奈良のむし探検

奈良に引っ越しました。これまでの「廊下のむし探検」に倣って「奈良のむし探検」としましたが、動物・植物なんでも調べます。

虫を調べる ハナアブ科Crysogaster属?

2024-04-09 13:10:38 | 虫を調べる
3月29日の午後、家の近くで虫探しをしました。そのとき、アブラナ科の花に来ていた小さなハエを採集しました。以前は虫の検索をよく試みたのですが、最近はほとんどしていなかったので、久しぶりにやってみることにしました。久しぶりにしてはかなり難しい種でだいぶ苦しんだのですが、とりあえずまとまったので出しておきます。





採集したのはこんなハエです。一応、科の検索もしたのですが、後で述べる偽脈があるのかないのかはっきりしなくて、途中で挫折してしまいました。ただ、翅脈を見る限り、ハナアブ科は大丈夫そうなので、めげずに属の検索をしてみました。属の検索には、以前も使ったことがあるMND(Manual of Nearctic Diptera) Vol. 2を用いました。

検索表の項目を一つずつ調べて、それに該当する箇所を実体顕微鏡と生物顕微鏡を用いて深度合成の方法で撮影しました。具体的には、焦点位置を変えながら30枚ほどの写真を撮り、後でCombineZPというアプリを使って合成画像を作成します。

何度か検索を試みた結果、はなはだ怪しいながら、ハナアブ科ハナアブ亜科(Eristatalinae)Crysogaster属になったので、その検索過程を載せておきます。MNDに載っている検索表で次の①から⑯までを調べるとCrysogaster属になることが分かります。原文は英語で書かれているので、それを翻訳したのですが、専門用語の訳語はいろいろあるのでできるだけもとの英語を載せておくようにしました。

①後前胸背板(postpronotum; 肩瘤)には少なくとも数本の亜直立(suberect)あるいは平圧された毛がある;頭部後方はあまり強く窪んでいないので後前胸背板は明瞭に露出する;♂腹部の第5背板は背側からは見えない   Microdontinae, Eristalinae
②触角は背側に触角刺毛(arista)がある
③R4+5脈は直線的か、ほとんどそうで、r4+5室側へ強く垂れ下がることはない
④触角刺毛は無毛か、軟毛を具える。もし、触角刺毛に軟毛がある場合には、毛は触角刺毛基部の直径の2倍以上にはならない
⑤前・中腿節には明瞭な刺列がない
⑥複眼は有毛か無毛。もし、複眼が無毛ならば、r-m横脈は通常垂直で、dm室の中央より手前で交わる。もし、横脈がdm室の中央1/5より先端側に存在するなら、胸部には明瞭な剛毛を持つ;後胸腹板(metasternum)はけっして強く発達しない
⑦触角は通常短い;触角柄節(scape)は通常幅のせいぜい2倍程度;第1鞭小節(first flagellomere)は通常丸いか長円形。もし、柄節が幅の2倍より長い場合には、後基節橋(postmetacoxal bridge)を欠く;上前側板(anepisternum)の前側は有毛か無毛;後基節橋(postcoxal bridge)は通常欠くか不完全、しかし、もし存在するときは広い;R4+5脈にはr4+5室に入る突起はない
⑧顔面の縁(facial margin)は前中央が凹む;前額―顴溝(frontogenal suture)は伸び、小さな丸い穴を形成することはない:複眼、顔面は有毛または無毛;小盾板(scutellum)の腹側に縁毛は存在するか欠如する
⑨M1脈は強く二角状にはならない;先端部分は通常R4+5脈と直角あるいは鈍角をなす。もし、M1脈の先端部分が翅基部に向かって曲がる場合には、複眼は無毛;後腿節はせいぜいわずかに大きくなる程度
⑩上前側板(anepisternum)は平坦な前半部と凸になった後半部に明瞭に分かれる;notopleural wing shieldを欠く;体は点刻状ではない
⑪複眼は無毛
⑫小盾板の腹側に縁毛はないか、ほとんどない
⑬腹部両側は平行か丸く膨れる;小翅片(alula)は少なくともbm室と同等に広い;後基節橋(postcoxal bridge)はない;顔面はいろいろで、しばしば小隆起を伴う;雄は合眼的あるいは離眼的
⑭顔面と小盾板は黒、普通、金属光沢を有す;脚と腹部はたいてい黒あるいは暗い金属光沢;R4+5脈の最後の区分の長さはいろいろ
⑮ R4+5の最後の区分の長さはr-m横脈とほぼ同じか長い;雄は合眼的;雄の顔面(face)と雌の額前頭(frons)はしばしば皺状(rugose)
⑯第1腹節腹板(sternite 1)は全体に霜降り状(pruinose);M1は通常外側に傾く、稀にごくわずか翅基部に向かって曲がる;触角の第1鞭小節の長さは幅のせいぜい1.4倍;後胸腹板(metasternum)は無毛    Chrysogaster

これらを顕微鏡写真で確かめていきたいと思います。本当は検索表の順に写真を出して調べていけばよいのですが、そうすると同じ写真が何度も登場するので、一つの写真に検索項目をまとめることにしました。従って、順不同になっています。



最初は全体の写真です。スケールを一緒に写した写真から体長を測ると、7.1 mmになりました。この写真からは⑨の後腿節が特に大きくはなっていないこと、⑭脚と腹部が暗い光沢のあること、⑯の第一腹節が霜降り状になっていることを見ます。第一腹節は腹部の腹側なのですが、一番目だけが光沢のないことが分かります。これについては後程、別の写真が出ます。⑬に関しては最初に載せた野外で撮った写真から判断できます。



次は頭部と胸部を横から写した写真です。ここからは⑦の上前側板が二段に分かれていることを見ます。notopleural wing shieldは日本語訳が見つからなかったのですが、notopleuralは「背側板の」の意味です。これはMNDには絵が出ていたので、比べてみたのですが、特にそれらしいものが見つからなかったからOKとしました。また、特に点刻状というわけではありません。また、⑬に関しては、横から見ると顔面には小隆起があるようです。⑦については次の写真の方がよく分かります。



後前胸背板は矢印で示した部分で毛が何本か見えています。右側は頭部なのですが、その後方は窪んでいません。それでOKにしました。



これは触角を拡大した写真です。②は写真で見た通り、第1鞭小節の背側に触角刺毛があります。さらに、④触角刺毛は無毛です。⑦柄節は短く、第1鞭小節は長円形です。これで⑯もOKでしょう。



次は翅脈に関する検索です。翅脈の名は先頭が大文字で書いています。翅脈と翅脈を結ぶ横脈は小文字-小文字で書いています。さらに翅脈で囲まれた室は赤字で書いておきました。まず、③はR4+5脈に関するもので、ほぼ直線になっています。⑥のr-m横脈はほぼ垂直で、dm室の中央より前で交わっています。⑦はR4+5脈がr4+5室に入る突起はなく、⑨のM1脈は途中で折れ曲がってはいません。さらに小翅片は広いので⑬もOKです。また、⑮はR4+5脈の最後の部分はr-m横脈より長いのでこれもOKです。⑯ではM1が一旦外側に傾きますが、途中でごくわずか内側へ曲がっていることを指しています。



これは顔面に関する検索を集めたものです。⑧は顔面の縁が前中央で凹むというのは白矢印で示した部分です。また、前額―顴溝(frontogenal suture)は縦に長く尾を引いているような形をしています。これで⑧はOKです。⑭では顔面が黒で、金属光沢のあることが書かれています。⑮に関しては、これは両眼が離れているので、雌だと考えられ、顔面や額前頭に皺があることが書かれています。それらしい部分も写真からは見て取れます。



これは小盾板を写したものです。⑭は色に関するものなので大丈夫でしょう。⑧と⑫は次の写真の方が良く分かります。



これは小盾板を斜め下から写したものですが、目立った縁毛はありません。



これは前腿節を撮ったものですが、腿節に目立った刺列はありません。



この写真は生物顕微鏡で複眼を拡大したものです。毛のないことが分かります。



これは腹部の第1腹板を写したものです。見た目では霜降り状なのですが、写真にするとどうもはっきりしません。



後基節橋は後脚の基節どうしを結ぶ構造なのですが、特に見当たりません。また、後胸腹板には毛がありません。

ということで、一応、すべての項目を調べてみたのですが、Crysogaster属で合っていそうな気がします。気になる点としては、色に関する検索があるところで、MNDはアメリカの本で日本産とは異なる可能性があることです。「日本昆虫目録第8巻」によると、日本産Crysogaster属には、C.okazakiiとC.semiopacaの2種が載っているのですが、後者は同属他種との再検討が必要というコメントが載っていました。今回は残念ながら、ここまでです。



最後に科の検索のときに気になった偽脈についてです。この写真で偽脈はvena spuriaと書いていますが、ハナアブ科では2本の偽脈があることになっています。下の方の偽脈はハエ目で一般的にある偽脈です、上の方の偽脈がハナアブ科を特徴づけるものですが、写真を見る限り折れ目程度にしか見えません。ただ、翅脈全体はハナアブ科とよく似ているので、ハナアブ科であることは間違いはないと思うのですが。


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