日本列島旅鴉

風が吹くまま西東、しがない旅鴉の日常を綴ります。

京浜沿線はしご酒(7)

2011-06-25 17:08:39 | 居酒屋
二軒目はこの日の真打ち、「銀次」を再訪します。箱根帰りの寄り道というにはやや遠回りにも思える横須賀を訪ねたのは、この酒場のためといっても過言ではありません。というのも、都内から赴くにはやや遠い横須賀で、月一回の土曜を除きウィークデーしか店を開けないという到達の困難さから、よほど巡り合わせがよくない限り再訪できないところが、今日は渡りに船の営業日ということで、半ば自動的に目的地が決まったという次第です。一軒の酒場のためにここまで足を延ばすのも、偏にこの名酒場で独酌がしたかったからに他なりません。

古きよき日本家屋の設えをそのまま残した店構えは秀逸の一言で、なおかつそれが寄る年波を感じさせることなく、大切に手入れされつつ使われている様は、矍鑠とした老紳士を見るようです。暖簾をくぐって左がL字のカウンター、右に小ぶりなテーブル席という構成は中央酒場と同じながら、L字の短い一辺がここでは店の奥手に配され、暖簾の脇に張り出した揚場の窓が、古びた建物の味わい深さをなおさら引き立てています。右手のテーブル側には大きな木のサッシがはめ込まれ、間口と合わせて二面採光の広くて明るい店内は、奥手に細くて長い中央酒場とは対照的です。酷暑の宵に訪ねた前回締め切られていた窓が開け放たれて、初夏の空気が店内にほどよく吹き込みます。
角がとれて丸くなった一枚板のカウンターの中程に陣取れば、内側は見事な古典酒場の厨房です。てきぱき動くおばちゃん達の中でも、筆頭格とおぼしき頭巾のおばちゃんは自分の目の前で全体を取り仕切り、揚場にはまた違うおばちゃんが張り付いて、それぞれが自分の持ち場を大きく離れず一定範囲で動いており、秩序のとれたチームプレーといった感があります。これに対し、かなりのベテランと思しき細身の板前は、店内奥手の持ち場を一切離れず、背後に構える造り付けの冷蔵庫から食材を取り出しては華麗な包丁さばきで酒肴に仕立て、これをおばちゃん達に流して行き、板前とおばちゃんが織りなす静と動の対比が見る者を楽しませてくれます。店の設えと働く人々の立ち振る舞いを鑑賞すれば、それだけで酒が二合は呑めそうです。

もちろん、酒の肴の充実ぶりも素晴らしく、厨房の奥には地物の魚を中心とした短冊の品書きが無数に並び、安いものでは300円から、高いものでも600円まで、どれをとっても外れがありません。中でも食したかったのが、様々な具材が溶け込んだ、ほんのりセロリが香る独特の煮込みです。一年近く待ち焦がれた煮込みは、当時のままの深い味わいでした。鰯、さらし鯨と続けてお次は焼き茄子です。一軒目と同じものというなかれ。焼き上げた茄子をぶつ切りにして鰹節を散らした中央酒場の焼き茄子に対して、こちらは茄子の丸焼きというべき仕立てで、それぞれに違った味わいがあります。合わせる酒はもちろんホッピーです。こちらのホッピーはいわゆる三冷ではなく、その代わりに氷を入れるか入れないかを聞かれます。当然ながら氷を入れない正統派の「なしホッピー」を選択しますが、時節柄「入りホッピー」もそれなりに出ているようです。いずれにしても焼酎はグラスに二分目、メーカー推奨の黄金比はここでも忠実に守られています。
右も左も手練れの一人客という心地よい緊張感は、この酒場においても見事に貫かれています。何しろ、座るやいなや「いつもの」の一言でキリンの瓶ビールが差し出されるような世界です。そのやりとりだけでも、この店が地元の通人に古くから愛された筋金入りの名店であることが一目瞭然です。味わい深い店内の設え、働く人々の立ち振る舞い、安くておいしい酒肴の数々、一人静かに盃を傾ける呑人と、河岸は違えど横須賀の大衆酒場の楽しみは共通しています。そこから分かることは、酒と肴は居酒屋の楽しみの一つであって全てではないということです。「居酒屋は居心地を楽しむ場所」という先人の言葉をしみじみ感じて盃を傾けます。

銀次
横須賀市若松町1-12
046-825-9111
1600PM-2300PM(第四土曜除く土日祝日定休)

ホッピー・清酒
いわし刺
煮込み
さらし鯨
なすやき

コメント (2)    この記事についてブログを書く
« 京浜沿線はしご酒(6) | トップ | 京浜沿線はしご酒(番外編) »

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (古典酒場編集長)
2011-07-04 08:36:19
まさに、居酒屋は、その場の雰囲気もつまみになる空間ですよね。店主の方や、常連さんたちとのやりとりなどを眺めながら呑むお酒は、これまた格別ですよね~。
返信する
ようこそ (mosboya)
2011-07-04 23:00:01
編集長ご本人ですか(冷汗)
よくこのblogに気付かれましたね…
返信する

コメントを投稿