水俣病の現在

2006年はチッソ付属病院から水俣保健所に「奇病」発見の公式通知から50年。水俣病公式確認から50年です。

水俣病認定要件(1977年)

2006年09月25日 | 水俣病
昭和52年(1977年)に環境庁が発表した「後天性水俣病の判断条件」。別名52年判断条件。水俣病の公式認定の基準となるが、一人に複数の症状が見られることが必要である。①~⑥は水俣病に多発する症状(環境省1977)である。
①感覚障害
②運動失調
③平衡機能障害
④求心性視野狭窄
⑤中枢性眼科障害
⑥中枢性聴力障害
⑦その他
   

熊本県が委嘱した医師・研究者が水俣病認定審査をする。メチル水銀説を実証した熊本大学医学部関係者は、国から県への圧力があり、審査委員としては委嘱されない。
①~⑦の認定要件は厳格すぎ、水俣病患者の多くを切り捨てているとして、批判が多い。水俣病に認定されると、慰謝料(1,600~1800万円)、医療費(全額)、年金(月額68,000~173,000円)の支給を受けることができる。しかし、チッソ、熊本県、国は経済的負担を軽減するため、水俣病認定患者をできるだけ認定しないようにしている。
52年認定基準を定めた時の環境庁長官が石原慎太郎、現東京都知事である。水俣病ニセ患者発言が問題になった。

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2004年関西水俣病最高裁判決で、複数要件を認定基準とするのは誤り、との判決があった。特に①の感覚障害は水俣特有だから,これだけで認定OKとした。また②~⑦も明瞭な症状ならば水俣病の認定OKである。つまり最高裁判決では①~⑦の1症状で水俣病と認定されることになる。

水俣病の認定には、環境省基準(政府の52年判断条件)と最高裁基準(04年判決の司法基準)の2つが並立している。政府基準は誤りだが,司法基準に変更すると,水俣病患者数は激増し,政府の財政問題と直結する。このため,政府(環境省)は政府基準の変更引き延ばしをはかっている。

環境相私的諮問委員会は認定基準の見直しをするように諮問案を決めたが,環境省の横やりのため,3年後に見直しを検討するとの諮問になってしまった(2006年9月)。
基準が2つになったため、水俣病認定審査会は委員が辞任してしまい、認定作業が中断の状態にある。
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水俣病認定作業は1959年12月25日、厚生省の「水俣病患者診査協議会」で始められた。この時は、チッソの見舞金契約の対象者を減らすための水俣病認定作業であった。公平中立ではなく、チッソにとって有利になるような水俣病認定作業であった。この体質は2004年の水俣病関西訴訟の最高裁判決で厳しく批判された。それでも政府(環境省)は水俣病の患者認定の姿勢を改めようとしない。
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チッソ水俣工場ではアセトアルデヒド製造時に触媒として金属水銀を使ったが,アセトアルデヒドと水銀が反応して,猛毒のメチル水銀になった。海水中ではメチル水銀が魚介類の生態系で濃縮されて,水俣病の原因物質になった。



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1 コメント

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Unknown (MTH)
2009-09-23 10:45:08
水俣病に関しての分かり易い情報をありがとうございます
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