MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯79 失敗学のススメ

2013年10月30日 | 日記・エッセイ・コラム

 先日、工学院大学教授で東京大学名誉教授の畑村洋太郎先生にお話を伺う機会がありました。

 畑村先生は、事業所等における事故調査などを通じて欠陥品の製造や事故などを未然に防ぐことを目的にNPO法人「失敗学会」を立ち上げるとともに、失敗という貴重な財産を生かし、失敗から学ぶという視点から同法人を中心に「危険学プロジェクト」を進めています。

 また、畑村先生は、国土交通省の運輸安全委員会の中心メンバーとして、多数の死傷者を出したJR西日本の福地山線脱線事故の検証などに携わられたことで広く知られています。

 また、福島第一原子力発電所における放射性物質漏出事故に関しては、昨年8月に政府の事故調査・検証委員会委員長に就任され、現場作業員から菅元総理に至るまで様々な関係者へのインタビューを積み重ね、詳細な調査報告書にとりまとめられたのは記憶に新しいところです。

 巨大事故の元凶となる「失敗」はどこに潜んでいるのか。畑村先生は成熟した組織ほど、こうした「失敗」が発生する可能性は高いと指摘します。

 その原因は、成熟した(年老いた)組織では、組織内の各セクションにおいてそれぞれの持ち分(責任の範囲)を限定することに意が用いられ、中間的な分野や新しく生じた分野の責任の所在があやふやになりがちとなることにある。つまり、危機管理上の重要な要件が「誰かがやるだろう」と見送られている可能性が高まるからだとしています。

 また、成熟した組織では、マニュアル化された管理が徹底されることになるが、マニュアル化すればするほど想定外の事態への想像力が働かなくなり、そのことによって想定外の状況への対応が難しくなるということでした。そして畑村先生は、このような成熟した(硬直した)組織を危機から救うのが、いわゆる「失敗学」であるとしています。

 労働災害の分野に「ハインリッヒの法則」というものがあるそうです。1件の重大災害の陰には29件の軽い災害があり、300件もの「ヒヤリ」とした体験があるというものですが、様々な事故や失敗の背景にも同様の法則が存在しているというお話がありました。

 従って、どんな小さなミスであったとしても様々な失敗は失敗として自覚し、その原因を分析し再発防止策を考えることで、大きな失敗が起こる確率を大幅に減らすことができるというのが、畑村先生の示唆するところです。

 また、先生は、人の注意力には限界があり、あらゆることを完ぺきにこなすことは不可能だという前提に立つことが大切だと言います。安全を確保するために必要な事柄には階層性があり、何が一番大切なのかという優先順位を常に意識しながら対応することが重要だという指摘もありました。

 そういう中で、今回「フクシマに学ぶこと」としてお話をいただいたのは、想像力不足、想定不足に端を発した今回の原発事故を踏まえ、人には「見たくないものは見えない」「見たいものだけが見える」という人間心理を客観的に意識するということと、危険に対座して議論できる文化を醸成するということの重要性についてでした。

 大きな事故の第一の原因はヒューマンエラーによるものです。これはアメリカで起きたスリーマイル島の原発事故などが該当します。第二の原因として、例えヒューマンエラーが無かったとしても、運営のシステム自体に間違い(エラー)があって大きな事故が発生する場合が挙げられます。チェルノブイリ原発の爆発事故などがこれに該当するということでした。

 そして第三に、人にもシステムにも問題がなかったとしても自然災害によって悲惨な事故が生じる可能性があるというものです。福島第一原発のような地震や津波などの災害によってもらたされる事故がこれに当たります。

 畑村先生は、さらに第四の事態として、犯罪やテロなどの悪意による事故を想定する必要があること。さらには第五の事態として、例えば大雨の後の地震とか、お互いに関係のない事故の連続発生などの偶然の要素も無視できないと指摘しています。

 見たくないものを見るにはどうしたらよいか。人間の想像力には限界があります。だからこそ、実際に起こった「失敗」に学び、どうすれば失敗を避けられたのかを検証することが「失敗を繰り返さないこと」につながるのだという先生の指摘には、大きく頷くけるものがありました。