花ざくろ
桑の実や戻橋よりもどらぬか
一人ッ子見上ぐ泰山木の花
忍冬の花の匂ひを指に嗅ぐ
えごの花ふりやまず夜を白くせり
竹ざるの篠の子どれも伸び盛り
花ざくろ双子の姉の影長し
機織の一斉に止み柿の花
四方の田へ山嶺映しあいの風
蟻ぞろぞろ金輪際より湧き出る
夏暁の貨物列車のながながし
吊革に磔まねてゐる夏夜
船頭の歌に親しき緑雨かな
稲妻を抜け隧道を信濃路へ
そら豆の皮を並べて楸邨忌
(「篠」205号より)
ピノノワール
黒猫の招き人形夢二の忌
蜩に惑はされたる森の道
盆波の浜に傘さす二人かな
十二支になれぬ熊猫の秋愁
横車押され夜業の人となり
秋の薔薇ピノノワールの瓶に差し
虫すだくピカソの名前いとながし
夕刊を待たずに落つる木槿かな
脛だけを覗かせてゐる秋簾
他人めく横顔残暑の三面鏡
威勢よき鳥のかたちの鳥威
朝採りの秋果売り切れ道の駅
海鳴や立ち尽くしたる曼珠沙華
友釣の竿を家宝と苦うるか
(「篠」206号より)
さりさり
鯖雲と言へば鰯と言ひ返し
先客に亀虫の居る峡の宿
絵巻解くやうにさりさり林檎剥く
屏風絵の銀泥黒む十三夜
白球の行方にもみじ冬紅葉
木枯の真夜を煙草火ぽうとして
世の終り説く軽トラック空つ風
桑枯れや猫神様と三毛呼ばれ
猫舌が鍋焼うどん真つ先に
じつとして命を溜める榾火かな
日向ぼこり立つ理科室のされかうべ
百体の水子観音帰り花
冬茜コロッケひとつ売れ残り
初時雨波止場の汽笛高からず
(「篠」207号より)
雪形
立子忌や石の月まで駅五つ
春愁や水に占ふ恋御籤
料峭や柞の杜に迷ひ入る
峡深く光生まるる雪解川
春の雪安曇比羅夫の像濡らす
手水舎のきさらぎの水硬からず
雪形は種蒔く翁爺ケ岳
春耕や常念岳は雲を出づ
春月はここに置けよと常念坊
山笑ふ羊の骨のスープ炊く
淡雪や料紙にかなの柔らかく
虹色の羽紛れたる春の泥
春光や月光菩薩の腰しなる
煙草臭き古書のラディゲや春の暮
神厩の神馬は木馬冴返る
北窓開く少し遅れて鳩時計
桑ほどくむらさき匂ふ奥秩父
(「篠」208号より)