John note~ヨハネのひとりごと

のんびりと気楽に書いてます。訪問し頂いた方に感謝。不定期。
書きたい時がきたら集中的に書くかもしれません。

ヨハネの雑記

2019-12-31 22:16:40 | のほほん雑記

今年一年ありがとうございました。

病気がちでゆっくり書いていくつもりでしたが、書いていくうちに力が入ってしまいます。

本当に訪問してくださる方には感謝いたします。

たいしたことのないブログですが、自分の言葉で書いていけたらといつも思っています。

決して聖書や聖人の言葉の受け売りにならないように。

Yブログで連載していたものは、ほとんどが消失してしまいました。

でも、決して失敗したとは思っておりません。

神様の言葉は同じであっても、日々新しい感じ方をさせてくれるものです。

また、心を新たにして新しい捉え方の記事を書いていきたいと思います。

批判や中傷もあっても頑張ります。

ブログをさせていただくにあたり、よい出会いもありました。

また、来年もよい出会いがあることを信じて発信していけたらと思います。

訪問していただいた方に聖母マリア様のご加護がありますようにお祈りいたします。


告解をいつするか!?

2019-12-30 17:32:57 | カトリックのひとりごと その2

カトリック信者なら告解を一年に一回はやらなきゃならないという決まりがあったと思う。

で、告解について考えてみた。

クリスマス前後に罪のゆるしの秘跡への招きがなされる。

自分もしようと準備をしようと思ったが仕事が忙しく、また、めまいが治らなく、それどころではなかった。

今もめまいは続いている。

以前は、準備して教会にいったものの、神父様は現れなかった。

告解には、タイミングがあると改めて思った。

確かにクリスマスイブ前や、四旬節には必要かと思う。

でも、聖体拝領したいがための回心の決意のない告解や、そういう時期だから的な告解ならしないほうがよいと思う。

回心してまた再度頑張りますと心に決めた時が告解の時だと思う。

だから私は告解していなくても聖体拝領する。

自分の罪を認識しながらも、神様の憐れみを信じ、自分の罪よりも神様の憐れみが大きいことを認め、聖体をいただかなければ明日からの元気がでないと神様に嘆願する。

告白の保留だ。

決して正当化されないことだが、神様はわかってくれていると思う。

中途半端な告白より神様は喜んでくださると思う。

なので、日々自分の時を狙っている。

 


ヘルプマーク 赤と緑

2019-12-29 15:53:51 | のほほん雑記

 

ヘルプマークって知ってましたか?

赤はなんとなくわかりますよね。

私に何か異変があったら助けて下さい、ですよね。

教会で見かけるおばあちゃんが車イスにつけてました。

でも、緑は知りませんでした。

赤の反対で何か異変を感じたら、私に言って下さい。

です。

どっちも着けようかな?


十字架の聖パウロ

2019-12-28 23:28:20 | カトリックのひとりごと その2

最近、十字架の聖パウロに目がとまる。

十字架の聖パウロは御受難会の創立者だ。

聖ジェンマや悲しみの聖母の聖ガブリエルは有名だ。

十字架の聖パウロは本を書いていない。

この中の言葉は、日頃の言葉をまとめたものらしい。

 

「試練を直視してはなりません。それが家庭の雑用からくるものであろうと、はたまた他の苦痛であろうとも。そうです、むしろ十字架につけられた愛、至愛なるイエズスのみ顔を眺めなさい。イエズスは悲しみと苦しみの王なのです。

このように行うと、すべてが甘美に思われます。心を高く神に上げなさい。」


カトリック教会 洗礼までの流れ

2019-12-28 12:12:16 | カトリックのひとりごと その2

 1、まず、教会に関わる

ミサにいく、電話をかける、勉強会に参加する

カトリックの洗礼に興味があることを伝える

2.神父さんに洗礼受けたいと伝える

3.入門式

 4.   勉強会スタート

5 洗礼志願式

6.洗礼名、堅信名を考えて神父さんと相談する

7.代父母を決める

 8.  洗礼・堅信(成人の場合は同時にやる)

一連の流れです。

教会や個人の事情で変わりますが、半年から一年で洗礼を受けれます。

教会により、洗礼式の時と信式の時、司祭様に気持ちとしてお金を差し上げるのですが、教会経費からか、個人からかはその教会により違うみたいですね。

基本、洗礼にお金はかかりません。

 1、まず、教会に関わる

最初、これが一人でいく人は苦労します。 

教会の回りをチョロチョロして、教会のドアを叩くまで

時間がかかります。 

教会に誰もいないことや、司祭の部屋が奥にある場合、聞こえないこともあります。

今の教会は、一人の司祭が複数教会を受けもっているので、事前に調べてから行くと良いでしょう。

手紙もメールもひとつの手段ですし、手っ取り早いのはミサに行って信者に取り持ってもらうといいと思います。

教会の勉強をしたとしても、洗礼を受ける、受けないは全く個人の自由です。

お世話になったからとか、申し訳ないとかという理由で洗礼を受けないほうがいいです。

あくまでも自分が受けたいか、否かで決めてほしいです。

なぜなら洗礼は霊魂に永遠に消えないしるしをつけるからで

す。