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エミール・クストリッツァ『ライフ・イズ・ミラクル』

2007-10-25 06:39:55 | 映画
ライフ・イズ・ミラクル LIFE IS A MIRACLE
 (セルビア・モンテネグロ/フランス・2004・154min)

 監督:エミール・クストリッツァ
 製作:エミール・クストリッツァ、マヤ・クストリッツァ、
     アラン・サルド
 脚本:エミール・クストリッツァ、ランコ・ボジッチ
 撮影:ミシェル・アマテュー
 音楽:エミール・クストリッツァ、デヤン・スパラヴァロ

 出演:スラヴコ・スティマチ、ナターシャ・ソラック、
     ヴク・コスティッチ、ヴェスナ・トリヴァリッチ、
     ニコラ・コジョ、アレクサンダル・ベルチェク、
     ストリボール・クストリッツァ、ミリャナ・カラノヴィッチ 他



 1992年、内戦のさなか、ボスニア・ヘルツェゴビナの山間の村が舞台となっている。開始間もなく、山の斜面にあるセルビアとの国境に近い駅の線路上で、駅の官舎らしき家で暮らす親子がサッカーボールで戯れている。父親のルカはセルビア系の鉄道技師。プロのサッカー選手志望の息子ミロシュはセルビアの名門チーム、パルチザン・ベオグラードに入団することを夢見ている。息子はパルチザンからオファーの連絡を受けたその日に、ボスニア・ヘルツェゴビナ軍に召集される。内戦は激化し、息子も敵の捕虜となる。妻は息子の壮行会の夜、マジャール人の音楽家と駆け落ちした。たった一人で息子の安否を案ずる父は、飼いネコがつついたボールが目の前の斜面を転がり落ちるのを見ると、父親は必死で追いかけボールにすがりつき、そして抱きしめる。それが愛する息子であるように。

 やがて妻は男に捨てられ戻り、直後に息子も捕虜交換で戻ってくる。しかし息子の夢は破れたようだ。なぜなら、帰ってきた息子は出征する前より、どこか荒んでおり、しかも上官である中隊長が、頭が大丈夫ならきっと何らかの形で大成するはずだと父親を慰めているからだ。三人がもとの官舎に戻ったとき、つぶれてしまったボールが庭先に落ちている。それはミロシュの夢が潰えたことと同時に、父親のルカの喪失感や絶望をも象徴しているように思える。このボールといい、あるいは上着といい、ちょっとした小道具の使い方が何ともいえない情感を醸し出している映画だった。

 全体は大きく二部にわかれている。前半部は主人公のルカを中心に、この小さな村の人々(と動物たち)によるカーニヴァル的な狂騒に充ちた日常を描く。それはミロシュの壮行会の乱痴気騒ぎでクライマックスとなり、そのまま後半の複雑な民族問題が絡んだ戦火の中の日常(非日常)へと物語は進む。物語は悲痛な選択をめぐるものだが、それもまたカーニヴァル的な狂乱の中で繰り広げられていく。いや、むしろ砲弾が飛び交う中、秩序の混乱は増していく。

 一見、陽気な映画だが、全編にわたってさまざまな死が描かれる。死は戦時のみならず、平和な日常の中にも、つい隣り合わせのようにある。熊に殺された男、暗殺される市長、そしてテレビが伝えるサラエボの惨状(ムスリムに殺されるセルビア系住民)。そしてネコににらまれて気を失ったハトはそのまま襲われ、失恋した痛手からロバは自殺しようと線路に立ちふさがる。そのような死と隣りあわせとなっている日常の中で、人々はその生を慈しみ、砲弾が頭上を飛び交おうがお構いなしに人生を心底愉しもうとする。「誰かが始めた戦争」などに付き合いたくはないのだというように。

 とりわけ鉄道技師のルカは激しい憎悪に満ちた民族対立と激化する内戦の現実から目を背けるように、ボスニア・ヘルツェゴビナとセルビアを結ぶ線路の復旧を夢見る。そして自室の大きな机の上に鉄道模型を作って、そこに平和な理想郷を作っていく。同じ夢ではないが、やはり夢をもっており、ムスリム(ボシュニャク人)の友人もいる息子はそのような父親にも理解を示しているようだが、妻は夫の現実逃避を不満に感じている。そして机の上にこしらえられた小さなユートピアに何の価値も感じていない。

 ところがルカの前にやがて理想の場所への夢を共有しうる人物が現れる。捕虜となった息子の交換用の人質として連れてこられたムスリムの看護士サバーハだ。およそ監禁とは程遠い態度で、娘の世話をするルカ。サバーハもルカの夢見る理想郷の模型に共感の眼差しを向ける。だからこそ二人を乗せたベッドは美しい山野を飛んでいくのだろう。そうして互いに情を通わせていったルカとサバーハとの幸福な日々は、しかし妻の帰還と国連の介入による人質交換の日がやってきて終わりを告げる。

 そういえばルカが夢見たボスニア・ヘルツェゴビナとセルビアを結ぶ路線は、ルカの義兄である市長の尽力もあり開通する。しかし市長を暗殺した一味によって、路線は麻薬などの闇物資の密輸用に利用される。ルカは理想を打ち砕き、悪しき現実ばかりをもたらす国境のトンネルを塞いでしまうが、兵器輸送のために再び開通してしまう。そして、この再び開通したトンネルが印象深いラスト・シーンを作り出したのだった。

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 ミロシュがプレーするスタジアムの殺気立った熱狂。選手と観客と警官の乱闘のさなか、仲間を警棒で殴る警官に、クロアチアのボバンのように飛び蹴りをするミロシュ。そういえばこの年、ヨーロッパ選手権に出場する筈だった、ユーゴスラビア代表チームからボスニア・ヘルツェゴビナの選手が離脱し、セルビア軍による首都ボスニアの包囲を機に監督のオシムが辞任し、国連の制裁決議にしたがって開催国スウェーデンに到着したところでそのまま退去させられたことを思い出す。






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