先月下旬に北海道を出発してからというもの、いつ果てるとも分からずに続いてきた高校野球の県別ネタですが、ついに列島の最南端・最西端にたどり着きました。トリを飾るのは鹿児島、沖縄の両県です。
★鹿児島
宮城と奈良ほど極端ではないものの、歴代出場校の顔ぶれに関する限り、鹿児島大会には興ざめさせられます。鹿児島県勢が全国大会に出場した63回のうち、八割近い48回を樟南、鹿児島実、鹿児島商の3校が占めているからです。今季大隅半島から初の代表校が出たことで話題となった通り、県都以外の地域からほとんど代表校が出ていないのも鹿児島大会の特徴です。今季の代表校である鹿屋中央を含めても、歴代代表校11校の中で、鹿児島市以外のチームは他に神村学園、出水商、れいめいの3校しかありません。それだけに、終盤になればなるほど、県都の強豪校が勝ち上がるという紋切り型の展開が見えてしまい、否応なしに興ざめするのです。
しかし、それを補って余りある見所が鹿児島大会にはあります。今季も散々取り上げてきた離島勢の戦いです。七つの島から12校が出場するという数の多さもさることながら、何より特筆すべきは分布の広さです。最も遠い与論島は、試合がある鹿児島市から直線距離でも550kmあり、フェリーで一昼夜を要します。北海道でさえ、北方領土を除けば直径500kmの円内に収まることを考えると、最北端から最南端までが600kmにも及ぶ鹿児島大会の壮大さは際立っています。
同じく離島勢が多い長崎と沖縄では、離島のチームの試合を開幕直後の週末に集中させることによって、開会式と初戦を一度の移動で済ませるという配慮があるのに対し、鹿児島大会にそのような気の利いた制度はありません。離島のチームが多すぎて、試合を集中させようにも限度があるからです。その結果、開幕から連日のように二校から三校の離島勢が少しずつ登場します。今季についていえば、開幕初日から全てのチームが敗退するまでの12開催日中、離島勢が1校も登場しなかったのは一日だけでした。初日早々離島勢が全滅してしまった今季の沖縄とは対照的に、細く長く楽しめるのが秀逸なのです。
しかも、それらの戦いが繰り広げられる七月の上旬から中旬といえば、梅雨の末期で雨天中止が続出する時期です。その結果、海路はるばるやっては来たものの、雨に降られて何日も足止めを喰らうという展開が、毎年のように繰り返されます。南の島の球児たちがどんな思いで試合を待っているのか、想像するだけでも楽しめるのが鹿児島大会のよいところです。
上記の通り県都に一極集中し、離島勢が唯一の見所といっても過言ではない鹿児島大会ですが、お約束の伝統校として甲南、鶴丸の二校だけ取り上げておきましょう。県都のチームのほとんどが「鹿児島」の名を冠する中、あえて二文字の固有名詞で言い切る潔さに一家言が感じられ、福岡の修猷館、熊本の済々黌などと同様印象に残る校名です。
★沖縄
全国大会への初出場こそ全都道府県中最後となったものの、沖縄県勢といえば今や押しも押されぬ強豪の一つです。出遅れが響いて勝利数こそ歴代19位の64勝ながら、.587の勝率は歴代10位。それより上位は大阪、愛媛、神奈川、和歌山、高知など名だたる強豪ばかりで、京都、東京をも上回っています。その結果必然的に注目される沖縄県勢ですが、少なくとも自身の趣味的見地からは、多くの点において他の大会に一歩譲るのが実態です。
沖縄大会の特徴といえば、まずは本土では考えられない独特の地名ですが、字面と響きの美しさでは北北海道の無名校に軍配が上がり、沖縄の地名には風流というより風変わりという表現が合っています。離島勢に関していえば、数においても分布の広さにおいても鹿児島大会が上手です。しかも、宮古島と石垣島については今や空路で一またぎする以外の手段がなく、フェリーで一昼夜かけて試合に赴くといった壮大さがありません。
そのような中で、いかにも沖縄らしさを感じさせてくれる点が一つあります。土日と休日だけを使い、初戦から決勝までを一月かけて戦うことです。序盤からの連戦も珍しくない激戦区がいくつかある中、平日には一切試合をしないというおおらかさに沖縄人の気質が感じられます。
沖縄最古の伝統校といえば首里です。伝統校といえば旧制中学か旧藩校というのが相場のところ、同校は18世紀末に琉球国王により設立されたという来歴を持ち、このことからして沖縄の文化の独特さを改めて実感させられます。沖縄県勢として最初に甲子園の土を踏んだのもここでした。本島中部のコザは選抜大会に出場した実績を持ち、片仮名のみの出場校名として空前絶後の存在となっていることについては、以前に述べた通りです。
以上をもって、全49大会の見所をさらってきた「全国大会展望・私の場合」は完結となります。過去このblogで高校野球について語るというと、実際の試合結果を振り返るのがほとんどで、地域別にまとめ直すのは初めての試みでした。開幕前の数日を使い、簡単に触れて終わりにするつもりが、当初の構想をはるかに超えて話題が膨らみ、一日二県が限度となって、終わってみれば一月半にも及ぶ「長期連載」となりました。どれだけ地味に思える県でも、一つや二つは見所があるものだというのが、終わった上での実感です。
散々時間を注ぎ込んだこともあり、自分の中で定型化された見所については、これであらかた書き尽くしたつもりです。しかし、追えば追うほど新しい発見があるのが地方大会でもあります。来季はそれらの話題を中心にして、全国をもう一周するのも一興かと考えています。
三日間離れる間に、地方大会は最終盤に突入しました。明日はそれらの結果を振り返って締めくくることにします。
★鹿児島
宮城と奈良ほど極端ではないものの、歴代出場校の顔ぶれに関する限り、鹿児島大会には興ざめさせられます。鹿児島県勢が全国大会に出場した63回のうち、八割近い48回を樟南、鹿児島実、鹿児島商の3校が占めているからです。今季大隅半島から初の代表校が出たことで話題となった通り、県都以外の地域からほとんど代表校が出ていないのも鹿児島大会の特徴です。今季の代表校である鹿屋中央を含めても、歴代代表校11校の中で、鹿児島市以外のチームは他に神村学園、出水商、れいめいの3校しかありません。それだけに、終盤になればなるほど、県都の強豪校が勝ち上がるという紋切り型の展開が見えてしまい、否応なしに興ざめするのです。
しかし、それを補って余りある見所が鹿児島大会にはあります。今季も散々取り上げてきた離島勢の戦いです。七つの島から12校が出場するという数の多さもさることながら、何より特筆すべきは分布の広さです。最も遠い与論島は、試合がある鹿児島市から直線距離でも550kmあり、フェリーで一昼夜を要します。北海道でさえ、北方領土を除けば直径500kmの円内に収まることを考えると、最北端から最南端までが600kmにも及ぶ鹿児島大会の壮大さは際立っています。
同じく離島勢が多い長崎と沖縄では、離島のチームの試合を開幕直後の週末に集中させることによって、開会式と初戦を一度の移動で済ませるという配慮があるのに対し、鹿児島大会にそのような気の利いた制度はありません。離島のチームが多すぎて、試合を集中させようにも限度があるからです。その結果、開幕から連日のように二校から三校の離島勢が少しずつ登場します。今季についていえば、開幕初日から全てのチームが敗退するまでの12開催日中、離島勢が1校も登場しなかったのは一日だけでした。初日早々離島勢が全滅してしまった今季の沖縄とは対照的に、細く長く楽しめるのが秀逸なのです。
しかも、それらの戦いが繰り広げられる七月の上旬から中旬といえば、梅雨の末期で雨天中止が続出する時期です。その結果、海路はるばるやっては来たものの、雨に降られて何日も足止めを喰らうという展開が、毎年のように繰り返されます。南の島の球児たちがどんな思いで試合を待っているのか、想像するだけでも楽しめるのが鹿児島大会のよいところです。
上記の通り県都に一極集中し、離島勢が唯一の見所といっても過言ではない鹿児島大会ですが、お約束の伝統校として甲南、鶴丸の二校だけ取り上げておきましょう。県都のチームのほとんどが「鹿児島」の名を冠する中、あえて二文字の固有名詞で言い切る潔さに一家言が感じられ、福岡の修猷館、熊本の済々黌などと同様印象に残る校名です。
★沖縄
全国大会への初出場こそ全都道府県中最後となったものの、沖縄県勢といえば今や押しも押されぬ強豪の一つです。出遅れが響いて勝利数こそ歴代19位の64勝ながら、.587の勝率は歴代10位。それより上位は大阪、愛媛、神奈川、和歌山、高知など名だたる強豪ばかりで、京都、東京をも上回っています。その結果必然的に注目される沖縄県勢ですが、少なくとも自身の趣味的見地からは、多くの点において他の大会に一歩譲るのが実態です。
沖縄大会の特徴といえば、まずは本土では考えられない独特の地名ですが、字面と響きの美しさでは北北海道の無名校に軍配が上がり、沖縄の地名には風流というより風変わりという表現が合っています。離島勢に関していえば、数においても分布の広さにおいても鹿児島大会が上手です。しかも、宮古島と石垣島については今や空路で一またぎする以外の手段がなく、フェリーで一昼夜かけて試合に赴くといった壮大さがありません。
そのような中で、いかにも沖縄らしさを感じさせてくれる点が一つあります。土日と休日だけを使い、初戦から決勝までを一月かけて戦うことです。序盤からの連戦も珍しくない激戦区がいくつかある中、平日には一切試合をしないというおおらかさに沖縄人の気質が感じられます。
沖縄最古の伝統校といえば首里です。伝統校といえば旧制中学か旧藩校というのが相場のところ、同校は18世紀末に琉球国王により設立されたという来歴を持ち、このことからして沖縄の文化の独特さを改めて実感させられます。沖縄県勢として最初に甲子園の土を踏んだのもここでした。本島中部のコザは選抜大会に出場した実績を持ち、片仮名のみの出場校名として空前絶後の存在となっていることについては、以前に述べた通りです。
以上をもって、全49大会の見所をさらってきた「全国大会展望・私の場合」は完結となります。過去このblogで高校野球について語るというと、実際の試合結果を振り返るのがほとんどで、地域別にまとめ直すのは初めての試みでした。開幕前の数日を使い、簡単に触れて終わりにするつもりが、当初の構想をはるかに超えて話題が膨らみ、一日二県が限度となって、終わってみれば一月半にも及ぶ「長期連載」となりました。どれだけ地味に思える県でも、一つや二つは見所があるものだというのが、終わった上での実感です。
散々時間を注ぎ込んだこともあり、自分の中で定型化された見所については、これであらかた書き尽くしたつもりです。しかし、追えば追うほど新しい発見があるのが地方大会でもあります。来季はそれらの話題を中心にして、全国をもう一周するのも一興かと考えています。
三日間離れる間に、地方大会は最終盤に突入しました。明日はそれらの結果を振り返って締めくくることにします。