廃校を巡る

風雪に耐えた美しい木造校舎。小さな空き地にポツンと二宮尊徳。
錆びたブランコに、朽ちかけた百葉箱。廃校ノスタルジア…。

日光市 川治小中学校

2014年08月25日 12時16分19秒 | 栃木の廃校
狭く急な坂道をクネクネと上った先には思いがけず広々と開けた学校跡がありました。

学校のある川治温泉も鬼怒川温泉と共にかつての勢いはなく、
寂びれた雰囲気の温泉街です。
お土産屋さんはシャッターを下ろしてずいぶんと経っているようですし、
荒れた感じの廃旅館もあったりします。

細い渓流沿いの道からさらに狭い道を登った先にある
日光市 川治小中学校は閉校から4年。
まだまだきれいで、子供達の声が聞こえてきそうです。

玄関にはまだ子供が遊んでいますよ…。

誰かのいたずらでしょうか、内蔵むき出しの人体模型がお出迎え…。
そう言えば、去年の夏は尿管結石で辛かったなー。
尿管はどの辺りかなちょっと調べてみよう…。

全く霊感とか無い自分ですが、
こんないたずらはちょっとビビりますね。

コンクリート3階建ての校舎に、
一段高くなった敷地に切り妻造りの校舎が4棟と体育館。
ちょっと変わった造りですね。
切り妻の校舎は小学校でコンクリートの校舎が中学校の校舎ようです。
小中学校併設なので低学年向けの遊具から中学生向けの体育施設まで充実してます。


沿革
明治7年5月 高原、川治二村連合の高原小学校として栃久保に開校
大正10年4月 藤原尋常高等小学校高原分教場と改称
昭和16年4月 藤原町国民学校高原分教場と改称
昭和19年3月 藤原町第二国民学校として独立
昭和22年4月 藤原町立川治小学校と改称 藤原町立藤原中学校川治分校併置
昭和31年4月 藤原町立川治中学校として独立
平成18年3月 市町村合併により日光市立川治小学校 中学校に改称
平成22年3月 統合により閉校 統合先鬼怒川小学校 藤原中学校

















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4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
ここを紹介してくれてありがとう (卒業生)
2015-07-03 00:03:57
ここの小中学校を卒業した者です。
廃校になったのを知ったのは…3年前…

今から、53年前、父親の仕事でこの小学校に転校し、中学を卒業するまで、この山間の小さな温泉町で暮らしてました。
学校が無くなるのは、故郷を失うような損失感がありました。昨年、この廃校を訪れ、ただ佇んで、昔を思い出していました。人知れず歴史の中に埋もれて消えて行く…それが定めと判っていても、やはり、寂しさはひとしおです…紆余曲折して波乱な人生でしたが、忘れる事のない少年期を過ごした学校です…
紹介してくれて、ありがとう…
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卒業生様コメントありがとうございます (管理人)
2015-07-06 19:12:34
卒業生からのコメントありがとうございます。53年前というと今とはかなり違っていたのでしょうね。私の卒業した小学校も今は無く、心の中でしか学舎の姿はありません。
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コメントありがとうございます (卒業生)
2015-07-06 22:46:17
管理人さんが写真に収めた希望ヶ丘の石碑の横には、国旗掲揚塔があり、実はその掲揚塔は1964年の東京オリンピックで使われた国旗掲揚塔がオリンピックの翌年に寄贈されたものでした。奇しくも、今また東京オリンピック再来で世間は騒いでますけど、あの頃の人々は希望と夢に満ちていた時代だと思います。
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Unknown (Unknown)
2018-02-28 11:55:05
川治小学校は私の母校です。
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