モルモン教について偏りなく語ることは至難
モルモンについてたずねると次のような四つの異な
った見方が提示されるという。
1) 誇張的(モルモニズムの成長は宗教史上特筆すべき
もの、と社会学者ロドニー・スタークは大胆に述べる)、
2) 成長・成功志向的(モルモン教の信仰は楽観的、力
にあふれ、絶えざる個人の成長を目指す。アメリカンド
リームと多くの点で共通する)、
3) 屈託のない戯言視(ジョセフ・スミスの天使との交通
は詰まらない戯言である)、
4) あからさまな蔑視(モルモン教の普及は内容とは無
関係でサンタクロスが受け入れられていくようなもの)
上にあげられているように、モルモニズムについて偏り
なく述べることは難しいようである。称賛するものが「宗
教界の中で模範となる少数派である。勤勉、健康、清潔の
点で他に優る」と言えば、反対派は皮肉を込めてブリガム・
ヤングの多妻を詳述し、モルモン教以上に主流から隔たっ
たグループと同一視したりする。
執筆者のセス・ペリー(Seth Perry)は、問題はモルモニズム
が西洋のユダヤ・キリスト教の基準(norm)とは異なっている
ことにある。しかし、すっかり違ってヒンズー教のようなも
のかと言うとそうではない。多くのキリスト教概念や慣行が
共通している。もし、平和とか愛について普遍的な真理を仏
陀が語ったというなら、進んで宗教の違いを超えて手を取り
合うであろう、しかし聞いたこともない内容・表現でイエス
が語ったといわれると、落ちつかなくなって警戒するのであ
る。似ていて非なる点にこそ問題があるという。様々な文脈
でモルモニズムに関する論議が増えていけば、警戒・疎外の
感が和らぎ受け入れられていくのではないか、と結んでいる。
日本の場合、事情が米国とは違うが、日本においても偏りなく
語ることが難しくなっているのではないかと感じている。
Source: Sunstone December 2005, p. 73
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との交通は詰まらない戯言である)、
◆普通に考えて◆
モルモンは最近になって過去から言い伝えられた教
えを覆す文書記載や発言をするようになったようで
すね!?
「狂言」とあるが、ちゃんと裏付が取られたので
しょうか?
◆世界的に考えて◆
疑問とシコリが残る文書のように伺えるが、
世界的にはこのような資料や文書(重要事項)で問題
が生じるものは75年~100年、或いは永遠に公
表されないのが実態です。
JFKやファチィマ等の文書はその一例でしょう!
◆私なりの考えでは幾つかの可能性を唱えたい◆
ジョセフ・スミスの天使との交通について、
①説・・・真っ赤な嘘だか、信徒を集めるための
「狂言」?
②説・・・事実であり信徒を集める為、発表して
しまった。現代では、いろいろ不都合
が生じるので「狂言」扱いとした?
③説・・・裏付け取る取らない別にして「悪い天使」 であることが判明した?
④説・・・教会幹部が、モルモン信徒を試してい る!?
> 四つの異なった見方が提示される
というのは、いずれも教会外からの見方です。教会自身(あるいは会員側から)はどの見解を示しているわけでもありません。
3)の屈託のない虚言(ざれごと)視、というのも離反者や反モルモンの立場に立つ人などが軽蔑的な態度で言うものとしてあげられています。(狂言とは異なる)。
MASAさんの「モルモンは最近になって・・」はモルモン史やモルモン書を歴史・批判的に(あるいは高等批評学的に)分析して、そこに矛盾や齟齬を見つける学者たちのことを指して言っておられるのでしょうか。(その研究の意義は認める者です。)
その場合でも、学者たちはジョセフ・スミスに対する神の顕現(theophany)そのものは、いわゆる預言者の類の人物が経験するものとしてそれを否定してかかることはありません。(人がムハンマドの啓示経験に対するのと同様。)MASAさんの①ー④の可能性は当たらないと思います。(ご本人が考えられるのは自由ですが。)
> モルモンは最近になって過去から言い伝えられた教
えを覆す文書記載や発言をするようになったようで
すね!?
これは私自身の、このblogの多くの書き込みのようなこと(ここでは6.13付けのサンストーン記事の引用)をさして言っているのですか。
モルモンの世界(リベラルな知識層)ではもうずっと前から別に珍しいことではありません。他のプロテスタントでもカトリックの世界でも同じであると認識しています。