ポンコツ
少しづつポンコツになる古希の春
春の雪匙に崩るる角砂糖
永き日や革のソファのひび割れて
藪椿落つる準備をしてゐたる
寄せ合うて山茱萸の花戦ぎ出し
身をこそぐうちに冷めたる蜆汁
春の夢エンドマークが出て終はる
冴返るとりわけ東京タワーなら
おはようと春帽浮かせ古希の人
先生の声あたたかし夢に居て
薄氷が閉じ込めてゐる光かな
花器もなく庭の椿を手折りては
飯碗の濯ぎに残す花菜漬
春の夜の仏間に一人寝てゐたる
(「篠」204号より/2023年)
ポンコツ
少しづつポンコツになる古希の春
春の雪匙に崩るる角砂糖
永き日や革のソファのひび割れて
藪椿落つる準備をしてゐたる
寄せ合うて山茱萸の花戦ぎ出し
身をこそぐうちに冷めたる蜆汁
春の夢エンドマークが出て終はる
冴返るとりわけ東京タワーなら
おはようと春帽浮かせ古希の人
先生の声あたたかし夢に居て
薄氷が閉じ込めてゐる光かな
花器もなく庭の椿を手折りては
飯碗の濯ぎに残す花菜漬
春の夜の仏間に一人寝てゐたる
(「篠」204号より/2023年)
日向ぼこ
冬眠の寝息をまたぐ軍靴かな
地球儀へ水ッ洟落つリトアニア
思ひ出すやうにたばしる霰かな
地獄絵の鬼の貌してゐる魴鮄
冬天や脚の短き馬引かる
福耳のピアスの穴や霜焼けて
盛り塩を変へて笹鳴く裏鬼門
村の名にゼウス秘す里冬日燦
手に馴染む菜切包丁かぶら汁
こんな顔のまんま死にたき日向ぼこ
しみじみと燗酒通る胃の腑かな
ジャン・ギャバン真似てコートの襟たてり
裸木となりて素性は分かりかね
指先を舐る冬薔薇刺したれば
(「篠」203号/2022年)
紙の月
玻璃の戸に影を踊らせ秋の水
朝刊のことんと届き新豆腐
鳩吹くや水音低き峡に風
行き合ひの空や風鐸動かざる
琅玕の闇のはずれを秋灯
昆虫の貌してむくろ法師蟬
鷹揚に行きも帰りも茄子の馬
片影を教会の影突き出して
あをあをと海もえ残る凌霄花
アスファルトの雨粒黒き敗戦日
ひぐらしや露人ミハエル眠る墓地
村芝居神楽殿には紙の月
母の歌ふ黒人霊歌ダリア咲く
秋扇いちいち指図したる手に
(「篠」202号より/2022年)
今日はクリント・イーストウッドの93歳の誕生日。そんなわけで、イーストウッド監督作品で最も人気のなかったとも、失敗作とも言われるのですが、僕の大好きな映画の一つである「真夜中のサバナ」を。
イーストウッド監督作品としては20作目、あの「マディソン郡の橋」の後の作品で、本人が出演していないのは「バード」以来。そんなことより、舞台になっているジョージア州サバナは、作詞・作曲家として知られるジョニー・マーサーの生誕地。実際この映画でもマーサー邸が舞台になっているのですが、とにかくマーサーの曲がたっぷり聴けるというのが魅力。イーストウッドはマーサーのドキュメンタリーも作っているくらいで、この映画もマーサー愛に溢れたフィルムです。
砂漠の民
咲き急ぐ桜を笑ふ鳩時計
春帽子投ぐ名画座の空席へ
島影の百重なしたる卯波かな
「民族の祭典」冷房効きすぎる
桑の実やくに境まで橋二本
手に馴染む石を拾うて夏の川
まぐはひも人の手を借る蚕蛾かな
橋裏を仰ぐ白雨の過ぐるま
にんげんの声に驚く山の秋
仏具屋の夜寒を金のほとけさま
月天心裸身を反らすボレロかな
すめろぎはそこに御座すや浮寝鳥
月蝕はラルゴのやうに神の留守
憂国忌さくら餡ぱんはんぶんこ
青纏ふ砂漠の民や寒昴
(「俳句大学」7号 2022年掲載)
青き踏む
春帽子祈りの時は胸にあて
青き踏む風にいちまい鳩の羽
おろしやの火酒割りたる雪解水
あしあとは裏の森より木の根明く
蹼に淡き血の脈水温む ※蹼:みづかき
コンセントに生かされてゐる熱帯魚
片影を教会の影突き出して
ひぐらしや露人ミハエル眠る墓地
琅玕の闇のはずれを秋灯
昆虫の貌してむくろ法師蟬
御射鹿池の深き縹(はなだ)や緋衣草 ※縹:はなだ
いとど鳴く切腹最中腹いつぱい
二度聞いてまた聞き返す夜長かな
不器用な男とあたる焚火かな
(俳句大学8号掲載 2023年3月)