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【冒険・田村丸】 その①
桓武天皇が平安京に遷都されて間もないころ、
琵琶湖のほとり、江州の守山に田村丸と云う若者が居た。
田村丸は己の武勇と才智に絶大な自信を持ち、
いつかはこの能力を持って、世に出たいものと望み、
人をたぶらかす狐狸や妖怪の噂を聞くと、
深山幽谷をものともせず、
修行のためと称して山中に分け入り、退治することを身の誉れとしていた。
世間では、
そう云う田村丸の豪胆さを畏敬しながらも「変わり者」と評判した。
ある日、田村丸は、
父の苅田麿に呼ばれ、伊勢神宮への代参を命じられた。
早朝に守山を出立した田村丸は東海道を南へ進み、
やがて鈴鹿峠を越えようとしたが道に迷い、山中の廃墟に出た。
ついこの間まで村であったろうそこに人影は無く、
家々は焼け落ち、田畑も踏み荒らされており、
ここで戦いが行われたことを示すように、あちこちに武人の屍(しかばね)がころがっている。
里へ降りる道もわからず、はや陽も沈んできたので、
ここで野宿することに決めた田村丸は、
焼け落ちた屋敷跡の庭先で火を起こし、
干し飯を湯で戻し、鮎の干物を焼いて食い、腹をこしらえる。
そのうちにあたりが暗くなると、
樹上でフクロウが鳴き、遠くでは狐や狼の遠吠えが聞こえだした。
田村丸はもとよりそれを恐れることなく、
杉の大樹を背にして、うずくまり、うとうととし出すと、
なにやら生臭い風が起こり、
夜空から鴉(からす)が無数に降りてきて、
片足でピョンピョン飛び跳ねては鳴き、
両翼を広げては、むやみに飛び回り、
あたりにころがる屍の目玉を突付いては、気味わるく騒ぎたてる。
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【江州】ごうしゅう
近江(おうみ)国の別名、今の滋賀県。
【畏敬】いけい
おそれつつ尊敬すること。
【干し】ほしいい
米を蒸して乾燥させた保存用の飯。
湯や水に浸して食べる。
古くは旅の携行食。