○一条もどり橋
平安のころ、
京の北野へんに木屋の助五郎と云う者ありけるが、
その母の吝嗇限りなく、 (吝嗇→りんしょく→ケチ)
来世への善根を積むこころざし一かけらもなく、
常に出がらしの茶を飲みてする他人の噂話を好み、
他人の幸せを妬み、
人の不運を悦びて、後生を願うこと少しもなし。
ある日、この母、朝より具合わるしとて寝込みける。
助五郎、用ありて、
朝早く一条もどり橋まで行きけるに、
年寄りたる女、橋の下にて、
死人を引き裂き引き裂き喰いけるを、
よくよく見れば、我が母にすこしも違わず。
助五郎、不思議に思い、
いそぎ我が家に帰り、母のいまだ臥して居られけるを起こせば、
母も驚きて眼をさまし、
「さてさて恐ろしき夢を見るものかな」と云う。
助五郎、
「いかなる夢を見たまうや」と問えば、
母、
「さればよ、一条もどり橋の下にて、
われ死人を引き裂きて喰う夢を見る」とて、
「その悲しさ限りなし」と唇を振るい、
「よくぞ起こしてたまうものかな」と語られける。
そののち、ほどなく患いついて死にけるとや。
まこと、この世に居ながら地獄に落ちければ、
あの世にてのことは思いやられて、助五郎かなしむこと限りなし。
助五郎も後には出家せらるるとかや。