思考の踏み込み

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前田智徳38

2014-09-03 05:45:41 | 
前田の見ていた景色は、"凝縮の快" が息づく統合の世界であったのではないか ー そう前途した。

そこはけして平易な道のりではなく、険しい場所であるが、必ずしも苦しいだけの場所ではない。
そこを歩む者は、その険しさが与えてくれる凝縮感によって "快" を感じているはずである。
(これはマゾヒズムなどという精神の下降様式と別物である。)

人はなぜ山に登るのか?そこに山があるから。では答えにならない。そこに "凝縮の快" があるからである。



だからこそ、前田智徳はあれほどに努力できた ー そういう意味の事を書いてきた。

しかし、二度に渡るアキレス腱のケガ、プロ野球の過酷な日程、ファンの期待という重圧、強すぎる責任感…。

そして、自己に対する厳しさ。
一切の妥協を許せない性格。

前田の現役生活はやはり苦しかったであろう。
その長いプロ生活24年間で、満足にプレーできたのが始めの僅か6年ほどであった事を思えば、4分の3は苦しみと共に歩み続けたという事になる。
(球団側に引きとめられるまま、最後の五年程は本人の引退の意思とは別に、現役生活を続けざるをえなかった。)


だが、その姿は我々ファンにとってはいつも勇気を貰えるものであった。



前田は闘っている。
オレもー 。

そうやって励まされた者がどれほどいるだろうか。

その前田も今はいない。

だが選手としての彼の "生き様" は前田ファン達はけして忘れることはないし、今後も生きる力となり続けるであろう。


ー 前田はよく泣く、と思っている人が多い。
実際彼は公の場で涙を見せる事が多々あった。




これは前田の飾らない人間らしさであるし、前田が愛される理由でもある。

しかしその涙はけして軽いものではない。

真に ー 苦しみに耐え抜いた男だけが流す事のできる質の涙である。

それは、やはり見るものの心を揺り動かし、かつまた涙を誘う。

前田が引退を発表した後、2013年10月2日の阪神戦。

試合前に前田は、阪神のコーチを務めている恩師水谷実雄に引退の報告をした。

水谷はその時の様子をこう語る。


「前田ぁ、もう ー 苦しまんでええのぅ。」


「そう、声をかけたらあいつ、ワシの胸にすがってポロポロ泣きよった…。」




前田がいかに闘い続けたか、それを最もよく知る男に言われたその言葉に、前田も万感の想いであったことだろう。

その ー 涙は余りにも気高く、尊い。


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