漫筆日記・「噂と樽」

寝言のような、アクビのような・・・

生まれた理由

2020年11月17日 | ものがたり

さつきが病院を出たとたん
目の前を若い女の運転するジムニーが通り過ぎた。

おれっちにゃあ軽でもムリか、
軽く舌打ちして、埃っぽい歩道を歩きだす。

ついさっき
「おめでたですよ」と言った医者の声がこだました、

「そんなもん産めるもんか」心のうちで否定する。

ラーメン屋の店員だった雅人と付き合い始めてもう五年、
念願だった自分の店が持てるかもしれないと云う今はだいじな時なのだ。

そんな時に子供を産んでる暇などあるもんか。

「絶対に無理っ」

今度は口に出して言ってみた、
すれ違いのサラリーマンがヘンな顔をしている。

雅人と出会ったのは、
住み込みもできますと云う店を見つけ、

スナック勤めを始めたころ。

昼ごろ起きて、
隣のラーメン屋へ行ったらドングリみたいな顔の雅人が居た。

しょっちゅう通っているうち話すようになり、
男と女の関係になるのにそれほどの時間はかからなかった。

将来は一緒になると約束し、
雅人のアパートへころがり込んで三年め。

店を持ち二人で働くのが今の二人の夢だ。

携帯が震えた、
お父んからのメール、

「同僚が田舎から送ってきた蜜柑をくれた。持って行く」

「了解」と返してアパートに戻ると間もなく父が来た。

初老の父は、
ビルの夜警をしながらおんぼろアパートで独り暮らしをしている。

雅人のことは理解していて、
時々顔を合わすがワリとウマは合うようだ。

いつか雅人が言ってた。

「さつきはいいよなぁ、お父さんが居て」

雅人は施設育ちで、親を知らない。

「お父んなんて、
 居れば居たで、うざっといもんだよ」

お父んも昔は荒れていて、
さつきが家を出たのはそんなことに反発してのことだが、

今のお父んしか知らない雅人にはピンとこないらしい。

お父んがおとなしくなったのは、
十年ほど前に母が死におれっちが家を出てからのことだ。

「これでもいい?」

インスタントコーヒーを入れながら、
帰りにコンビニで買ったサンドイッチを見せる、

「蜜柑ぐらい持ってきてメシ食わしてもらっちゃ悪いな」

口でそう言いながら
当たり前と云うような顔をしているのは、まぁいつものことだ。

コーヒーを啜りながら言ってみた。

「あのさぁ、孫ってほしい?」

お父んがむせ返りながら「おどかすなよ」と少し笑った。

が、すぐ真面目な顔になり、
さつきの目をのぞきこんで「できたのか」と聞いてきた。

「ううん、そうじゃないけどさ、どうかなと思って」

さつきが否定すると、
安心したようながっかりしたような顔つきになり、

じっとコーヒーカップを見つめながら、
「子供ってのはいいもんだ」と独り言のようにつぶやいた。

その言いようは、
お父んに愛された思い出のないさつきには意外だった。

「俺はもう齢だし、
 ろくな子育てもして来なかったから偉そうなことは言えないが、

 この年になると、
 子どもってのはいいもんだと気が付くよ」とまた言った。

それきり沈黙が続いたので、
さつきはサンドイッチを頬張りながらラジオのスイッチを入れた。

♪♪
 ねぇお父さん、お父んはどうして
         お母さんを好きになったの? 

ラジオから流れる歌を聞きながらお父んが言う、

「お前は覚えてないかもしれないが、
 俺もこんな体になる前はお前を連れて遊園地にも行ったんだよ」

まるで記憶がない。

さつきの記憶にあるお父んは、
酒浸りのパチンコ狂いで家のことなどかえり見ないクズだった。

そうか、
お父んも事故で右腕が不自由になるまでは少しは真ともだったのかもしれない。

 ♪♪
 ねぇお母さん、お母さんはどうして
   お父さんと結婚しようと思ったの?

歌を聞きながら、訊いてみた。

「あのさ、お父んってお母んとどこで出会ったの」

お父んが遠くを見るように顔をあげ、
しばらく黙ったあと、ぼそぼそと話し出した。

「工場の近くに製パン所があってね・・・、
 そこの直売店でパンを売ってたんだ、・・・母さんが」

「ふ~ん」

気のない返事をしながら、

今まで知らなかった
両親の秘密を覗くような気がしてちょっとドキドキした。

「思いきって手紙を渡したんだ」

「それって、ラブレター?」

しばらく間があって、
「まぁそうだな、返事が来るまではドキドキした」

「返事来たの?」

「来た、・・・だからお前が生まれた」

そう言うと、
照れたようにお父んが少し笑った。

ちょっといい顔してると思った。

「お前が生まれるまでに二人流産してね、
 だから無事お前が生まれた時はお母さん、・・・とても喜んだ」

そう云えば、
お母んがいつか言ってたな、

「お前に兄弟を産んでやれなくてごめんね」

あの時は、
ヘンなことを言うよなと思ったけど、

そういう事があったのか。

お父んがまた言った。

「そりゃあ、
 子育てってのは大変だけど、

 育てるだけの値打ちはあるよ・・・」

雅人に話してみようかな、
「店を持つ夢は先送りだけど、産んでもいいかな」って。

雅人なら反対はしないはずだ。

 

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ねぇお父さん、お父さんはどうして
お母さんを好きになったの?

ねぇお母さん、お母さんはどうして
お父さんと結婚しようと思ったの?

僕が生まれることが分かったその瞬間は二人はどんな顔をしてたの?

出会ったときや初めて手と手つないだときみたいに笑っていてくれたの?

いつか そういつの日にか
僕も愛する人と巡り会えるその日が来たら僕も父さん母さんみたいに笑えるかな?

 

 

 


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