
人力車普及の理由

1870年3月22日、東京府(現在の東京都)が人力車の製造・営業を許可した。許可を受けた人物のなかに東京の料亭で働いていた和泉要助という人物がおり、彼が一般に人力車の発明者だといわれている。人力車は当初、なかなかお客がつかなかったが、もの珍しさから次第に人気を集め、数年後には全国的に普及するようになった。当時、車賃は籠賃の約2倍だったが、籠より早くて乗り心地はよかった。また、人力車は座席の高さも人気の秘密だった。それまで侍や商人にひざまづきながら見上げる暮らしを強いられていた庶民にとって、人力車に乗って人を見おろしながら走ることは実に気持ちがよく、人力車の普及の背景にはそうした庶民感情も働いていたといわれる。

今でも京都嵐山ではオシャレな青年が人力車を引いて観光客を楽しませています。

今日(京)ことば

かて・・・・・・・・~も。~だからといって。~けど。 「うちかて浴衣着て宵山に行きたいもん。」