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死という救済 DINER 第19話「Melty Rich&Honey souffle⑤」感想(ヤングジャンプ2018年3・4号)

2017-12-21 | DINER
                             
                             また殴られるカナコ。









別にカナコに悪意とかはなかったんでしょうけど、
前回のポロン編で半ば上手く行ってしまった分、ある種の「驕り」があったのかもしれませんね
“私が救ってあげる”みたいな、妙な自己満足が生まれてしまったのかもしれない。

ただ、その真心に嘘はなかったと思うけど、
もうちょっと考えて行動すべきだったのは事実
あまりにも不用意に与えてしまった・・・
そんな「罰」はきちんと受けるべき、なのかな?とは思います

よくよく考えれば「私が〇〇してあげる~」って考え方は
ある意味「そうしなきゃこいつダメだろ。」と“見くびっている”のと同義なのかも
いつの間にか(悪い意味で)この状況に慣れてしまって、余裕を見せたつもりだったんでしょうが
それで自分が追い込まれてしまう、、、んだから、本当大馬鹿な子ですよねえ・・・笑

でも、カナコの場合は純粋に考えてないだけな気もするんですが、
それはそれで問題あり。。と見せかけて、
ある意味名前の通り。。なんだからズルいというか上手いというか(笑
何にせよ、一筋縄では行かなくなってきたこのスキン編、どういう風に解決に導くのか・・・が気になります。






ただ、
罪悪感と自責の念に追い込まれ続けてる人生ってそれはそれでどうなんだろう?って思う
例えここでカナコがスキンを殺したとしても、それはそれである種の「救い」なんじゃないだろうか、
苦しみからの解放なんじゃないか・・・って読んでいてちょっと思ってしまった
ここで死ねば、
殺し屋稼業でしか生きられない手前の人生にも
いちいち罰しながら苦悩して生き続ける人生にも最高の形でお別れを告げる事が出来る・・・
それは自殺ではなく、人から裁かれる、他殺という形が(因果応報という意味合いでも)ベストなんじゃないかと。

それをカナコが出来るか/出来ないか、やるか/やらないかはまた別問題ですけどね
確かに、人殺しをしてない人の手は誰でも平等に「きれいな手」で
それ以外は「汚れた手」なのは絶対的な事実でしょう
それが殺人鬼だったとしても・・・


これ、非常に気になる展開なんですが
ここで合併号の為一週間お休みなんだよなー、ヤンジャン自体がね。
今の状態のスキンをまず手に掛けること自体が可能なのか?とか、スキンの過去とは?とか
色々気になる要素てんこ盛りで新年までおあずけってニクいなあ!と思いつつ(笑
純粋に続きが気になるんで1月4日を楽しみにまっています。
来月には単行本も出るんで、そちらも期待です。
勿論購入確定ですよ。