被災地支援 -できることをやろう- から -ひとつなぎ- へ   NPO法人ねおす

『三陸ひとつなぎ自然学校』の釜石市を中心とした活動を応援しています。

お知らせ

★【2015年12月23日エルプラザ】「5年目の今、未来への挑戦」の報告会があります

復興まちづくりワークショップ

2011年06月11日 | 地域社会起業育成支援

3日間にわたる朝から夜までのまちづくりワークショップが開催されるので、初日午前中だけでもと・・参加してきました。

なんでも東京から有名な都市計画関係の専門家、学生さんなどスタッフが70人も来ているそうでしたが、釜石市市民の参加はパラパラ・・・。 やらねばならないことでしょうが、ちょっとハードだな・・。 設定の無理さを正直感じてしまいました・・。

まだ現地に行ったことがない人、大勢によるワークショップ、外から関わる人達による計画づくり・・(都市計画の参考となる)ですが、私自身もまだ片付かない広大な流失した街だった、集落だった場所で作業をしていると未来のことをゆっくりと考えることはできなくなるので、外側の人が考えることも大切だと は 思います。

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昼より、北海道からボランティア隊が到着。

片付け作業と、お寺の仏具磨きをしました。


青空広場

2011年06月11日 | 交流の場創出

本日は、北海道・ねおす釜石栗橋ボランティアセンター、元橋野へきち保育園にて、「青空広場」を開催します。前回は・・、「青空喫茶」でしたが、それを拡大します。

 

松下さん(通称:松嬢、藤女子大学院)がプロジェクトリーダーです。昨日チラシを橋野地区の約100軒へ、スタッフが直接各家庭へ出かけて、できるだけ顔を合わせながら届けました。

 

東北の中山間地域、お年寄りが多い集落です。被災地から車でわずか10分ほど上がった鵜住居川の上流の緑に囲まれた渓流沿いの美しい村です。この地に拠点を移した当ボランティアセンターは長く続けます。たぶん・・ずっと・・・。都留文の学生さんも地域内の集会所で過ごしました。今日札幌から入ってくる20数名の週末ボラ隊も地域のお母さん達に食事を作ってもらい、今晩だけですが集落に滞在します。

 

引っ越し直後に私も橋野地区の町会長さんにはご挨拶していますが、夕方には地区長さん4人にもお集まり頂き正式なご挨拶・顔合わせをします。

 

この地には100名近い家庭避難者もいますが、他の地域からこられた被災者だけを対象としません。被災者と地域の方の交流の場、そして、私達とも交流できる場とした「青空広場」です。様々な人がやってくる当ボラセンが地域から離れて孤立してしまっては、ツーリズム=学びと交流を自負して活動しているNPOねおすとしては、この地を拠点とさせて頂いた意味がありません。「よそ者」ではありますが、安心できる、気になる、そして多少は地域にも役に立つ存在として。地域にも馴染まれてゆかねばなりません。

 

「地域交流」地域内にいる子ども達がいつでも遊びに来れる、地域住民が立ち寄れる場所として、「青空広場」を恒常的に開催してゆきたいと考えています。

 

その第一歩が今日です。 

 

ちょっとお天気が心配だなあ・・・。

 

高木

 

PS もんじぃが帰って来たので、10代から60代までいる8人のボラセン生活が続いております。今晩は、さらに20数人が合流予定(地域内の集会所利用)

 

道会議員のHさんもボランティアとして、実際に現地に滞在し、体験的に視察して頂いています。


ワッペン

2011年06月11日 | 地域社会起業育成支援

遠野市社会福祉協議会と遠野のNPO等が連携した組織「遠野まごころネット」の会議に久しぶりに参加して来ました。中核となる方々ともお会いし、毎日6時から開催されている連絡会議では、ねおすの活動近況も報告させて頂きました。

 

まごころネットは、各町村にある社協によるボランティアセンターと位置付けは同じですが、他と比べてずいぶんと性格が異なります。たぶん全国的にもかなり先進・斬新的な組織でしょう。

 

昨日夕方、ボラセンの受付に行くと次から次と全国からボランティア希望者が到着し、受付(住所確認やボランティア保険加入)をしていました。平日であるのに200人ほどのボランティアが市の福祉センターの大きな体育館に泊まっています。

 

運営は社協がコアではありますが、さまざまなNPOが協働で行っています。NPOねおすも、被災翌週にまごころネットの会合に参加し、すぐにその場でネットワークの一員となりました。遠野市は直接被害を受けていませんが、「津波被害の後方支援」をすべく体制づくりが今回の震災前から進んでいたそうで、その連携づくりは、まさしくワーキングネット(動きながらネットワークをひろげてゆく)そのものでした。

 

GW中は千人以上のボランティアさんを動かしていました。組織が大きくなっているので、個別のボランティアさん達からはいろいろと「モノ申したいこと」も聞こえてきます・・。が、であれば「あなたが運営・マネージメントしてみれば」とお返ししたいくらいに、多様なNPO,個人、様々な照会ごとにも応じています。

 

それでもこれだけ柔軟・臨機応変に動ける支援体制を作り上げたことには、驚きです!! 

 

さて、やっと本題ですが・・、私達の活動領域は大槌湾沿岸と鵜住居川流域、釜石市と大槌です。特に当流域では3ヶ月活動をしていますので、地域の方には、私達が着ている「黄色いスタッフジャンパー」はおなじみになり、「北海道からボランティアに来ている人」で通りが良くなっています。 しかし、仮設住宅が立ち並ぶようになり、数多く人達が他地域から引っ越してくるようになりました。その方々は、私達がここで3ヶ月活動をしていた実績を知りません・・・。

 

一方、釜石市は、さまざまな支援者が被災地に集中する現状から・・中には悪い人もいるかも・・ということで、被災者でボランティアの手伝いが必要な人は、「岩手県被災ボランティアセンター=つまり、各市町村の社協運営のボランティアセンター」にボランティア派遣を申し込み「正式にボランティア登録した人」にボランティアをお願いするように広報しています。

 

その登録したボランティアには、赤いワッペンが配られるのですね・・。私は、このワッペンをつけた人を「正規隊」、ねおすは「インディペンデント隊・独立隊」と揶揄していました・・が・・、自己完結型NPOだけでは活動しにくくなりつつあるのです。

 

しかし、このワッペンを授けてもらうためには、個人個人が各町村の災害支援ボランティアセンターで申込み登録をしなければならないのです。 ねおすボラセンは山の中なので、そのためには片道小一時間かけて出かけないとなりません。 

 

あ~~赤いワッペンが欲しい!!

 

そして、はっと気が付きました・・、私達は・・、遠野まごころネットの一員だったのです。そこで早速交渉・・。

 

ねおす本隊(マネージメントスタッフ)のボランティア(ねおす職員も含めて)の身元、保険加入をねおすが確認し名簿にまとめて、まごころネットの事務局に提出することでワッペン授与をしてもらえることになりました。

これで仮設住宅地区にも入りやすくなりました。