電気羊に旅を

「東南アジア一人旅32日」からブログタイトルを変更。東南アジア・中国・ネパール・インドの旅日記あり。南米ネタを公開中

2006年3月2日(木) アルゼンチン入国

2011年03月02日 | '06南米旅行記
南米チリ
7:30AM頃起床。
今日は出発までに余裕がある。パッキングして1階のテーブルにつく。今日は誰も顔を見せないので奥まで呼びに行ったらすぐに準備してくれた。

8:15AMチェックアウトして、歩いてバスオフィスへ。チケットをオフィスで正式なバスチケットと交換する。
バスの前でお菓子などを売っているおばちゃんがいた。自分も二つ購入(400ペソ)。
バスの中にはすでにほとんどの客が座っていた。後ろから二番目の席に。

8:40AM出発。
トイレの近くのせいで臭い。それに自分の席のあたりが仲間なのかどうか知らないが意気投合し、やたらとうるさい。外は凄くいい天気。こういう移動日に天気がいいとなんだか悔しい。バスの中も結構暑い。

9:30AM、うとうと寝てしまっていたが目を覚ますと、バスに数人しか人がいない。見るとどうやらチリの出国手続きのようだ。
出国カードをチリの入国スタンプのところに挟んで提出したのに、かなりページが離れた中国のところに押されてしまった。バスの乗客の人数が多いためにかなりの時間がかかった。

バスを走らせ、すぐに今度はアルゼンチンの入国手続き。
今度も入国手続きカードをチリのスタンプのところに挟んで提出したら「追記」のページにスタンプ押しやがった。適当だなぁ。

延々走る。「何でも見てやろう」という文庫を持って読むのだがすぐに眠くなる。

1:30PM頃、エル・カラファテのバスターミナルに到着。
すぐに5日のプエルトナタレスへの帰りのチケットを購入(50Aペソ)。外へ出ると客引きがいるが無視。

西へ歩いて今日泊まる予定の藤旅館へ。
一度宿を行き過ぎてしまい家の前にいた夫婦に宿の住所を見せて道を尋ねるが、全然違う場所だと言われる。おかしいなぁと思いつつ、とりあえずもと来た道を戻って歩いてみると、そこから10秒ほどで藤旅館を発見。

南米アルゼンチン・エル・カラファテ FUJI旅館
2:20PM頃、到着。
外観はすごく地味で分かりづらい。窓に紙で「藤旅館」の名前が書いてある。ドアを叩くと出てきてくれたのが30歳前半くらいの男性。はじめ宿の客がドアを開けてくれたのかと思ったが、オーナーだった。
リビング・ダイニングには日本人が8人ほどいた。それぞれペアになって話していて「こんにちは」と声をかけてもそっけない返事。もう宿泊客間で輪が出来てそうな印象だった。

南米アルゼンチン・エル・カラファテ 藤旅館の庭 テントが張れる
宿泊客名簿に名前を書いて、寝室に案内される前にキッチンやらの説明。部屋は二段ベッドが二つのドミトリー。二階のベッドしか空いてない。久々の二階だ。

南米アルゼンチン・エル・カラファテ

南米アルゼンチン・エル・カラファテ

南米アルゼンチン・エル・カラファテ
荷物を置き早々に、ここの宿から申し込めるというペリトモレノ1Dayツアーを申し込む(72Aペソ)。外がいい天気なのですぐに外へ出て町散策。
この町は道が広々としているが、メインストリート以外の道を歩いている人が少なすぎて少しさびしげな感じがする。
アルヘンチーノ湖の方へ歩いていき、まったり。
ニメス湖に行ったが料金所があって2Aペソかかるし、遠くから眺めるだけで充分だったので入らず引き返し町へ。

南米アルゼンチン・エル・カラファテ
パン屋で明日の昼ごはんのパンを購入。町のおみやげ物屋などをひやかして見てまわる。
スーパーで買い物(8ペソ)。白ワインが1リットル3Aペソほどで安い、普段自分はお酒は飲まないがジュースと変わらない値段なら買うしかないでしょ。
両替屋で30000チリペソを150Aペソに交換、チリのプエルトナタレスで交換したときよりもぐっとレートが悪い。

歩いて宿にもどる。リビングを見ると皆食べ終わったらしく4人はマージャンをやっていた。うーん、なじみづらい。
パスタを作り食す。部屋で日記を書いたり、リビングで一時間ネット(4Aペソ)したり、テレビを見ながらまったりしたり。マージャンをしている人たち以外とは少しずつ話すことが出来た。

それにしても通貨がアルゼンチンペソに変わっただけで、いまいちアルゼンチンに入ったという実感がわかない。言葉もスーパーの食品も相変わらずだからだろうか。町の人は撮影には応じるがチリ人のようにポーズをとったり笑ったりしてくれない、店の対応が微妙にチリよりはぶっきらぼうな気がする程度。せっかくアルゼンチンに入国したのに3日後には首都のブエノスアイレスに行くことなく出国してしまう。

もともとこの旅はヨーロッパに行く予定であったが、冬の地中海が予想以上に寒そうということから、それを避けた結果の旅。南半球でどこか・・・そこで浮かんだのが子供の頃からの憧れの遺跡マチュピチュ。調べるうちに隣の国ウユニ塩湖にいきたくなりどうせならチリまで突き抜けてしまえ、サンチアゴに行ったならイースター島が行けるではないか。
そんな発想で計画しチケットはFIXで旅の期間は余裕を見て45日とした。そしてガイドブックを見ているうちにパタゴニアに行くことを決めることに。そんな思いつきの旅であったがココに来てイグアスの滝にいけなくなったのは心残りだ。
あと二日ほどの余裕があり、かつアタカマからサンチアゴに向かうのではなくプエルトイグアスに向けて進路をとればなんとかいけただろう。この心残りは日本に帰ってもしばらく後を引きそうな予感。


※1チリペソ=0.2円として計算
※1AP(アルゼンチンペソ)=39円として計算
※注)2011年にブログを更新してますが、コレは2006年の南米旅行記です。


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