明源寺ブログ

浄土真宗本願寺派

春は?

2010-03-17 07:02:05 | Weblog
昨日は、この時期にしては記録的な暖かさ。昨晩のニュースでは、関東地方では噴水の周りで水遊びする子供達の姿が放映されていた。今日は、一転して藤原岳の山頂付近はうっすらと白く雪が。そして、雪雲特有の黒い雲が山全体をおおっている。この寒暖差の大きさ。これでは、体調管理も難しく風邪でもひこうというもの。
特に、この冬は雪と雨が多く、なかなか外の掃除ができないのが悩みの種。昔から、三寒四温ともいうが、まるで日替わりメニューの状態。下の駐車場は、立派な草がこれみよがしにはえている。これでは、まるで予定がたたず4月11日(宗祖・親鸞聖人降誕会法要)の足音は近づいてくるのに焦ることしきり。これも、地球温暖化の影響と言ってしまえばそれまでだが、余りの変動の大きさに不安にもなる昨今である。
過去、日本の歴史を調べてみると天変地異と称した異常気象があった。幾多の大飢饉がそれである。夏(ただし、当時は太陰暦)であるのに、雪が降り、作物がまったく育たず多くの人が餓えに苦しんだ。そのような多数記録も残っている。親鸞聖人が、誕生された承和3年(1173年)も、大飢饉に襲われた。都(京都)では、食べるものが全くなく多くのいのちが失われた。それは、あたかも地獄の様相であったという。幼き子供が、母親が餓死したことも知らず、乳房をねぶっていたと書かれている。吉田兼好法師の『徒然草』の語るところである。人々は、不安と恐怖に打ちひしがれたが、人々のこころに燎原の火のごとくに広がっていった希望の光があった。西方極楽浄土の教主、阿弥陀如来の救いを説く、浄土信仰である。その怒涛に流れの中で、法然上人・親鸞聖人がお出ましになり、阿弥陀如来の願いを信じ、阿弥陀如来のみ名を称えるれば、誰でもが救われるというお念仏の教えを説かれた。まさしく本願念仏の教えは、時季相応の教えであった。
現代社会も、無縁社会と呼ばれる冷たき社会の現実がある。人々は、大なり小なり、こころに不安を抱えた時代に生きている。この人々のこころを救う教えとして、今の真宗教団が使命を果たしているのかと強く思うところである。人々は、春の訪れを待っている。員弁川の河原に咲く黄色い菜の花のように。菜の花の如くに、たくましく頑張るしかありません・・・・・



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