日暮らし通信

その日暮らしの生活でも、感謝しています

日頃、見た事・聞いた事・感じた事・そして言いたい事などを発信します

日暮らし通信・雑感

2016年11月30日 13時27分24秒 | 日暮らし通信
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■□ 写真タイトル と 撮影場所 □■

ムクドリ と 柿の実

空堀川沿いにて
(撮影: H281128)



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妻との二人暮らしの毎日だが、行動制限のある私たちだから、楽しみと言えば 「食べること、テレビを見ること、そして寝ること」 くらいしか無い侘しい生活だが、私たちは案外単調な生活にも慣れて耐える力を神様から授かっているらしい

一生生きても 「幸せの定義」 となる全ての条件を知らないまま終るかも知れないが、それは誰もが皆違う環境の中で生きているからその条件も異なるからだろう

しかし 「奥さんが三度の食事を作ってくれる」 ことに慣れすぎてあまり有難さを感じない男性が多いだろうが、私からすればその奥さんの存在は間違いなく 「男の幸せ」 の条件の一つだと思っている

さて、私たちの楽しみである 「食べること」 とは美味しい料理を食べることでは無く 「何でもいいから、毎日三度食べることができること」 だから世間並みのことを楽しんでいるに過ぎない

気紛れな私は時々空想する
それは私が食卓で新聞を読んでいると、キッチンでは妻が夕食の支度をしている、そんな空想だ
そして間もなく食事の時間となるが 「今夜の晩酌の肴は何だろう?」 と、私は期待するばかりで何もしない 「自称・亭主関白」 なのだが
突然、そこで空想の幕が降りた

もし、そんな空想が現実で存在している家庭があれば、そこの 「亭主殿」 は 「最高の幸せ」 だと私は羨ましく思うだろう
 「食べること」 は生活の源でもあるが、その構成基盤が崩れてしまった我が家では変則的な 「食生活」 を我慢するしかない

このところ妻の容態もほぼ安定しているが、それは私にとっては 「掛け替えのない幸せ」 の大切な条件でもある

だが今日のブログは右往左往しているような内容になりましたが、()しからずご容赦ください




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今日は妻の通院日

2016年11月29日 11時20分30秒 | 日暮らし通信
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■□ 写真タイトル と 撮影場所 □■

9階で富士山を望む

妻が入院していた病院にて
(撮影: H181009)



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今日は妻の通院日だから携帯電話にセットしておいた目覚まし時計のチャイムで3時半に目が覚めた
妻はまだ起きるのに抵抗があるようだが 「今日は○○先生に逢いに行くぞ~」 と、発破(はっぱ)を掛けて起こしたが、この時間、まだ誰だって真夜中ムードだから眠いのは当たり前のことだろう

最近は長男の嫁さんに同行をお願いしているが、約束通りに6時半前には来てくれたのですぐに出発した
東京の日の出はこの頃だが、まだ外は暗い

冬の時期になると心配なのは雪の影響だ
今年は一月の通院日の前日に東京は大雪が降ったので車で妻を連れて行けないので、予約をキャンセルしたり新たに予約したりとしたが、電話がなかなか繋がらず予約取りで半日仕事になってしまった

今日は雪の心配は無かったが、次ぎの通院は二月下旬なのでまた雪が降らないようにと願うしかない

家を出て間もなく外も明るくなったが、9時予約なので8時に出れば間に合うはずだが、その時間帯は道路渋滞と遅くなると病院の駐車場はすぐ満杯になるので早めに出ることにしている

この道のりはもう何百回も通っているが、入院当初はいつも深刻な心情の中で妻の快癒を願うばかりで、何の余裕も無いような気持ちで運転していたことを想い出す

最初の入院からもう11年が過ぎたが、退院後に起きた妻の様々な症状は私を苦しめたが、それも過ぎて(しま)えば一つの想い出として懐かしくもある

今日も 「待つのは永いが、診察はすぐ終る」 が実感だったが、妻が診察を終えた頃、待合ロビーでは大勢の高齢者が診察を待っている光景は今日も同じだった

10時過ぎ、無事に帰って安堵したが、今年はこれから何事も無ければ妻の通院も今日が最後、残り少ない日々を無事に過ごせることを信じている





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秩父路への想い出

2016年11月28日 10時51分50秒 | 日暮らし通信
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■□ 写真タイトル と 撮影場所 □■

三峯神社本殿

三峯山にて
(撮影: H170812)



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先日、娘夫婦が秩父方面から三峯山・三峯神社までドライブしたとの話しを聞いて懐かしくなった

かつては私たちも年に四、五回は秩父路をドライブコースとして楽しんだ想い出がある

私のメモ帳を調べてみると、秩父路を最後にドライブしたのは平成17年8月のことだからもう11年も前のことであったが、そのメモ帳には

8月12日 (金曜日) 晴れ。9時過ぎマーチ (当時はマーチに乗っていた) で家を出る
西武池袋線の所沢陸橋 → 所沢市内 → 上新井経由で飯能バイパスへ入る

その後、宮沢湖前を通って、国道299号線で正丸(しおまる)峠 → 秩父市内 → 秩父湖 → 三峯(みつみね)神社へ向かった

帰路も299号線を走り、途中 「芦ヶ久保・JA直売所」 で野菜、鈴虫などを買った
入曽(いりそ)経由で16時前帰る

と、ざっくばらんに書かれていた

三峯神社へ好んで行くようになったのは、趣味のアマチュア無線が高じたためだった
高い所から電波を飛ばせば、遠くまで届いて多くの局長さんと交信できたから、どうしても山行きが多くなってしまったが、電波を出すのが格好の場所が三峯神社だった

妻も苦労してやっとアマチュア無線技士の国家試験に合格したが、その後はあまり関心も無いようで、もっぱら私に付き合うだけのアマチュア無線の趣味だった

娘の話によると、その時は霧が深かったそうだが、視界不良の中を、あの秩父湖から三峯神社までの曲がりくねった山道をよくもドライブしたものだと驚いた

私ももう少し妻の容態が安定したら、以前のように妻同伴で秩父路をドライブしたいと願っているが、それがいつになるのかは判らない





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今日が千秋楽

2016年11月27日 11時17分21秒 | ちょっと一言

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■□ 写真タイトル と 撮影場所 □■

ウキツリボク (浮釣木)

空堀川沿いの民家にて
(撮影: H281127)



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大相撲九州場所は今日が千秋楽だが、昨日、十四日目でモンゴル出身の横綱・鶴竜の優勝が決まった
期待されていた日本人力士はまたも大相撲ファンの期待に応えられなかったが、大勢の人の溜息が聞こえてくるような今場所でもある

三日連続して横綱を破った稀勢の里には誰もが二敗を守って優勝するようにと願っていたが、十三日目、平幕六枚目の力士に敗れて敢え無く優勝戦線から脱落したのは不甲斐ないの一言だ

横綱を破った時は抜群の強さを発揮するのはやはり稀勢の里だが、平幕力士に呆気なく敗れるのもやはり稀勢の里だと、私は思ったがもっと踏ん張れないものだろうか

年間68勝で最多勝記録者にはなったが、優勝無しでのこのタイトル獲得は始めてのようなので、そのアンバランスを本人はどのように受け止めているのだろうか?

それと先場所優勝の大関・豪栄道も既に五敗、日本人力士としてやっと優勝した琴奨菊も十敗、照ノ富士も六敗とは大関の地位に相応しくない星取りである

私は持論で 「大相撲を盛り上げるのは大関陣の活躍」 と、再々言っているが、今場所もそれが明らかになっている

千秋楽を待たずに優勝者が決まるのは大相撲ファンとしてはあまり望まず、やはり千秋楽で大関がらみで横綱との取り組みで優勝が決まるのが一番見応えがあると考えている

今日はあまり見たくない千秋楽だが、こんな調子では日本人力士の横綱昇進はまだまだ先のような気がする




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夕食は 「田舎めし弁当」 です

2016年11月26日 14時10分44秒 | 日暮らし通信
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田舎めし弁当

自宅DKにて
(撮影: H281126)



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妻が利用している宅配弁当は週五日制だから、土、日曜日それと祝祭日には夕食を準備しなければならない

七日制の宅配もあるが、それは祝祭日でも配達されるので便利ではあるが、たまには代わった食事をと、あえて五日制にしている

今日もまた 「妻の夕食は何にしようか?」 と思案したが、いつも思うのは 「人間はどうして三食も食べるのだろうか?」 との疑問がいつも出てくるほど、夕食選びも面倒だと思っている

もっと私が料理できれば簡単に食べる物を選べるだろうが、それが出来ないからまだ主夫のお墨付きは未だに貰えていない

今日も妻とスーパーに買い物に行ったが 「好きな物があるならどうぞ?」 と、選択権を与えたが妻がいつも選ぶのが 「田舎めし弁当 (写真)」 だ

店頭には何種類かのお弁当が並べられているが、私はカロリーだけは見る癖があるのでどれでもいいと言うものでもないが、この 「田舎めし弁当」 は量もカロリーもそして値段も手頃なので妻の言う通りに任せている

だがいつもスーパーのお弁当では申し訳ないのでたまには私の手料理もあるが、どうしてもこのようなお弁当に頼る事が多くなっている

幸いにも妻は何でも食べるから助かるが、それは戦中生まれだから戦後の食べる物の有難さを判っているからだろうが、いつも 「田舎めし弁当」 を食べても米粒一つも残さないのは流石だと思っている

でもね 「田舎めし弁当」 を食べている妻を見ていると、何とも侘しくて、寂しくて、悲しくもなるが、本人は満足して美味しそうな雰囲気だから 「これも私たちの人生か」 と、割り切ることにしている





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今日は快晴です

2016年11月25日 11時15分32秒 | 日暮らし通信
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■□ 写真タイトル と 撮影場所 □■

中央に富士山が見えます

空堀川左岸から西方を望む
(撮影: H281125)



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今朝、五時半過ぎ、庭の外気温はマイナス3度だったが、これは真冬でも珍しいような低さだった

この辺りの積雪量は約8センチくらいだったが、この気温の低さで心配なのは道路の凍結だった
あまり凍っているようだったら、妻との散歩も止めようと考えていたが、意外と道路上の雪は溶けてしまったようで、極端な日陰を除いては大丈夫のようだ

朝から快晴なのでお日様の光が眩しく感じられるが、それは残雪で反射したために照度が増しているからだろう

昨日、富士吉田市では道路の雪かきをしていた父親らと一緒にいた一歳の女児が用水路に転落し、500メートル下流で父親に救助され、病院に搬送されたが心肺停止の重体とのニュースは痛ましい限りの出来事だった

現場近くでは22センチの積雪があったそうだが、幼い女児が何故雪の中を歩けたのだろうか? 意識が回復することを願うばかりだ

東京では54年振りの初雪とのことだったが、11月なのにこの調子ではこの冬はどのような天候になるのか? と、気が重くなってしまった

9時半過ぎ、いつものように妻と歩き始めたが、道路には雪も無かったので、いつもの調子で歩くことができたが
昨日は少し流れがあった空堀川はまたいつものように、白い石を敷き詰めた川底が見える姿になってしまった





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やはり雪になりました

2016年11月24日 10時28分17秒 | 日暮らし通信
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雪の中、左岸から栗木橋を望む

空堀川沿いにて
(撮影: H281124 09:56)



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今朝も5時前に起きた
外は雪? ではなくて音がするほど雨が降っていたが、6時半過ぎには雪となった

この11月に東京に雪が降るのは54年振りとのことだが、それは昭和37年以来のことらしい

この雪のお陰で都内の交通網はだいぶ混乱しているらしい
雪に弱い東京の素顔が丸出しになって、通勤、通学の人たちはご苦労なことでした

今日は妻のDS行きの日なので、送迎の車は大丈夫か? と心配したが、やはりその通りだった

8時前に電話があって 「ドライバーがまだ出勤していません。また後で電話します」 とのことだったので車の手配で大変らしい

迎えに来たのは9時、ドライバーの施設長さんが 「今日は早めに終りますのでよろしく」 と、早仕舞いの予定らしい

私は9時半前、独りで歩いて近くのスーパーへ買い物に行ったが、カメラ持参で雪景色でも撮るつもりだった

雪はかなり勢いのある降り方をしているが、このように雪の中を歩くと、いつもの散歩とは違った趣が感じられた

白い世界になるといつも見慣れた景色も別世界のように思えて、雪という自然の営みにしばし飲み込まれたようでもあった

この雪は午後3時頃まで降るとの予想なので、都内や多摩地域でもかなり混乱が予想されるだろう

それにしてもまだ11月、これからが本番の冬の期間だが 「今までにはありませんでした」 と、想定外の自然災害が起こらないことを望みたいものだ




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明日は雪?

2016年11月23日 14時07分40秒 | 日暮らし通信
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ドウダン 鮮やか

街中にて
(撮影: H281124)



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今日は寒い
今朝は北風も強かったが、午後にはその風も止んだが朝から外気温も10度で、日中になっても同じ数字を指している

気象情報によれば関東地方上空には真冬並みの 「冬将軍」 がやって来るのと、南岸沿いに低気圧が発生するので、今日夕方からは雨でその後は関東の平野部でも降雪があるそうです

 「まだ11月だよ~」 と冬将軍にはお引き取り願いたいが、もし東京地方に降雪があって、積雪となると両方とも気象史上では新記録となるらしい

今日妻はDS行きなので、予定していたやりたい事があったが、それは明日に延期した

東京地方では明日朝は雪が降って気温が1度の予報だが、私が住んでいる東村山 (多摩東部) は東京よりは2,3度低いので明日は超寒いことが考えられるので、午前中は早々と庭の 「立水栓」 に冬囲いをすることにした

水道が凍結することはないだろうが昨今では 「今までは起こらなかったことが起こった」 との事例が多いので、私も先取りすることにした

私のメモ帳を見ると昨年は 「12月27日に冬囲いした」 と書いてあるから今年はずいぶんと早めの処置となった

午後になるともうどんよりと厚い雲に覆われているから、いつ雪が降っても可笑しくない空模様になった

東村山でこのような状況だから、北国では大雪になるかもしれませんのでご注意ください





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今日は 『いい ふうふ の日』 

2016年11月22日 08時57分58秒 | 日暮らし通信
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■□ 写真タイトル と 撮影場所 □■

初冬に咲く薔薇一輪

空堀川沿いにて
(撮影: H281121)



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私は歴史上で最も好きな人物が 「織田信長」 だが、桶狭間の戦いの時に信長が 『敦盛(あつもり)』 を舞ったのは有名な話しだ

  『人間五十年 下天(げてん)の内をくらぶれば 夢幻(ゆめまぼろし)のごとくなり』

今では 「当時の平均寿命から、人の一生は五十年に過ぎない」 という意味と説明される場合があるが、この一節は人の世の時の流れの(はかな)さについて説明しているだけで、人の一生が五十年と言っているわけではないそうだ

私もこの五十年の意味を人の一生のことだと思っていたので、大幅な脳内の知識改革が必要になった

でも人生五十年となると、単純に考えても半世紀だから私にとっては大きな意味のあることだ

特に今日22日で妻と一緒になってから五十年目を迎えた
その五十年は短いようでもあり、永いようでもあるが、あっという間に時が過ぎただけのような気もする

あの島倉お千代さんが唄った 「人生いろいろ」 の歌詞を聞くと実によく人生の悲哀が織り込まれていて好きな歌だが、その通りにいろいろなことがあったが、多くは忘れてしまったのはそれだけ無難な人生だった証拠だろう

今の時代は離婚と言う言葉はあまり抵抗なく受け入れているだろうが、私たちの若い時代ではそれは考えも、聞きもしなかったし、実際に離婚しているケースは希だったように記憶しているが 「お互いにじいっと我慢する」 ことが当たり前の風潮だった時代だったのだろう

私には妻との五十年を振り返ると大きな出来事は二つあった
その一番の出来事が 「思いがけなく妻が(やまい)を得たこと」 だった

いずれはどちらかが病気になるだろうと思っていたが、元気だった妻が先になるとは思いもよらないことだったので、それによって私の生活環境は一変してしまった

それによってこの五十年の約五分の一は妻の介護に明け暮れてしまったが、私が倒れるよりその方が良かったのではと諦めているが、妻が私を介護することを想像すると現状を素直に受け入れるしかない

二番目は 「四十数年間住み慣れた家を転居した」 出来事だった

私が人生の中で最も一生懸命に働いたのは転居するために必要な不要品の整理作業だった
四十数年間住んだ結果、物理的に貯まった物資は計り知れないほどの量だったが、それを何とか処分するのは大変な仕事だった

築年数も古い家だったこともあったが、妻の介護のためのリハビリに有効な場所を探しての転居だった
好きな園芸も止めようと、庭には防水シートを敷いて、その上に白砂利を置いて一切樹木を植えず、妻の介護を優先するためにここを選んだ

そして 『三番目の出来事』 は数え切れないほどあるが、それは省くことにしよう

結婚して五十年目を夫婦そろって祝うことを 『金婚式』 と言うそうだが、今日11月22日 (いい ふうふ の日) は妻と共に長い人生を乗り越えてきた意義をじっくりと噛みしめてみよう

さあ~て、月並みだが次ぎは五十五年目の 『エメラルド婚式』 を目指すことにしよう

今日は私たちにとっては記念すべき日だが、早朝6時、大きな横揺れがあって 「あっ、地震だ」 と妻と身構えてしまった
改めて 「地震は怖い」 と実感したが、東北地方の皆様には被害は無かったであろうか?




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水道メーター交換

2016年11月21日 11時06分20秒 | 日暮らし通信
日暮らし通信
■□ 撮影場所 □■

我が家の水道メーター

自宅にて


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交換前 (撮影: H281113)


交換後 (撮影: H281121)




10時半過ぎ、インターフォンが鳴った

用件を確かめて玄関ドアを開けると若者が 「・・ちはー 水道メーターの交換にやってきました」 と、チョコンと頭を下げた

そう言えば、数日前に 「水道メーター取り替えのお知らせ」 のチラシが来ていたのを想い出した

そのチラシによると 「我が家に設置されている水道メーターは間もなく計量法に定める8年の有効期限を迎えますので、取り替えます」 との説明があった

 「へえ~ 計量法ってあるんだ?」 と知ったが、8年というのは何を根拠に交換するのだろうか?

入り口にある水道メーターなどは覗いたこともないが交換するので写真を撮っておいた

このメーターは普段は検針に来る女性くらいしか見ないが、毎日クルクルと回って水の量を刻んでいるのか、と思うと 「ご苦労さま」 とお礼を言いたくなった

ネットで 「水道メーターは何故交換するのか?」 と入力して検索すると、説明の要約は 「水道メーターは、長く使用すれば、正確さ・構造などに変化を生じるおそれあり」 とのことだった
そして 「実験室での加速耐久試験では8年相当経過した後でも性能の劣化は顕著に現れず、8年間使用するための耐久性を有している」 との結果から安心してメーターに量計算を任せることができることは間違いない

世界で蛇口から直接飲料水として飲める国はそう数あるものでは無いと聞いたが、そのような浄水された水をいつでも飲めるのは有り難いことだ

水は生活には欠かせない命の(みなもと)でもある
日頃 「水が飲めるのは当たり前」 と、思っているだろうが、このメーター交換を期に、その水の有難さに感謝したいものです

メーター交換は10分ほどで終ったが、次回の交換は平成36年? その時私が居るかどうかは神様しかご存じないだろう?




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やっと慣れました

2016年11月20日 11時02分00秒 | 日暮らし通信
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Windows 10 の画面です

自宅にて
(撮影: H281120)



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OS Windows 10 を搭載した新しいパソコンを購入したのは9月28日のことだった

その後、各種設定ではいろいろと苦労したが、何とか使えるようになった

今までは永年 OS Vista を使ってきたのでそれに慣れきっていたので戸惑いもあったが、多くの導入部は変わっていても中身は同じような感覚なのに気が付くと後は気が楽にもなった

私は Windows 7、8 などを使った経験が無いので Vista からいきなり Windows 10 に変わったのでそれまでの OS の変化は全く判らないが Vista と比べると利便性はかなり高くなったように感じている

写真は起動後のディスクトップ画面上で左下の 「スタートボタン」 を左クリックした後の画面だが、これを見ても多くの変化があることが判る

詳細は省くが、左側には 「全てのプログラム」 がこのように一覧形式で表示されているが、下側のタスクバーにも好きなアプリを表示できて簡単操作できるから便利だ

それと私はメールは Outlook 2016 を使っているが、 Vista の時は訳の判らぬ迷惑メールが毎日多数着信したが、今ではほとんど無くなったことに助かっている
Windows 10 ではセキュリティもかなり強化されたと聞いたが、そのお陰で迷惑メールの悩みが解消されたと実感している

Windows 10 を全てマスターした訳ではないが、私のパソコン生活に必要な操作はほぼ判ったと思っている
しかし、これから使っていく中でまだまだ判らない事がたくさん起こることだろう

この新しいパソコンのお陰で暫く忘れていたパソコン知識もまたリフレッシュされたが、何の楽しみもない私にとっては良いタイミングでのパソコン購入だった

蛇足ですが、この写真はキーボード上の 「画面コピー (Prt Sc Sys Rq) 」 ボタンでコピーしてペイントに貼り付け、サイズ変更したものですが、 「画面コピー 」 ボタンは便利な道具です

パソコンとは不思議な道具で、何故、このような訳も判らない道具が、この世で発達したのであろうか?

そんな不思議な道具に魅せられて、私も永い間付き合う内に友達になってしまった
妻を介護しながらの唯一つの楽しみはパソコンでブログ投稿するくらいだが、「こんなはずでは無かった」 と、いつも考えながらふと気付くと私はまたキーボードを叩いている





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 『消しましょう その火その時 その場所で』 

2016年11月19日 14時14分53秒 | 街角から
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■□ 写真タイトル と 撮影場所 □■

自治会の立てた幟

街角にて
(撮影: H281113)



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朝早く、雨の降る音と共に地域の消防分団のサイレンが鳴っていた、こんな時間に火事? だがそのサイレンも短い時間で終ったから、大事にはならなかったのだろう

テレビでも火事のニュースが報道されるのは必ず亡くなった人が複数の場合が多いが、気になるのは 「その原因は何だろう?」 と、いつも思わずにいられない

 「地震、雷、火事、親父」 と、四位の存在は少しぐらついているのを除いては、他の存在は怖く、番付三位の火事は依然として被害も多い

既に恒例の 「秋季全国火災予防運動」 は終ったが、今年の防火標語は 『消しましょう その火その時 その場所で』 とのことだったが、この標語果たしてどれくらいの人が知っているでしょうか?

この運動が始まると我が家が加入している自治会では役員さんが写真のような幟をあちこちに立てて 「火の用心」 を呼びかけているが、それはあまりにも形式的な活動のようだ

 「火事」 と聞くと子供の頃を想い出す

その頃は 「半鐘(はんしょう)」 が鳴ると表に飛び出して東西南北を見渡すと、必ずどこかで火事の炎が明るく輝いて見えたものだった
特に夜ならば暗い空を焦がす明るさは遠くから見ても怖ろしいような夜景だった

今のように住宅も少ないから視界も良く、それと木材家屋で燃えやすいため炎の勢いもあったから、火事場の方角が簡単に判り、大人たちはその方角に身内が住んでいると早々と駆け付けたようだった

今は建築材料も変わったから火事になっても炎より黒煙となるようだが、住宅が増えて視界が悪くなったので火事現場が何処かは全く判らない

ところで 「半鐘」 と書いたが、この時代では判らない人も多いのではなかろうか?
当市にもかつて各部落には 「火の見櫓(ひのみやぐら)」 と呼ばれた望楼(ぼうろう)があってその上部には半鐘が取り付けられ、火災などの異常発生時に鐘を鳴らして地域の消防団を招集するとともに近隣住民に危険を知らせた、大切な情報伝達手段だった

半鐘は地域毎に鐘の打ち方が定められ、火災の大まかな場所や災害の種類が分かるようになっており、また他にも時報や慶弔など様々な情報を伝えるために使う地域もあったらしい

もう当市では見ることはできないが、地方ではまだ火の見櫓が存在するそうだが、機械化された現在ではどのように利用されているのだろうか?

このブログでは少しでも 「秋季全国火災予防運動」 のお手伝いをするつもりだったが時期を逸してしまい、半鐘の話しに脱線してしまった

でも火事は怖いから私も 『消しましょう その火その時 その場所で』 の標語を忘れずに普段の生活の中で気を付けるつもりです




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こんな所にも科学進歩の恩恵が

2016年11月18日 13時59分28秒 | 日暮らし通信
日暮らし通信
■□ 撮影場所 □■

自宅にて
(撮影: H281118)


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洗面器 と 風呂椅子


私のガラケイ




先日、このブログで 「博多大規模陥没事故」 の復旧工事の見事さを賞賛したが、各分野に渡る科学・技術進歩の恩恵は私たちの生活の中にもたくさん存在していることはあまり知られていないだろう

最近はプラスチック製品などの表面に傷がつかないことや、水垢などの付着がほとんど無いことが私たちの暮らしの中にあるはずだ

一ヶ月ほど前、もう十五年以上も浴室で使っていたプラスチック製の洗面器が縦に割れて使えなくなった
この洗面器、結構小まめに洗浄剤を使って洗っていたのだが、一週間も使えば水垢やカビが付いて黒ずんでくるのが常のことだった

同じように永年使っていた風呂椅子も短期間で汚れが付着するのが気になっていた

そこで洗面器と風呂椅子を新しく買うことにしたが、商品に 「抗菌・防カビ」 のシールが貼ってあるのを選ぶことにした

両方共、使い出してから約一ヶ月経ったが、水垢やカビが付着しないのは有り難いことで、おそらくは表面に特殊な塗料をコーティングしているからだろう

いつも使用後は簡単に水洗いしているが、その程度のことで当分は綺麗な状態で使えそうだが、このようなことも現代科学の恩恵かもしれない

それともう一つの例がある

私が持っているガラケイの表面にキズが付かないことも技術進歩の賜物と思っている

今のガラケイの前の前のガラケイ (四年ほど前だが) は二年使ったら本体の表も裏もキズだらけだった
しかし、今持ちのガラケイには写真のようにキズ一つなく、ピカピカしている
いつも注意しながら持っているが、キズを付ける条件はたくさんあるので、それに対して表面はやはり特殊な塗料でコーティングされて保護されているからだろう

このように特殊なコーティングのお陰で容器類などは長持ちするだろうが、ならば、人間の胎内用のコーティング剤が存在すれば健康が保てて有り難いのだが、いつかはそんね空想も実現するかもしれない
でも私はとてもそれまで待てそうにもない






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悲しい知らせ

2016年11月17日 10時56分01秒 | 日暮らし通信
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温室からひょこり
お父さんが出てきそうな気がする

温室近傍の道路にて
(撮影: H280525)



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昨日、かつて一緒に働いた女性パートさん二人が我が家に来てくれた
元気そうな姿に安堵したが、お二人からの用件は 「かつてお世話になった園芸農家のご主人さまが亡くなった」 との悲しい知らせだった

お二人にはその用件のためにご足労を掛けたたことに感謝するばかりだったが、その訃報はあまりにも私には辛すぎる内容だった

働いている誰もがご主人さまを 「お父さん、お父さん」 と呼びながら親しみを込めてのお付き合いをさせてもらった

もし、私がまた男として生まれることが出来たなら、お父さんのような性格の男になりたいといつも願ったほどの、温和で怒る表情などは見たこともない優しさ溢れる男性だった

私も約四分の三世紀を生きながら多くの男性との出逢いがあったがその中で 「最も素晴らしい男」 のイメージを持っていたのがお父さんだった

私以上にご家族皆様のご心痛の深さは想像だに出来ないが、神様は何故まだ若いお父さんを天国に召してしまったのだろうか?

 「私のメモ帳」 によれば、お父さんと最後に会ったのは5月31日の午後のことだった
わざわざ自宅に来ていただき、大根などの野菜をいただいたが、その時の元気そうな姿は今でも鮮明に覚えている

目を閉じれば、温室の中でお父さんと共に働いた光景が私の脳裏に次ぎから次へと浮かんでくる

悲しみは尽きないが、ご家族皆様へ哀悼の誠を捧げると共に、「お父さん、いろいろお世話になりました」 と万感の気持ちを重ねて感謝申し上げます
                               合掌





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早い復旧で驚きました

2016年11月16日 10時17分35秒 | ちょっと一言


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美味しそう

空堀川沿いの民家にて
(撮影: H281116)



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日本はいろいろな分野で優れた技術を持っているが、最近 「凄いなあ~」 と絶賛したのが九州博多で起きた 「大規模陥没事故」 の復旧作業だった

事故が起きたのは8日早朝、穴は深さ最大15メートル、幅約15メートル、長さ約30メートルにも達したそうだが、その穴の大きさは半端な容積ではない

この陥没で交通遮断は勿論、停電やガス、電話などのライフラインも停止になったから市民生活に大きな影響が出た

私はこの巨大な穴をどのように復旧するのかと興味を持ったが、福岡市長は早々に 「14日までに復旧します」 と発表したからまた驚いた

その後、24時間態勢で復旧作業にあたり、14日は降雨による作業中断もあったようだが、15日午前5時、現場の道路の通行止めと周辺のビル3棟で継続していた避難勧告を解除した

事故から一週間で通行を再開した見事な復旧作業だった

この再開のニュースを聞いて 「日本の技術は凄い」 と、改めて感じたが、復旧するのはその技術力だけではなく、予定通りに進めるための工程管理は一体誰がどのように組立て、その進捗状況をどのようにフォローしたのであろうか? とそれを知りたくなったが
現場の作業は指示すれば進むであろうが、それを統括して全体的な進捗を確認するのは容易(たやす)いことではないはずだ

何はともあれ、あの巨大な陥没現場を一週間で元通りにするなんて信じられないことだった
復旧作業に携わった皆様、ご苦労さまでした




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