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声に出して読む、辻原登『円朝芝居噺 夫婦幽霊』

2007年07月11日 | 
 毎年8月11日に谷中の全生庵で開かれる「円朝まつり」で、円朝の幽霊画コレクションが公開される。その中の1幅に円山応岱作「夫婦幽霊」がある。実物はまだお目にかかっていないが、スプラッターでリアルな迫力という点では、コレクションの中でも出色ではないか。おそらくこの絵に導かれて作者は、幻の円朝口演の速記録「夫婦幽霊」の物語を構想したのだろう。

 辻原登『円朝芝居噺 夫婦幽霊』は、ある大学教授の遺品の中から発見された速記録と思しきざら紙の一束、調べれば、それはかの三遊亭円朝が晩年に口演した「夫婦幽霊」の速記で、これを翻訳して、作者が書き改めたものが小説内物語として発表されるという趣向。噺は、御金蔵4千両を盗んだ犯人とこれを突き止めようという大工の棟梁、御町の与力、そして円朝本人に歌舞伎役者の中村仲蔵などの登場人物に安政の大地震がからんで展開される活劇で、作者は円朝の口演スタイルを巧みに再現しながら、後半では、明らかに近代小説の手法が顔を出し、読むものに、この速記が本当に円朝の口演の速記なのかと思わせる、微妙なしかけもあり、まさに辻原ワールド全開。その謎は、この芝居噺が終わったあとの、では作者は誰なのかという部分で意外な人物が登場してオチがつくのだった。

 さて、三遊亭円朝といえば『怪談牡丹燈籠』が有名だが、その口演の速記が翻訳され、ほぼリアルタイムで寄席のライヴが新聞小説のようなスタイルで再現されたという。そうした口演録は、近代小説の言文一致に大きな影響を与えた。現代でいえば池波正太郎の作品群などは円朝的ではないかと思うが、落語でも「文七元結」は円朝原作の人情噺として知られている。

 で、そういえば『志ん朝の落語2』(ちくま文庫)に「文七元結」(「もとゆい」ではなく江戸なまりで「もっとい」とよむそうで)があったと思い出し、そう、これもまさに志ん朝の口演速記録。これを読みながら、朝の出勤電車に乗ったはいいが、マンフラこれがいけません。不覚にも涙腺が緩み、思わず電車の天井を仰いでしまったのだった。

 それは、吉原の佐野槌の女将が左官の棟梁の長兵衛に50両を貸し、自分の娘に礼を言えと諭す件で、最初は意地を張っていた長兵衛が、耐え切れなくなって涙ながらに娘に自分の醜態悪態を詫び、礼を言う場面なのだった。意地を張りながらも娘にすまねえと思う相反する感情の堰が一気にはずれる、そのタイミングと間が絶妙なのだ。文字を読むというだけでなく、明らかに志ん朝さんの声が頭の中で鳴っているからこそなのだ。

『夫婦幽霊』の作者辻原登は、この小説を書くに当たって、円朝節とでもいう文体を円朝の数々の名作を声に出して読むことでつかんだのだという。声に出して読む、書き写すといった小学生の頃は退屈だと思っていた行為には、確かに創造の精霊のようなものが宿っているのかもしれない。

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1 コメント

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ブログやってますw (まとめる君)
2007-07-13 15:56:27
おいらもブログやってるんで、
よかったら遊びに来てください!
http://natuiro.net/ha/663
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