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アラン・レネ『二十四時間の情事』

2007-08-19 01:40:55 | 映画

二十四時間の情事  HIROSHIMA, MON AMOUR
(フランス/日本・1959・91min)

 監督:アラン・レネ
 製作:サミー・アルフォン、永田雅一
 脚本:マルグリット・デュラス
 撮影:高橋通夫、サッシャ・ヴィエルニ
 音楽:ジョヴァンニ・フスコ、ジョルジュ・ドルリュー

 出演:エマニュエル・リヴァ、岡田英次、ベルナール・フレッソン


 映画の撮影のために広島にやってきたフランス人女優と原子爆弾によって家族を失った日本人の建築家。女が帰国する前日からの24時間が多様な声と多様な映像を多層的に折り重ねながら描かれていく。そして映画における歴史の叙述、想起と忘却、あるいはまた狂気といったテーマが考察されるだろう。とりわけ記憶という主題と滑らかな移動撮影にレネらしさを感じる。

 絡み合う男女のクローズアップと、原爆資料館の展示資料や病院の廊下や被爆者たちのショット、あるいはニュース映像や「旅行者が泣くほど完璧な」再現フィルムなどの映像が交互に映し出されるなか、男女のオフの声が重なっていく。

 - きみはヒロシマで何も見なかった。何も。
 - 私はすべてを見たの。すべてを。
 
 いうまでもなく記憶は記録ではない。写真や映像、事物は過去の出来事の有力な記録となる。ただし、それらは過去を再現するものではないし、また絶対に再現しえないものもある。そこで次のような問いが立てられる。
 果たして大量殺戮とは理解しうるものなのか?あるいは、それは表象されうるものなのか?

 デュラス/レネのこの問いへの解答は、不可能なもの、表象されえぬものとしてのみ語りうるものなのだということになるだろう。そうして「大文字の歴史」としては語りえぬ出来事をめぐるダイアローグは、撮影当時の広島市街の滑らかな移動撮影とともに女の内的独白に変わる。

 - あなたには、わかりっこない。
    あなたは私を殺すのよ。
    あなたは私に幸福を与えるわ。
    あなたは私を殺すのよ。
    あなたは私に幸福を与えるわ。
    私には時間があるの。
    おねがい。
    私を食べつくして。
    私の形を、醜くなるまで、変えてしまって。

 まぎれもなくマルグリット・デュラスの脚本であることの刻印である、この狂気と自己破壊へと傾斜する内的独白の時点で女の意識は現実と二重写しにしながら過去を志向しはじめ、やがてベッドで横たわる男の腕がイメージとして死んだドイツ兵の腕を重ね合わせられ、彼ら自身の物語(小文字の歴史)へと横滑りしていく。

 女はフランスの解放後、故郷のヌヴェールで狂気の中にあった。占領下、彼女はドイツ兵と愛し合ったが、解放直前にドイツ兵は殺害され、彼女自身も髪を刈り取られ、地下室に幽閉されるという迫害に遭う。

 - それ(狂気)は説明するなんてできない。まったく叡智のようなものよ。
    それはあなたの上にやってくる、それは、あなたを満たす、すると、
    それがわかるのよ。
    だけど、それがあなたから離れると、もう全然、それはわからない。

 大田川のほとりの喫茶店で女は男を前にして、ロワール川の流れを見下ろすヌヴェールでの出来事を想起する。二人の意識は遠い記憶の場所に向けられる。男はすでに日本人の建築家ではなく、ドイツ兵として….。

 - きみが地下室にいるとき、ぼくは死んでいたの。
 - あなたは死んでいたわ…そして…。

 こうして過去が現在の時間の中に溢れ出し、二人はヌヴェールの狂気を想起し、生き直す。しかし想起された過去は過去の出来事と同じではなく、コピーですらない。その不可能性ゆえに想起することの苦しみと忘却の苦しみが交錯する。

 - 私は、私たちの物語をしゃべった。
    私は今夜、あの見知らぬ男といっしょに、あなたを裏切った。
    私は、私たちの物語をしゃべった。
    わかるでしょう、あの物語をはべることができたのよ。
    十四年のあいだ、私は二度と見いだしてなかったのよ・・・・あの無鉄砲な恋の味を。
    ヌヴェール以来よ。
    ごらん、私がどんなにあなたを忘れているか・・・・。
 - ごらん。私がどんなにあなたを忘れたか。
    わたしを視てよ。

 しかし、あえて愛を永遠のものとするためには忘却によってそれを保護するほかはない。だから、女は男に向かって叫ぶ。

 - 私はあなたのことを忘れるようになるわ!もう、忘れるわよ! 

 二人は見つめ合うが、すでに相手に関わることすらできない。誰でもなくなった男女は互いを次のように呼び交わす。

 - ヒ・ロ・シ・マ。それがあなたの名前よ。
 - それは、ぼくの名だ。そういうことだ。きみの、きみの名前はヌヴェールだね。
    フラン・スの・ヌ・ヴェール。

 そしてヌヴェールでの狂気がヒロシマの災厄と呼応しあう。
 
 **********

 空間的にも、時間的にも隔たっているがゆえに美しい過去。移動撮影で捉えた柔らかい光線の中の美しい街並み。「無鉄砲な恋」への胸の高鳴りを伝えるモンタージュ。ヌヴェールのパートの撮影はサッシャ・ヴィエルニ。
 
 
  ※ 台詞はマルグリット・デュラス『ヒロシマ、私の恋人/かくも長き不在』(清岡卓行・阪上脩訳・筑摩書房・1985-1970)による。 


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