J・ボードリアールと城山三郎に合掌

2007年03月23日 | Weblog
都知事選などに自分の関心が行っている間に今月は自分にとって印象に残る人が物故者になった。

  仏を代表する思想家、ジャン・ボードリヤール氏死去 (2007年03月07日10時18分 asahi.comより)
 現代フランスを代表する思想家で、消費社会や情報社会への鋭い批評で知られた社会学者のジャン・ボードリヤール氏が6日、パリで死去した。77歳。死因は明らかにされていない。
仏北部ランスの農家に生まれた。ドイツ語教師としてマルクスやブレヒトを翻訳。マルクス主義や記号論、精神分析などを融合して現代社会を分析する独自の視点を確立した。
パリ大学で社会学を教える傍ら、論評活動を展開。しばしば賛否両論の物議を醸した。消費社会に関して「物の体系」「消費社会の神話と構造」などの著作を発表。モノの価値よりも、ブランドや記号としての価値に動かされる消費社会の到来をいち早く予見して、世界的に大きな影響を与えた。
91年の湾岸戦争直後に「湾岸戦争は起こらなかった」と題する論文を発表。戦争の中でのメディアや情報の役割を問い、賛同と批判が入り交じった広範囲な議論を巻き起こした。01年の9・11テロに際しては、テロの背後にある米国自身の問題を論じるなど、批判的知識人として最後まで世界の現実とかかわり続けた。
著作は約50点に達し、多数が日本でも翻訳されている。写真家としても知られ、日常生活を切り取った作品を発表。写真論に「消滅の技法」がある

J・ボードリアールは学生時代に『象徴交換と死』、『消費社会の神話と構造』等々を読んだ。得に後者は刺激的で面白かった。政治に限定して考察すれば、ポストモダンは、結局は現状を追認し、分析するばかりで、現状に対抗的な意味ある言論を構築出来なかったではないかという批判もある。まあ、本人がポストモダニスト(そんな言葉あるのか?)であると言ったことはないのだろうが。スキゾでキッズな(笑)80年代への自分自身のオマージュとして、覚え書き。若い頃に抽象的な概念に捉われても、長続きしなかった事が私の脳みその出来を証明しているし、それで良かったと思っている。同じく今月急逝した池田晶子の『14歳からの哲学』でも読んでみようかな。

-------------------------------------------------------------------

 作家の城山三郎さん死去 経済小説の開拓者 (2007年03月22日 asahi.comより)
経済活動から日本人の姿を浮き彫りにする経済小説の開拓者で、「小説日本銀行」「落日燃ゆ」などで知られた作家城山三郎(しろやま・さぶろう、本名杉浦英一=すぎうら・えいいち)さんが、22日午前6時50分、間質性肺炎のため神奈川県茅ケ崎市の病院で死去した。79歳だった。
27年、名古屋市生まれ。東京商科大(現一橋大)卒業後に創作活動を始め、商社マンの悲哀を描いた「輸出」で57年の文学界新人賞を受賞。59年には「総会屋錦城」で直木賞を受賞した。
作品の題材は多彩で、実業家・渋沢栄一の姿を通して背後にある時代と国家の姿を描いた「雄気堂々」、足尾銅山の鉱害と闘う田中正造を主人公にした「辛酸」など、社会や組織と人間との関係をつきつめた。
ほかにも、流行語にもなった「毎日が日曜日」「男子の本懐」「粗にして野だが卑ではない」など多くの作品がある。本紙には85年に「秀吉と武吉」を連載した。96年に菊池寛賞、03年に朝日賞を受賞。

城山三郎氏は左翼の敵である(笑)。経済小説界の司馬遼太郎的存在だった。実在の経済人や現代史上の政治家の一部を、その著作で美化しすぎたのではないか、という批判もある。が、こういう政治の世界でいえば、保守本流の考え方にも理解を示した人の著作を読むのも私は嫌いではない。A級戦犯として処刑された広田弘毅を描いた『落日燃ゆ』は得に印象に残っている。同じA級戦犯でも岸信介との運命の差異を慮りながら、読んでみるのも悪くはないだろう。唯、自身の軍隊経験から、あの時代に対しての眼差しには厳しいものがあったと思うし、また、真っ当な経済人とはどうあるべきかという思考を常に続けていた人だと思う。
現実の政治の世界で言えば、既成政党がこういう草の根保守のような人(それは年配者に多く、戦争体験者であり、戦後復興に貢献してきた人々である)を切り捨てたら、絶対に多数は取れないだろう。物故者で言えば、山口瞳氏あたりもこの系譜に入るのかもしれない。

考え方は色々あると思うが、
私がかつて、その著作を愛読したお二方に心より合掌。