日本列島旅鴉

風が吹くまま西東、しがない旅鴉の日常を綴ります。

訪ね訪ねて麻布まで(10)

2011-07-28 23:17:14 | 居酒屋
時折小雨がそぼ降る木曜日、中一日で麻布十番へ繰り出します。非公式な席だった一昨日に対して、今日は月末限りで産休に入る同僚の送別会の二次会です。もちろん身重のご本人を遅くまで引き回すわけにも行かず、なおかつ一昨日の面子も一人として揃わず、本日は全く違う面子での集まりとなります。訪ねるのは教祖おすすめの「ラッキー酒場」です。
麻布十番の繁華街の外れ、築50年の古民家を改装して酒場に仕立てたコンセプトは「あて」などの先駆けともいえ、開店当時は斬新な試みだったと推察されます。店内は土間から木のサッシにいたるまで、往年のものが極力手を加えずに残されて、調度品の一つ一つが年季を重ねた味わいを放っており、ぼんやり光る白熱球が風情を引き立てます。
品書きをざっと眺める限り、腹がふくれる安上がりなメニューは少なく、また高いものは相当にお高く、いかにも麻布の酒場というのが第一印象です。しかし、選びに選ぶと最初の一杯から〆の一品までの組み立てを描けるのが、この店の秘めたる実力の表れといえます。酒は白鷹の樽酒で、赤い袴を履かせた白磁の細い徳利が、モノトーンの店内に効果的な彩りを添えます。谷中生姜に添えられた胡麻をまぶした焼き味噌が香ばしく、安曇野産と思しき短冊に刻まれたわさび漬けは、辛口の味わいがきわめてさわやかです。そのままでは食せないほど濃厚なゴロ焼きも酒を進ませます。看板メニューといわれる鶏の素揚げは、値段の割に感動するほどの品ではないものの、土間に流れる懐メロを聴きつつ、良質な酒肴を嘗めて樽酒をあおるという楽しみは、はしごの二軒目にはまことに好適です。
唯一惜しまれるのは、蒸し暑い真夏の夜だけに、木のサッシが閉め切られて冷房が入れられていたことです。横須賀の「銀次」しかり、近所の「あて」もしかり、窓を開け放って風を入れると、日本家屋は一段と風情を放ちます。秋風と虫の声を心地よく感じる季節になったら、この店をもう一度訪ねてみたいものです。

ちなみに、荒れに荒れた一昨日とは対照的に、今日はボスが同席したこともあるのか、終始まったりした二軒目らしい雰囲気でした。よくよく聞けば、一昨日同僚たちと別れた後、彼らは彼らで河岸を変えて呑んだそうで、そう転ぶと分かっていたなら、何も独酌などせずに、この店へ案内すればよかったという気がしなくもありません。しかし、あの場の流れを持ち込んだとすれば、おそらく店の雰囲気を壊していたでしょう。話の続きがしたいなら、彼らは彼らで店を選んでもらうのが正解だったともいえます。居酒屋の居は居心地の居、どんなによい店でも、その店が放つ居心地を楽しめなければ意味がありません。まったりとした今日の流れには、この店のレトロな雰囲気が何よりおあつらえ向きでした。

ラッキー酒場
東京都港区麻布十番3-8-5
03-5484-8075
1730PM-2300PM(LO)日祝日休
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