うしなければいけないって思ってたから・・・それだけよ。」
「やっぱり、優等生だ!」
「はっは!!残念でした!本当はね、親に分からないようにケッコウ
遊んでたのよ!学校の友達なんかとね、その辺の要領はよかったの!!」
「えーー嘘でしょーー。」
「嘘じゃないわーー!!じゃ、その証拠をお見せしましょうか?!」
いたずらっぽく笑って杏奈は有馬の腕に自分の腕をそっと絡めた。
「・・・・・・」
有馬は、こんな時にどうしたら良いのか分からなかったので、そのま
ま何も出来なかった・・。
急に無口になった二人は、互いの手の温もりを感じながら、歩いた、
空には星がまたたいていた・・・。

「有馬君ありがとう・・あ・・これ冗談だからね・・。」
そう言って、杏奈はゆっくりと有馬の腕から自分の腕をはずした。

杏奈の家から、来た道を引き返して歩く有馬の腕に、残った杏奈の温
もりはいつまで歩いても消えなかった・・・。


「有馬兄弟、おはよう!この間は送ってもらってありがとう。」
「いえ、こちらこそ・・・。」
有馬は何か言おうとしたが、杏奈はいつもと変わらぬ様子で、握手だ
けして行ってしまった・・。
「女はな・・・これだから・・。」少しつまらなさそうにつぶやいた。

「有馬兄弟、今度の土曜日あいてる?」
「えぇ・・別に特に用事はありませんけど・・。」
「そうだと思った!」
「そんなに暇そうに見えます??」
「いや、そうじゃないけど、いつも断わらないから。」
「教会の仕事って断わらないほうが良いんでしょ?」
「・ま・・ま、そうだけどね。忙しい時には仕方ないし、程々にしな
いと・・。」
有馬には、会長の言葉がちょっと気にいらなかった。
「それで、土曜日がなんですか?」
「ほら、22日のクリスマスプログラム。有馬兄弟には、裏方を頼ん
でいたんだけど、出演者が足りなくなってね、掛け持ちで大変だけど、
天使ガブリエルの役お願いできないかな?」
「・・・・私は・・・舞台になんか立った事ないし・・セリフなんて
言えないですよ・・。」
「そんなに難しくはないって、白い服着てマリヤの前に立ってれば良
いんだよ。セリフは、聖典を棒読みすれば良いから。誰にでも出来る
よ!!」
「誰にでも・・・」有馬は、また会長の一言が気にいらなかった。
「ね、今度の土曜日15日に夜の6時ごろから、リハーサルやるから、
1時間前ぐらいに来て欲しいな。よろしくお願いしますね。」
「はーーい。」
気の良い有馬はいつも少し強引な会長のペースにはまってしまう。
でも、断わらなかったのは、マリヤを杏奈が演じるって知っていたか
らかもしれない。

「来週の土曜日か・・・・。お客さん来るかな・・???」
「会員だけでも良いんじゃない・・そう思っておいた方が落胆しなく
てすむわよ。」
「でも、やる前からそれじゃーなんかなーーー。」
「毎年の事だから、そんなものよ・。」
「そんなもの・・・・・っか・・・・。」
「それより、今日は送ってくれないの?」
「え!・・・杏奈姉妹を送るんですか?・・・」
「大丈夫よ、今夜は冗談しないから・・。」そう言って杏奈は有馬の
顔を見ながら笑った。
「じゃ、送るから、その代わりに、またA兄弟の家に寄るのつき合っ
てくれる?」
「はい!OKよ、これで商談成立ね!」
「商売じゃないって・・・。」
「お金は出さないけど、クリスマスプレゼントぐらい送るから・・。」
「なんかな・・・プレゼント目当てみたいで・・・かっこよくないな
・・。」

コンコン・・・・・ドンドン・・・・ドンドンドンドン!!!
いつものように、大きくドアをノックした。
「A兄弟!!!有馬です!!!!!」
「・・・・・・・・・・・」
返事はなかった・・。
「留守じゃないの?」
ドンドンドンドン!!!!!!「A兄弟!!!」
「どなた?・・」
開いたのは隣りの部屋の扉だった、女性が顔を出した。たぶん、隣り
のおばさん??
「夜遅くに大きな音出してすみません。Aさんと同じ教会のものなん
ですが・・。」
「ああ、モルモン教会の人、Aさんから良く聞いたわ、Aさんはお留
守よ、今朝病院に行くってタクシーを呼んであげて、出て行ったきり
ね・・・。前にもこんな事あったから。たぶん明後日ぐらいには帰っ
てくるんじゃないの?」
「そうですか・・ありがとうございます。」
「帰ってきたら、たずねて来てたって言っといてあげるは。」
「すみません、よろしくお願いします。」

「A兄弟体の調子悪いんだね・・。」
「そうだね・・、何か出来ると良いんだけど・・。」
「そうね・・・でも、何も出来ない事の方が多いのよね・・。心配し
てもね・・。」
「そうだね・・何も出来ないね・・・!あ!忘れてた!」
「なに?」
「祈れば良いんだった!!」
「そ・・・そうね・・・。」杏奈は祈りの効果にあまり期待できなか
ったが、そうは言えなくて相槌を打った。
「じゃ、僕が祈りますから・・・」人気のないアパートの廊下で、有
馬は体の前に両手を組んで祈ろうとした。杏奈がその手の上から自分
の手をかぶせるようにして、一緒に目をつぶった。
有馬は、A兄弟の事より、杏奈の手の方が気になって、祈りに集中で
きなかった、でも、何とか最後まで祈った。
「・・・アーメン」「アーメン」

Aの事と、クリスマスの劇の事を話しながら、二人は杏奈の家に向か
った。少し歩くと、杏奈はまた有馬の腕に自分の手を絡めた、今度は
有馬の肩に自分の頬を寄せた。
「杏奈姉妹!、今日は冗談はしないって言ったでしょ・・・・。」
「そうよ・・・冗談はね・・・・。」



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