漫筆日記・「噂と樽」

寝言のような、アクビのような・・・

 ○又々 明治の女

2011年01月29日 | Weblog
今でこそ女医さんは珍しくもないが、
明治の初期、医師の国家試験が始まったころ、受験の対象は男だけだった。

女医を目指す女性たちは、
男ばかりの医学校で、
好奇や侮蔑の視線にさらされながら刻苦勉励し、
やっと医業を修得しても、今度は試験場で門前払いと云う仕打ちが待っていた。

これは当時、医師を志した二十歳の女性、生沢クノが、
医師国家試験の女性受験の許可を願い埼玉県宛てに出した請願書の一部。
 
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「医学試験請願書」

婦女もし骨盤帯のきわ、
生殖器に疾を患うときは、出生する処の嬰児もまた無病健康なる者少なし。

これ衛生上に於いて最も注意すべきの点なり。

然るにこれ、
婦女の性質、柔和の上 軟弱にして物に怖れ、人に恥じる有りて、

生殖器に疾病発症、
異常を知覚するも、恥じて夫にだも告げ語らず、
ために初め軽易の疾病も、ついに進んで治し難き症状におちいり、

病苦しのび難きの期に至り、
はじめて事実を夫に告ぐるも、

生殖器内、詳細の検査を受くるを恥じて医を延べ、
また、言葉を以って症状を語り、子宮鏡等の検査診断をこばむ者、無しとせず。

まことに婦人生殖器病の診断、医師も病者も容易ならず。

然ると云えども、
診断詳細を尽くさざれば治療ほどこし難く、その詳悉を尽くすは至って難し。

私、不肖なれども志をここに定め、
医学の修習に励むこと別紙履歴書のごとし。

願わくば受試問の上女医となり、
女どうしこそ婦人生殖器病を診断せば、
患者もまた女どうしの診断を受くること幾分か恥じる心も少なく、

軽易の症も速やかに検査を受くること必ずせり。

然すれば、生殖器病中に懐胎し、或いは分娩に苦しみ、
或いは軽易の症、その重症に進ましむる等の憂いは、これ有るまじきと存じそうろう。

仰ぎ願わくば、愚意を御洞察、
医学御試問あい成るよう御重情、臥して懇願たてまつりそうろうなり。

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16歳で結婚、夫に性病をうつされ、
精神病と云う名目で離縁されてしまった経験を持つ荻野吟子は、

この離婚経験や自身の治療の屈辱的な体験から医師を志し、
日本最初の国家試験に合格した女医となっている。






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