"Digging in Cumorah"
これはモルモン書を高等批評の中でも文芸批評の立場から、特に物語分析 [narrative analyses] を用いて解説した本である。著者はモルモン書に欽定訳聖書の言語とモデルが随所に見られること、そして19世紀アメリカの思潮や言語・表現が反映していることを多くの例を挙げて示している。モルモン書は19世紀の読者を対象に書かれている。著者は聖書の高等批評の手法を用いて読むとモルモン書を再評価でき、様々な問題に気付いて興味が尽きることがない、と言う。著者のマーク・D・トマスは1979年以降モルモン書に関連して文芸批評的論文をダイアログ誌などに発表してきた研究者である(1949年生まれ)。
この本の原題はMark D. Thomas, “Digging in Cumorah : Reclaiming Book of Mormon Narratives,” Signature Books 1999 である。
まず言語の面から見ると、モルモン書のどのページにも聖書(欽定訳)の痕跡(echo)が見られ聖書の影響を強く受けていることがわかる。それと19世紀アメリカの英語の両方が組み合わされている。モルモン書の目的は、1)聖書を支持し(2Ne 29:1-14 )、2)本文及び内容を修正し(1Ne 13:19-42)、3)共に働く(2Ne 3:11-12)ことである。これはヨセフの子孫に契約を思い起こさせ、彼らの間に争いをなくし平和をもたらすことを指す。この3つの目的を果たす過程で聖書を引用し、解釈を加え、時に改訂・修正を施す。これは性質から言えば聖書の注解であり、ミドラシュ的拡張がなされているとトマスは見る。
以上の目的が承知のように、アメリカに移住したイスラエルの末裔の物語の中に組み込まれているのである。著者はこのモルモン書を文芸批評の物語論(narratology)を適用して学術的に分析した最初の人物である。
全般的には新約学者クロッサンがあげる「物語」(narrative)の型の内、モルモン書は「擁護的」(apologue)であると言う。階層に分化しかけていた19世紀のアメリカに対して警告の声であったという意味で、あるいは懐疑的な風潮に対してイエス・キリストを擁護し、啓蒙主義に対して擁護論となっていたと言うのである。
モルモン書に出てくる具体的な物語narrative の型としては、「警告する預言者」、リーハイなどの「移民物語」、行き先不明で導きを求める「荒野物語」などが繰り返し現われ、19世紀初頭の「示現・幻(まぼろし)言説」の傾向もモルモン書に反映していると解説する。ジョセフ・スミスに先行して幾人かアメリカ東部に示現を受けたと言う人がいたのである。
「改宗物語」も19世紀アメリカに見られた型がモルモン書に現れているという。それは「生まれながらの人」であることを知り、「罪を認め」、「イエスに改宗」するという三つの過程で19世紀の福音主義派(メソジストなど)に見られたもので、ヒラマン12:3-5,7 にその片鱗を見ることができる。ほかに、19世紀初めアメリカに広く見られた反カトリックの思潮がINe13:34の「あの忌まわしい教会」という表現に現れていると指摘する。
著者は、もし私たちが自分の信仰に価値があると思い、モルモン書を尊重するなら、正直で真剣な研究に代わるものはない、そして19世紀の表現や聖書からの影響を認識して読むとき本文(text)の声を聞き、本文とより深い対話に入ることができるだろう、と言う。著者は17-19世紀のアメリカ文学、キリスト教界の説教や表現を詳細に調べ、綿密な考証の上に書いているので、この本はモルモン書を理解する上で重要な一冊であると思う。
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参考文献
Richard Dilworth Rust, "Feasting on the Word: The Literary Testimony of the Book of Mormon," FARMS & Deseret Book, 1997
Neal E. Lambert ed., "Literature of Belief: Sacred Scripture and Religious Experience," BYU Religious Studies Center, 1981
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