トランプ米大統領が5月19日に行った欧州首脳らとの電話会談で、「ロシアのプーチン大統領にはウクライナでの戦争終結の意思がない」と話したと同22日の米紙ウォール・ストリート・ジャーナルが伝えています。
そんなの最初っからわかってたこと。「オレ様が出ていけば(電話一本で)片が付く」なんて思ってたのはアンタだけだよ…って思わないではありませんが、自信満々なトランプ氏には意外な反応だったようです。
関係者によれば、トランプ大統領は19日の電話会談でプーチン氏に即時停戦を強く迫ったとのこと。しかし、プーチン氏からは同意を得られず、「戦況が優位であることを理由にプーチン氏は早期終結に応じない姿勢だ」と、欧州首脳らに説明して回ったということです。
ともあれ、そうしたロシアの姿勢を裏付けるように、プーチン大統領は5月22日、ウクライナとの国境沿いに「安全保障のための緩衝地帯」を設ける方針を明らかにしています。そこには、国境沿いのウクライナ領土を「緩衝地帯」としてさらに拡大支配することで、(自国の安全を口実に)侵攻を進める意図があるとされています。
長引く戦闘で、ロシア側にもたくさんの被害が出ているはずなのに、なぜプーチンはこれほどまでにウクライナへの侵攻を続けていくのか。その辺りの事情について、5月20日の日経新聞(電子版)に、同紙編集委員の田中孝幸氏が『停戦できぬプーチン氏、解けない「プリゴジンの呪縛」』と題する署名記事を掲載しているので、参考までに指摘の一部を残しておきたいと思います。
ロシアのプーチン大統領とトランプ米大統領が5月19日に交わした電話協議は、結局「即時停戦」にはつながらなかった。それはなぜなのか?…結論から言えば、プーチン氏の頭には、「戦後」に想定される自国内の社会不安への懸念がある(からだ)と田中氏は綴っています。
侵略開始以来、ウクライナに計100万人を超える兵員を投入しているとされるロシア。英国防省は、そのうち既に90万人が死傷などで消耗しており、戦死者は20万人を超えている(はずだ)との分析結果を発表しているということです。
こうした極めて高い損耗率にもかかわらずロシア社会が平穏を保っていられるのは、国民の反発が強い強制動員を避けて高給で志願兵を大量採用してきたからだと田中氏はこの論考に記しています。また、受刑者も(兵役後の放免などを条件に)兵士に大量登用されており、米紙ワシントン・ポストによれば、ウクライナ侵略前に42万人と推定されたロシアの受刑者が、現在では26万6000人にまで減少しているということです。
ロシア軍は、こうした兵力を兵員の犠牲を省みない「人海戦術」に投入し、徐々に支配地域を広げてきた。兵力数で劣るウクライナ軍に真似できない人権無視の戦い方は、ロシア国内でも「肉ひき機」(に兵士を放り込む)戦術と呼ばれていると氏は話していいます。
もしも、ここでウクライナとの停戦に至れば、このような過酷な戦場を経験した大量の退役兵がロシア社会に復帰することになる。一部はウクライナの支配地域にとどまるにしても、数十万人が軍務を離れるのは確実だというのが氏の指摘するところです。
実戦経験が豊富なうえ、トラウマを抱えて社会復帰が困難な退役兵は、(言い方は悪いが「ならず者」となり)プーチン政権にとって脅威になる可能性が高いというのが氏の指摘するところ。実際、旧ソ連時代には1979〜89年のアフガニスタン侵攻で出た大量の退役兵が、ロシアの社会不安をもたらしたことがある。そして、その深刻さは、民間軍事会社ワグネルによる2年前の「プリゴジンの乱」からも垣間見えると氏は説明しています。
傭兵組織「ワグネル」の創設者でプーチン氏の側近だったエフゲニー・プリゴジン氏は、ワグネルを傘下におさめようとする国防省と対立し、23年6月にロシア南部で武装蜂起した。最終的には蜂起を取りやめたものの、わずか1日でモスクワ郊外にまでに進軍した彼らに、ロシアの治安機関や国内の軍部隊がなすすべもなかったのは記憶に新しいところです。
田中氏によれば、軍隊運営では「1年の実戦経験は20年の訓練に勝る」(欧州主要国の軍幹部)とされており、ロシア軍部隊はワグネルの電撃的な進軍に圧倒されたとみられる由。ましてや国内の市民の取り締まりを主な任務とする治安機関は、軍部隊との交戦で対抗できる態勢にはなかったはずだということです。
ウクライナの戦場を生き抜いた大量の退役兵は、一時期のワグネルと同様、政権が抑えがたい存在になるのは必至と言える。愛国的に戦った末、軍の統制から外れた退役兵を弾圧したら、武装グループを組織して反政府蜂起を起こしかねないというのが氏の認識です。
多くの退役兵は心的外傷後ストレス障害(PTSD)を抱え、社会復帰に大きな困難が伴う者も多い。欧米の経済制裁下、ロシア政府には退役兵への十分なケアを提供する余裕も乏しく、退役兵が反社会勢力に流れる懸念もあると氏は言います。このため周辺国では、例えウクライナで停戦が実現したとしてもプーチン氏が新たな紛争を引き起こし、現在の戦闘態勢を維持し続けるのではないか…との警戒感が広がっているということです。
バルト3国のある高官は、日本経済新聞のインタビューに答え「プーチン氏は平和に関心がない。欧州とロシアの戦いは長く続くだろう」と語ったと、田中氏はこの論考に記しています。
武装蜂起を起こして2カ月後に(不自然な)飛行機事故で墜死したプーチンの盟友プリゴジン氏。彼は生前、政権の汚れ役として雇い兵や受刑者の大量リクルートを担い、人権無視の戦術を推し進め、プーチン氏から「英雄」として称賛を受けていたということです。
そうした中、同氏の死後、ロシア軍の基本的な戦い方として採用され、確立された「人海戦術」は、当のワグネルが主導したものだったと田中氏は指摘しています。氏によれば、ロシア軍に関する情報収集にあたってきた中欧諸国の軍幹部は、「プリゴジン氏は死んだが、人海戦術や退役兵の問題など同氏がもたらした呪縛は長期にわたってロシアを悩ませ続けるだろう」と語ったとのこと。
「自業自得」というワケではないでしょうが、このままでは暴力が牛耳る暗闇から抜け出せないのは、ロシアもプーチンも(そしてウクライナもEUも)同じこと。「泥沼化」するウクライナでの戦闘。いい悪いの判断とは別に、(とにかく)停戦の糸口を探ることも場合によっては必要になるのかなと思うのですが、果たしていかがでしょうか。