奈良のむし探検

奈良に引っ越しました。これまでの「廊下のむし探検」に倣って「奈良のむし探検」としましたが、動物・植物なんでも調べます。

虫を調べる ハナアブ科Crysogaster属?

2024-04-09 13:10:38 | 虫を調べる
3月29日の午後、家の近くで虫探しをしました。そのとき、アブラナ科の花に来ていた小さなハエを採集しました。以前は虫の検索をよく試みたのですが、最近はほとんどしていなかったので、久しぶりにやってみることにしました。久しぶりにしてはかなり難しい種でだいぶ苦しんだのですが、とりあえずまとまったので出しておきます。





採集したのはこんなハエです。一応、科の検索もしたのですが、後で述べる偽脈があるのかないのかはっきりしなくて、途中で挫折してしまいました。ただ、翅脈を見る限り、ハナアブ科は大丈夫そうなので、めげずに属の検索をしてみました。属の検索には、以前も使ったことがあるMND(Manual of Nearctic Diptera) Vol. 2を用いました。

検索表の項目を一つずつ調べて、それに該当する箇所を実体顕微鏡と生物顕微鏡を用いて深度合成の方法で撮影しました。具体的には、焦点位置を変えながら30枚ほどの写真を撮り、後でCombineZPというアプリを使って合成画像を作成します。

何度か検索を試みた結果、はなはだ怪しいながら、ハナアブ科ハナアブ亜科(Eristatalinae)Crysogaster属になったので、その検索過程を載せておきます。MNDに載っている検索表で次の①から⑯までを調べるとCrysogaster属になることが分かります。原文は英語で書かれているので、それを翻訳したのですが、専門用語の訳語はいろいろあるのでできるだけもとの英語を載せておくようにしました。

①後前胸背板(postpronotum; 肩瘤)には少なくとも数本の亜直立(suberect)あるいは平圧された毛がある;頭部後方はあまり強く窪んでいないので後前胸背板は明瞭に露出する;♂腹部の第5背板は背側からは見えない   Microdontinae, Eristalinae
②触角は背側に触角刺毛(arista)がある
③R4+5脈は直線的か、ほとんどそうで、r4+5室側へ強く垂れ下がることはない
④触角刺毛は無毛か、軟毛を具える。もし、触角刺毛に軟毛がある場合には、毛は触角刺毛基部の直径の2倍以上にはならない
⑤前・中腿節には明瞭な刺列がない
⑥複眼は有毛か無毛。もし、複眼が無毛ならば、r-m横脈は通常垂直で、dm室の中央より手前で交わる。もし、横脈がdm室の中央1/5より先端側に存在するなら、胸部には明瞭な剛毛を持つ;後胸腹板(metasternum)はけっして強く発達しない
⑦触角は通常短い;触角柄節(scape)は通常幅のせいぜい2倍程度;第1鞭小節(first flagellomere)は通常丸いか長円形。もし、柄節が幅の2倍より長い場合には、後基節橋(postmetacoxal bridge)を欠く;上前側板(anepisternum)の前側は有毛か無毛;後基節橋(postcoxal bridge)は通常欠くか不完全、しかし、もし存在するときは広い;R4+5脈にはr4+5室に入る突起はない
⑧顔面の縁(facial margin)は前中央が凹む;前額―顴溝(frontogenal suture)は伸び、小さな丸い穴を形成することはない:複眼、顔面は有毛または無毛;小盾板(scutellum)の腹側に縁毛は存在するか欠如する
⑨M1脈は強く二角状にはならない;先端部分は通常R4+5脈と直角あるいは鈍角をなす。もし、M1脈の先端部分が翅基部に向かって曲がる場合には、複眼は無毛;後腿節はせいぜいわずかに大きくなる程度
⑩上前側板(anepisternum)は平坦な前半部と凸になった後半部に明瞭に分かれる;notopleural wing shieldを欠く;体は点刻状ではない
⑪複眼は無毛
⑫小盾板の腹側に縁毛はないか、ほとんどない
⑬腹部両側は平行か丸く膨れる;小翅片(alula)は少なくともbm室と同等に広い;後基節橋(postcoxal bridge)はない;顔面はいろいろで、しばしば小隆起を伴う;雄は合眼的あるいは離眼的
⑭顔面と小盾板は黒、普通、金属光沢を有す;脚と腹部はたいてい黒あるいは暗い金属光沢;R4+5脈の最後の区分の長さはいろいろ
⑮ R4+5の最後の区分の長さはr-m横脈とほぼ同じか長い;雄は合眼的;雄の顔面(face)と雌の額前頭(frons)はしばしば皺状(rugose)
⑯第1腹節腹板(sternite 1)は全体に霜降り状(pruinose);M1は通常外側に傾く、稀にごくわずか翅基部に向かって曲がる;触角の第1鞭小節の長さは幅のせいぜい1.4倍;後胸腹板(metasternum)は無毛    Chrysogaster

これらを顕微鏡写真で確かめていきたいと思います。本当は検索表の順に写真を出して調べていけばよいのですが、そうすると同じ写真が何度も登場するので、一つの写真に検索項目をまとめることにしました。従って、順不同になっています。



最初は全体の写真です。スケールを一緒に写した写真から体長を測ると、7.1 mmになりました。この写真からは⑨の後腿節が特に大きくはなっていないこと、⑭脚と腹部が暗い光沢のあること、⑯の第一腹節が霜降り状になっていることを見ます。第一腹節は腹部の腹側なのですが、一番目だけが光沢のないことが分かります。これについては後程、別の写真が出ます。⑬に関しては最初に載せた野外で撮った写真から判断できます。



次は頭部と胸部を横から写した写真です。ここからは⑦の上前側板が二段に分かれていることを見ます。notopleural wing shieldは日本語訳が見つからなかったのですが、notopleuralは「背側板の」の意味です。これはMNDには絵が出ていたので、比べてみたのですが、特にそれらしいものが見つからなかったからOKとしました。また、特に点刻状というわけではありません。また、⑬に関しては、横から見ると顔面には小隆起があるようです。⑦については次の写真の方がよく分かります。



後前胸背板は矢印で示した部分で毛が何本か見えています。右側は頭部なのですが、その後方は窪んでいません。それでOKにしました。



これは触角を拡大した写真です。②は写真で見た通り、第1鞭小節の背側に触角刺毛があります。さらに、④触角刺毛は無毛です。⑦柄節は短く、第1鞭小節は長円形です。これで⑯もOKでしょう。



次は翅脈に関する検索です。翅脈の名は先頭が大文字で書いています。翅脈と翅脈を結ぶ横脈は小文字-小文字で書いています。さらに翅脈で囲まれた室は赤字で書いておきました。まず、③はR4+5脈に関するもので、ほぼ直線になっています。⑥のr-m横脈はほぼ垂直で、dm室の中央より前で交わっています。⑦はR4+5脈がr4+5室に入る突起はなく、⑨のM1脈は途中で折れ曲がってはいません。さらに小翅片は広いので⑬もOKです。また、⑮はR4+5脈の最後の部分はr-m横脈より長いのでこれもOKです。⑯ではM1が一旦外側に傾きますが、途中でごくわずか内側へ曲がっていることを指しています。



これは顔面に関する検索を集めたものです。⑧は顔面の縁が前中央で凹むというのは白矢印で示した部分です。また、前額―顴溝(frontogenal suture)は縦に長く尾を引いているような形をしています。これで⑧はOKです。⑭では顔面が黒で、金属光沢のあることが書かれています。⑮に関しては、これは両眼が離れているので、雌だと考えられ、顔面や額前頭に皺があることが書かれています。それらしい部分も写真からは見て取れます。



これは小盾板を写したものです。⑭は色に関するものなので大丈夫でしょう。⑧と⑫は次の写真の方が良く分かります。



これは小盾板を斜め下から写したものですが、目立った縁毛はありません。



これは前腿節を撮ったものですが、腿節に目立った刺列はありません。



この写真は生物顕微鏡で複眼を拡大したものです。毛のないことが分かります。



これは腹部の第1腹板を写したものです。見た目では霜降り状なのですが、写真にするとどうもはっきりしません。



後基節橋は後脚の基節どうしを結ぶ構造なのですが、特に見当たりません。また、後胸腹板には毛がありません。

ということで、一応、すべての項目を調べてみたのですが、Crysogaster属で合っていそうな気がします。気になる点としては、色に関する検索があるところで、MNDはアメリカの本で日本産とは異なる可能性があることです。「日本昆虫目録第8巻」によると、日本産Crysogaster属には、C.okazakiiとC.semiopacaの2種が載っているのですが、後者は同属他種との再検討が必要というコメントが載っていました。今回は残念ながら、ここまでです。



最後に科の検索のときに気になった偽脈についてです。この写真で偽脈はvena spuriaと書いていますが、ハナアブ科では2本の偽脈があることになっています。下の方の偽脈はハエ目で一般的にある偽脈です、上の方の偽脈がハナアブ科を特徴づけるものですが、写真を見る限り折れ目程度にしか見えません。ただ、翅脈全体はハナアブ科とよく似ているので、ハナアブ科であることは間違いはないと思うのですが。

ルリアリ 深度合成写真

2023-01-03 20:19:34 | 虫を調べる
11月10日に佐保川沿いにある公園で虫探しをしました。もともと桜の木の幹についているチャタテムシ探しだったのですが、肝心のチャタテムシは見つからないので、仕方なく、アリの写真を撮っておきました。アリの名前が分からなかったので、年末に検索をしてみました。結果はルリアリになったのですが、そのとき、久しぶりに顕微鏡を使って深度合成写真を撮ってみました。検索自体は以前にも行ったことがあって、このブログにも出しておいたので、改めて出しませんが、深度合成写真だけ出しておこうと思います。



採集したアリはこんなアリです。小さくて名前が分からなかったので、一応、採集して帰りました。そのまま冷凍庫に入れていたのですが、年末の12月28日、ブログ に出した写真のデータをデータベースに入力するときにまだ調べてないことに気が付き、急遽、検索をしました。



大きさはこんな感じです。ImageJの折れ線近似を使って寸法を測ってみると、体長は2.3mmになりました。



この写真は実体顕微鏡を用いて撮影したものです。アリの検索表は朝倉書店の「日本産アリ類図鑑」にも載っていますが、インターネット上で「日本産アリ類画像データベース」に載っている検索キーでも絵解きで調べることができます。

「日本産アリ類画像データベース」の検索キーではルリアリは次のような過程で検索できます。

①腹柄は1節(腹部第3節は第4節とほぼ同じかむしろ大きい)
②腹部末端に刺針を欠く;腹部第1節と第2節の間にくびれがない
③腹部末端は円すい形ではなく、開口部は割れ目状;腹部第1節が腹柄節の上に覆いかぶさるようになっている属が多い カタアリ亜科 Dolichoderinae
④腹柄節は鱗片状もしくはコブ状で、腹部はこれにおおいかぶさらない
⑤外皮は柔らかく、表面は滑らかで光沢がある;前伸腹節後背部は後方へ突出せず、後面は平板
⑥中胸背板は偏平で前伸腹節とほぼ同じ高さ、腹柄節は高くその頂部は前伸腹節の気門より高い位置にある ルリアリ属 Ochetellus ルリアリ O. glaber

次に生物顕微鏡を用いて各部の写真を撮ってみました。顕微鏡で試料を拡大すると、ピントの合う場所が僅かしかないので、ステージの高さを少しずつ変えて、ピントの合う位置を変えながら撮影し、後で、ソフトで合成します。これを深度合成といいます。ここでは、10xの対物レンズを用いて、30枚くらいの写真を撮って、CombineZPというフリーソフトで合成しました。



これは頭部です。



これは腹柄節の写真です。



そして、これは腹部末端です。

これだけの写真で検索のほとんどの項目を確かめることができます。

久しぶりの深度合成写真だったのですが、まあまあ撮ることができました。まだ、冷凍庫内にはいろいろ虫が眠っているので、ときどき出して調べてみようと思います。冬は外に出てもあまり撮るものがないので・・・。

イエバエの同定 キイロホソイエバエ2

2022-06-25 16:37:22 | 虫を調べる
昨日の続きでハエの同定をします。昨日は科の検索でイエバエ科まで到達したので、今日はその続きの属と種の検索です。





対象とするのはこんなハエです。4月16日に家の近くで採集しました。昨日、「新訂 原色昆虫大図鑑II」に載っている検索表を用いて検索した結果、イエバエ科であることが分かりました。そこで、次は亜科の検索になります。イエバエ科の検索表は篠永哲著、「日本のイエバエ科」(東海大学出版、2003)に載っているのですが、うまくいかないところがあるので、最近は次の文献に載っている検索表を用いています。

大石久志、村山茂樹、「日本産イエバエの同定」、はなあぶ No. 37, 100 (2014)。

⑥下後側板に剛~細毛を欠く
⑦上後側板は無毛
⑧後基節の後方背面に毛を欠く
⑨Muscinae Azeliiniの一部の特徴(腿節の二次性徴(♂)および額内交叉剛毛(♀)、ないし体表の強い青黒色の光沢(♂♀))を持たない
⑩後脛節先端凡そ1/3~1/5のところの1後背剛毛を欠く
⑪後脛節亜端部に1前背剛毛がある
⑫下前側板の剛毛は不等辺三角形、前背剛毛(ad)は脛節端部から顕著に離れない
⑫翅脈Rs先端(r2+3とr4の分岐点)に剛毛を欠く
⑬通常翅背剛毛(pra)を有する;後脛節の亜端前背剛毛(ad)は脛節の直径よりも長く、尾葉は幅より長い
     Phaoniinae Phaoniini Helina

この論文に載っている検索表を用いると、上の⑥~⑬の過程を経て、一気に属まで到達しました。これらを写真で確かめていきたいと思います。いつものように検索順ではなく、部位別に見ていきます。



これは胸部側面の写真ですが、下後側板も上後側板も共に無毛です。これで⑥と⑦はOKとなります。



これは後基節背面を示す写真ですが、これも無毛です。



これは後脛節背面を写した写真です。後脛節先端(写真左側)側の1/3~1/5のところにある後背剛毛についてです。背剛毛が後ろ側(写真上側)を向いているものを後背剛毛といいますが、特に見当たりません。これで⑩はOKです。⑪の亜端部というのは写真左端を指しますが、adと書いた前背剛毛があります。また、それは亜端部から離れてはいません。さらに、十分な長さを持っています。ということで、⑪~⑬はOKになりました。



これは胸部側面の写真を拡大したものですが、下前側板の3本の剛毛(黄矢印)は不等辺三角形になしています。



これは翅の基部を拡大した写真です。Rs脈はR2+3脈とR4+5脈に分岐しますが、分岐する部分に剛毛がないことを確かめます。なお、文献にはr4脈となっていますが、たぶん、R4+5脈でよいのではと思います。



最後は中胸背板の剛毛に関してです。大きな字で"pra"と書いた剛毛があるので、これもOKです。

これらの項目がすべて確かめられたので、このハエはトゲアシイエバエ亜科(Phaoniinae)トゲアシイエバエ族(Phaoniini)ホソイエバエ属(Helina)になりました。実は、⑨がよく分からなかったので、省略したのですが、「体表の強い青黒色の光沢」はないので、たぶん、大丈夫でしょう。

次は種の検索です。種の検索には「日本のイエバエ科」に載っている検索表を用いました。

⑭前胸腹板は裸出する
⑮下側板(中基副節)は裸出する(後胸気門の下部に小毛または小剛毛がない)
⑯背側板(背側域)は裸出する(背側板の剛毛の周囲に小剛毛はない)
⑰額間は狭い(額間は広く離れず[頭幅の0.2以下]、額帯は銀色粉で被われない)
⑱前脛節に後剛毛(p-seta)がある
⑲小盾板の剛毛を結ぶ線よりも下部に小剛毛はない
⑳腿節は橙色 キイロホソイエバエ H. impuncta

⑭~⑳の検索過程を経て、最終的にキイロホソイエバエ Helina impunctaになりました。その過程を写真で確かめていきます。



最初は前胸腹板についてです。とりあえず腹側から写してみたのですが、どれが前胸腹板かよく分かりません。高地性のミヤマホソイエバエは前胸腹板に小剛毛が生えているようですが、たぶん、これは生えてないとして大丈夫でしょう。



これは額間が狭いことを示す写真です。両側の複眼がほとんどくっついているのでこれはまず大丈夫でしょう。これはハナレメホソイエバエを除外する項目です。



中副基節に毛は生えていないのでこれもOKです。これで4種を除外することができます。



背側域に生えている背側剛毛の周辺に小剛毛はありません。これで2種を除外することができます。



前脛節の写真で、上側が前、下側が後ろです。前脛節の中央に横向けに後剛毛(p-seta)が生えています。これで2種を除外しました。



これは小盾板を斜め後ろ側から撮ったものですが、asと書いた小盾板端剛毛の下側に小剛毛は生えていません。これはフタスジホソイエバエを除外する項目です。



最後は腿節がすべて黄色~橙色なので、これもOKです。ということで、キイロホソイエバエになりました。

実は大石らの論文にもHelina属の種への検索表が載っています。

⑭前胸腹板は無毛
⑮下後側板(katepimeron)は無毛
⑯背側板剛毛の周囲は無毛
⑰翅前剛毛を有する
⑱前脛節の中央部に後剛毛(1~2本)がある
⑲後脛節基部1/4に1後背剛毛を欠く deleta, impuncta, maculipennis

それによると、⑭~⑲でdeleta、impuncta、maculipennisのどれかに到達します。いずれも上の写真で確かめられるので、これも大丈夫でしょう。

ということで、久しぶりにイエバエ科の検索をしてみました。イエバエ科の検索は「日本のイエバエ科」というすぐれた文献があるので、挑戦することができるのですが、私にとってはかなり難関な検索です。それで、練習のつもりでときどき試してみようと思っています。

イエバエの同定 キイロホソイエバエ

2022-06-24 16:01:29 | 虫を調べる
だいぶ前のことになるのですが、4月16日にいつもの用水路脇でハエの写真を撮りました。



どこにでもいそうなこんなハエです。この日は捕虫網を持っていたので、採集してきました。翌日、検索をしてキイロホソイエバエではないかなというところまで分かったのですが、そのままになっていたので、まとめて出しておこうと思います。



体長は7.2mm。脚の黄色いハエです。検索をする前にまずは各部の名称を調べておきます。



最初は胸を横から見たところです。ハエの胸はいくつかの部分に分かれているのですが、文献により名称が異なるので、最初に調べておく必要があります。ここでは、日本名は「新訂 原色昆虫大図鑑II」に載っている名称、略号は篠永哲著、「日本のイエバエ科」(東海大学出版、2003)に載っているものです。おそらく、イエバエ科なので、「日本のイエバエ科」に載っている検索表を使うことになるので、まずは対応表を作っておく必要があります。



これは翅脈の写真です。翅脈の名称は「新訂 原色昆虫大図鑑II」を参考にしました。CuA+CuP(Cu融合脈)より下の部分が見えなかったので、下の写真でその部分を見せるようにしています。





これは刺毛の名称です。これも文献によって名称が異なるので、これから検索に用いる「日本のイエバエ科」と日本環境動物昆虫学会編の「絵解きで調べる昆虫」(文教出版、2013)を参考にしました。



最後は頭部の刺毛です。

さて、検索に移ります。ハエの仲間では翅の基部が広く拡大して覆弁という構造を取ることがあります。覆弁は基部に近い基覆弁と端覆弁に分けられます。このような覆弁をもつハエを有弁翅類と呼びます。上の写真で基覆弁と端覆弁があることは明らかなので、検索はここから始めます。検索表には、「新訂 原色昆虫大図鑑II」を用いました。まずは科の検索です。

①翅の基部の前下方に小型の瘤状の構造としての翅下瘤が発達する;触角梗節の背面に明瞭な縫線が走る;通常は鬚剛毛を生じる;通常は基覆弁が発達する;翅のSc脈はR1脈と融合しない  有弁翅類
②口器が発達し、口吻は大きく、機能的
③中脚の副基節は無毛か弱い毛や小刺毛が生える;稀に剛毛を生じる場合にはM1脈は途中で前方に強く屈曲しない
④翅のCu融合脈は翅縁に達しない
⑤翅のA1脈は直線状で、その仮想延長部はCu融合脈の仮想延長部を横切らずに、翅縁方向を向く  イエバエ科

検索をすると、①~⑤の手順でイエバエ科であることが分かります。これを写真で確かめていこうと思います。検索順に写真を見ていくと、同じ写真を何枚も出さないといけないので、いつものように部位別に見ていこうと思います。



最初は胸部側面の写真です。①は翅下瘤が発達するかどうかですが、写真のように翅下瘤があります。また、基覆弁も発達しています。これで①はOKです。③は中脚の副基節(中基副節)に関するもので、見た通り無毛です。



これは頭部の写真です。①は触角硬節背面の縫線についてです。写真ではちょっとはっきりしませんが、毛の生えている部分に縫線はありそうです。また、鬚剛毛は確かにあります。上の項目と合わせて考えれば、①はたぶんOKでしょう。②は口器についてです。どれがどれに対応するのか分かりませんが、口器は発達していることは確かです。



最後は翅脈に関するものです。①については、Sc脈とR1脈は確かに分離しています。④は下の写真を見ると分かります。CuA+CuPはCu融合脈と呼ばれていますが、翅縁には達していません。⑤のA1脈の延長部はCu融合脈の延長部とは交差しないことは明らかです。以上のことからイエバエ科であることは確かそうです。

後は亜科、属、種の検索が残っているのですが、今日はとりあえず、ここまで。

虫を調べる セグロカブラハバチ

2022-05-31 15:51:11 | 虫を調べる
4月6日、大和郡山市西部にある松尾寺に行ったときに見つけたハバチについて、翅脈、触角、顔面の写真をブログに出して、セグロカブラハバチではないかと書きました。実は、このときもう少しいろいろな顕微鏡写真を撮っていたのですが、コロナの勉強が忙しくて放りっぱなしになっていました。コロナの勉強もとりあえず終わったので、ここで検索の記録としてまとめておきたいと思います。



松尾寺で見たのはこんなハバチです。



体長は6.2mm。上から見ると黒っぽいのですが、横から見ると、こんな橙色をしています。

検索表にはいつも用いている、吉田浩史著、「大阪府のハバチ・キバチ類」(西日本ハチ研究会、2006)を用いました。まずは科の検索から。ハバチの仲間は腰が細くならない広腰亜目に入っています。この中には11科含まれているのですが、それから科を決める検索を行います。

①触角は複眼下縁よりも上、頭盾の上の顔面より生じる
②触角の形状は様々だが、第3節は第4節以降と同等の太さで、特に発達することはない
③触角は通常糸状か棍棒状
④触角は通常糸状
⑤前胸背板は短く、中央部で狭くなる
⑥頭盾は頭部と明らかに分離される
⑦中胸背板は分割されない
⑧雌の産卵管鞘は棒状に後方に伸長しない;雄の腹部末端に後方に伸びる明瞭な突起はない ハバチ科 Tenthredinidae

検索の結果、予想通りハバチ科に含まれていることが分かりました。そこに至る検索項目を書き出すと、この8項目になります。これを写真で確かめていこうと思います。煩雑さを防ぐために、いつもの通り、検索順ではなく、部位別に見ていきたいと思います。



最初は①の項目で、触角の位置に関するものです。触角が複眼の下縁より下から出ているかどうかで、これはヤドリキバチ科を除外する項目です。写真ですぐに分かりますが、下縁より上なので、①はOKです。次の⑥は頭盾と頭部がはっきりと分かれているかどうかで、頭盾と頭部が融合しているヒラタハバチ科を除外する項目です。これもOKです。



次は触角に関するものです。②では第3節が特に太くなっていないことを確かめます。これはナギナタハバチ、ヨフシハバチ、ミフシハバチの各科を除外する項目です。特に太くなったり発達していることはないので、これもOKです。③と④は触角が糸状かどうか確かめる項目で、櫛歯状のクシヒゲハバチや先端が棍棒状に太くなるコンボウハバチ科を除外する項目です。これもOKです。



これは背側から撮った写真ですが、ちょっと斜めになって見にくくなりました。実は、同じハバチだと思われる個体は4年前にも検索をしていて、ブログに出していました。そのときの方が綺麗な写真が撮れていたので、そちらを参照していただければよく分かるのではないかと思います。⑤の前胸背板は側方では辛うじて見えるのですが、中央部は頭に隠れてほとんど見えません。これは前胸背板が長く伸長するクキバチ科を除外する項目なので、問題ないと思います。⑦は中胸背板の中央部に横溝が入り前後に分割されるクビナガキバチ科を除外する項目です。特に横溝は見えないので、OKでしょう。



最後は⑧です。これは♂だと思われますが、腹部末端に突起はありません。これはキバチ科を除外する項目です。ということで、無事にハバチ科に達しました。次は亜科、属、種の検索をまとめてやっちゃいます。

⑨前翅の基脈と肘脈は亜前縁脈上のほぼ一点で接する。離れる場合、その間隔は第1肘横脈よりも短い
⑩前翅肘脈基部は直線状か、わずかに曲線となる程度
⑪前翅の径横脈を持ち、前翅第1・2反上脈は別の肘室につながる
⑫前翅の基脈は直線的で第1反上脈とほぼ平行
⑬前翅肛室は完全で横脈を持つ ハグロハバチ亜科 Allantinae
⑭触角は10または11節 カブラハバチ属 Athalia
⑮小盾板は黒色;中胸背板は通常広く黒色。時に両側や前半が橙黄色となることもある セグロカブラハバチ A. infumata

検索の結果、ハグロハバチ亜科カブラハバチ属セグロカブラハバチになったので、その検索過程を見ていきます。



実は、亜科の検索は翅脈に関するものばかりです。従って、これ1枚で亜科の検索はすべて片付きます。ハチの翅脈と翅室の名称は独特な用語を用いるので、検索表に従って、その名称で名前を書いておきます。後で、一般的な翅脈の名称を載せておきます。なお、翅脈の名称は「新訂 原色昆虫大図鑑III」によっています。まず、⑨で、基脈と翅脈が交わるあたりを黄矢印で示しました。ハバチ科の検索ではここがもっとも重要で、また、悩ましい所でもあります。これについては以前も書いたことがあるので、そちらを参照してください。いずれにしても、この写真の個体は1点で交わっているので⑨は問題ありません。次の⑩は肘脈基部が強く曲がるシダハバチ亜科を除く項目で、これもOKです。⑪は径横脈を持たないか、反上脈が同じ肘室につながるヒゲナガハバチ亜科を除外する項目です。これもOKです。⑫は基脈が曲がるか、第1反上脈と平行でないシダハバチ亜科の一部やヒゲナガハバチ亜科の一部、ハムグリハバチ亜科を除外する項目です。これもよいでしょう。最後の⑬は肛室が不完全で閉じていないマルハバチ亜科を除外する項目です。これもOKなので、結局、ハグロハバチ亜科になりました。



カブラハバチ亜科の中でカブラハバチ属の触角は10または11節なので、一発でカブラハバチ属になりました。



最後は小盾板や中胸背板が黒いことで、これも一発でセグロカブラハバチになりました。ついでなので、「日本産ハバチ・キバチ類図鑑」の図を見ながら、各部の名称を入れておきました。ということで、ハバチの検索をまとめてみました。実は、3月以降、虫や植物の細部の写真を撮ってはいたのですが、まとめるが面倒で、そのままになっていました。これから少しずつまとめていこうと思います。



次いでにハチ以外で一般的な翅脈の名称を書いておきます。これが前翅です。



そして、こちらが後翅です。