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MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2836 米国一国主義から学ぶこと

2025年05月26日 | 国際・政治

 トランプ政権下で導入された関税政策は、第二次世界大戦後の国際社会を(「自由貿易の旗手」として)まとめてきた米国の通商政策における大きな転換点と言えるでしょう。しかし、もともと米国は、(建国以来)国際的な関与と孤立主義の間で揺れ動いてきた国であることも忘れるわけにはいきません。

 独立戦争後の18世紀末から19世紀にかけて、新興国であった米国は、国内産業を守るため関税を活用して外国製品との競争を制限していました。19世紀後半から20世紀初頭にかけて工業化が進んでもその姿勢は変わらず、第一次大戦後の孤立主義的な高関税政策は世界的な貿易縮小を招き、大恐慌を悪化させる要因となったとも言われています。

 しかし、第二次大戦の混乱を経て、米国は自由貿易を推進する国際秩序の構築に舵を切りました。1947年のGATT(関税及び貿易に関する一般協定)やその後のWTO(世界貿易機関)の設立を主導したのは米国であり、目指された「多国間貿易体制」は世界経済の骨格をなすものと言えるでしょう。

 そして始まったトランプ2.0。「米国一国主義」の第2幕は、今年4月5日、全ての国から輸入される全ての品目に10%の追加関税を課すという大統領令への署名で幕を開けました。さらに、4月9日から、米国の貿易赤字額が大きい国に対し関税率を引き上げる「相互関税」を課すこととし、(自由主義経済の下)価値観を共有してきた国々との間で「ディール」と呼ばれる一方的な調整が始められています。

 世界を驚かせ、大きく揺さぶるトランプ関税。米国への非難が高まる中、世界経済における自由貿易の旗印を(「社会主義市場経済」を標榜する)中国が担うという冗談のような状況も生まれています。

 しかし、だからといってトランプ批判ばかりしていても始まらないのは事実です。迫りくるトランプ関税を前に、私たち日本はどのように対応していけばよいのか。そんな事を考えていた折、5月20日の日本経済新聞の経済コラム「大機小機」に、『トランプの誤りに学べ』と題する一文が掲載されていたので、参考までに筆者の指摘を小欄に残しておきたいと思います。

 「米国第一主義」を掲げたトランプ大統領を迎えたのは、期待外れの現実だった。「成果が出るには時間がかかる」と忍耐を呼びかける彼が手にしたのは、成果よりも失ったものの方が大きいと筆者はその冒頭に記しています。

 最大の損失は「信頼」の喪失にある。友達すなわち気脈を通じた国が米国から離れてしまうと筆者は話しています。実際、米国へと回帰する製造業がどれほど役に立つかすらよくわからない。米国への回帰が難しい技術や産業も多く、また新たに雇用する技術者や労働力のコストが重荷になるケースもあるということです。

 つまり、いくら米国が経済活動を囲い込もうとしても国内だけで完結するはずはなく、一方で弱点は弱点として残っていくということ。こうして米国は、物事を全視野的に把握しないまま誤りに大きく足を突っ込んだというのが筆者の認識です。

 そんな中、「米国第一主義」を(ただやみくもに)批判するだけでは灯台下暗しだろう。同じことが規模こそ違え、この日本でも起きていると筆者は指摘しています。

 筆者によれば、その代表格が農業政策とのこと。昨夏以来の米騒動は、食料安全保障だけを唱え続けることがいかに空虚なのかを見事に実証した。農業世帯の急速な高齢化や主要農産地の深刻な人口減少が進む中、「小規模農家を保護しよう」とするだけの政策が大きく的を外しているのは明らかだったと筆者はしています。

 まずは農業を「食料生産産業」として正しく認識し、生産性向上のために何が求められるのかを考え、政策に落とし込む必要がある。そして、視野を広げたうえで、中山間地域を含めた国土の有効利用と、人工知能(AI)を代表とする新しい産業技術の活用すること。さらに、希少化する人材の育成とその活躍の場の提供を総合的に組み立てて、はじめて国民のための農業政策となるということです。

 農業ばかりでなく、産業の境界が曖昧になっている現在、関係するステークホルダーについても既存の枠組みを大きく見直す必要があると筆者は話しています。たとえば半導体であれば、回路設計はサービス業でありその製造を外部委託して成り立つようになった。「自動車製造のサービス産業化」と呼ばれるように、電気自動車(EV)のシェア上昇とともに、自動車製造でも自動運転をはじめとするソフトの重要性が急速に増しているということです。

 筆者によれば、経済活動が自国のみで完結しないのと同様に、産業もまた旧来的な枠組みの中では機能不全に陥るとのこと。(「米国一国主義」の轍を踏まず)垣根をつくるのではなく取っ払ったうえで、いかに効率性の高い活動を得るのかに思考を巡らせることが最重要だと話す筆者の指摘を、私も興味深く読んだところです。


#2835 誰かが黒字なら誰かは赤字(自由貿易とはそういうもの)

2025年05月25日 | 国際・政治

 日本と欧州連合(EU)の閣僚が貿易や経済安保を話し合う「日・EUハイレベル経済対話」が5月8日に東京都内で行われ、米国のトランプ政権が進める相互関税などの保護主義的な動きに対し、自由貿易体制を維持するため相互の協力関係を確認したと報じられています。

 会合にはEUのシェフチョビチ貿易・経済安全保障等担当委員と岩屋毅外相、武藤容治経産相が出席。シェフチョビチ氏は「日本とEUは経済と安全保障で同様の課題に直面している」と述べ、ルールに基づく貿易の重要性を強調した由。「経済安全保障」が注目される昨今、保護主義への傾斜が相互安全保障の障害になると捉えられていることは注目に値します。

 しかし、もともと「グローバル経済」や「自由貿易」と、「地域安全保障」との相性は、それほどいいものではなかったはず。日本で言えば、「食糧安保」然り、「エネルギー問題」然り、「防衛資材」然り…国内において一定量が確保できなければ「心配」と考える国民も依然多いことでしょう。

 もちろん、地政学的なリスクが高まる昨今では、同じ価値観を持った国同士がネットワークを構築し、必要な部分を補い合うという集団安全保障や集団的自衛権の確保が主流となっています。しかしその一方で、(だからこそ)一旦、国家間の信頼関係が失われたり緊張関係が高まったりする事態が生じると、地域の安全保障環境も同時に大きく損なわれる環境も生まれがちのようです。

 そうした折、5月14日の総合情報サイト「Newsweek日本版」に経済評論家の加谷珪一(かや・けいいち)氏が、『トランプ関税を批判しながら、「国産」にこだわる日本は矛盾している? 自由貿易が「限界を迎えた」理由』と題する一文を寄せているので、参考までに指摘の一部を残しておきたいと思います。

 米トランプ政権の相互関税政策への対応に各国が苦慮している。しかし、(見方によれば)トランプ氏は各国が潜在的に持っている保護主義的価値観を前面に押し出したにすぎず、「アメリカだけが貿易赤字を気にしない」ことで成り立っている戦後の自由貿易体制の矛盾を顕在化しただけとも言えると、加谷氏はこの論考の冒頭に綴っています。

 各国からの輸入品に「高関税をかける」という保護主義的な動きを強めるトランプ氏。氏によれば、(日本を含めた)各国メディアはトランプ氏に対する批判を繰り返すが、多くは「トランプ氏は無知であり、保護主義を実施すればアメリカも損することを分かっていない」という話に集約されるということです。

 しかし、トランプ政権が掲げた政策は、本当に(それほど)メチャクチャなのか?…と、氏はこの論考で(敢えて)疑問を呈しています。氏によれば、自由貿易体制を前提として運営されてきた戦後の国際社会において、理論的根拠となっているのが(イギリスの経済学者)リカードが提唱した「比較優位説」とのこと。その重要なポイントは、「各国が相対的に得意な分野に特化したほうが全体にとって利益になる」という部分だと氏は説明しています。

 一国で全てを賄うよりも、各国が分業を行い、不得意なものは輸入したほうが全体の生産性は上がる。自由貿易体制における貿易黒字・貿易赤字は役割分担の結果として生じた現象にすぎず、それ自体に良い悪いという意味はないというのが(比較優位説における)標準的な解釈だということです。

 こうした自由貿易の理論に従えば、「不得意なモノを生産するのは非効率なので、政策として選択すべきではない」ということが合理性を持つ。しかし、人間というのは感情を持つ厄介な動物であり、現実はそうなっていないと氏は言います。自由貿易体制で大きな利益を得てきた日本ですら、保護主義的価値観は社会に広く浸透している。例えば航空機や半導体の分野はその象徴だということです。

 航空機産業には、航空機本体の製造と、部品・素材という2つの分野がある。日本は航空機を製造するのが不得意であり、部品や素材の製造を得意としている。逆にアメリカは航空機本体の製造が得意だと氏は説明しています。

 そうであれば、日本が航空機本体を開発・製造するのは非合理的で、部品や素材に特化すればよいとの結論になる。高性能半導体も同様で、日本が最も不得意とする分野の1つであり、必要な製品は輸入したほうが圧倒的に効率的だということです。

 しかし、それでも日本はジェット旅客機の国産化にこだわり、国費まで投入してメーカーを支援した(→プロジェクトは失敗)。高性能半導体についても、数兆円の国費を投入して国産品を開発し、世界市場に打って出ようとしていると氏はしています。

 こうした輸出振興策は、自由貿易の理論に従えば無意味ということになるが、「日の丸を世界に」という一連の政策を支持する国民は多い。そして同様に、貿易赤字についても「デジタル貿易赤字」が「問題だ」と指摘されるケースが増えているが、「問題だ」とする言葉の裏には、貿易赤字は悪とのニュアンスが強くにじみ出ているということです。

 このように、(例え頭ではわかっていても)各国は「貿易を黒字にしたい」という無意識的な価値観を持っており、これまで赤字を気にしていなかったアメリカもその意向を前面に押し出すようになった(のだろう)と氏はこの論考で推測しています。

 しかし、誰かが黒字になれば、その分誰かが赤字になっているのは小学生でもわかること。双方が黒字を主張する状況で(このまま)自由貿易体制を維持するのは困難だろうと話す加谷氏の指摘を、私も興味深く受け止めたところです。


#2825 分断されるアメリカ

2025年05月15日 | 国際・政治

 「米大統領選での民主党の敗因はリベラル派の自滅の結果」「選挙は釣りのようなもの。でもリベラル派は、海の近くまで来ようとすらしない」…と、コロンビア大教授のマーク・リラ氏は朝日新聞のインタビュに答えています。(「二つのカーストに分断された米社会 自滅したリベラルの再生のカギは」朝日新聞2025.1.9)

 今のアメリカには2種類の「米国人」がいる。言い換えれば、文化的に互いを認めない二つの『カースト』が存在する国になりつつあると氏は話しています。かつて、米国人と言えば、大統領を含めて似た嗜好を持ち、同じものを食べ、同じテレビ番組を見て、同じジョークで笑っていた。しかし現在では、娯楽の楽しみ方も、ユーモアのセンスも、環境は大きく変わったということです。

 特に、身体的・経済的な健康管理のあり方は象徴的だと氏は言います。氏によれば、今日の米国には2種類の体つきの人がいるとのこと。それは、一般的に太り気味でしばしば肥満の労働者階級と、健康で食にこだわりエクササイズと医者通いを欠かさぬエリート階級だということです。

 かつては、米国にも労働者階級からエリート階級に上るためのたくさんの「はしご」があったと氏はしています。高待遇の肉体労働の仕事があり、子どもたちのための良い学校があり、賃金を守る労働組合があった。しかし今では、はしごはたったひとつしか見当たらない。大学に入るか、入らないかのどちらかで、20代になる前に一生が決まってしまうということです。

 全てを「敵」と「味方」に分けなければ気のすまない(「ゼロサム」気質の)トランプ政権の誕生によって、ただでさえ分断が進んでいる米国はこれから一体どこへ行こうとしているのか。4月27日の中日新聞に、神戸女学院大学名誉教授で思想家の内田樹(うちだ・たつる)氏が「米国の没落」と題する論考を寄せているので、参考までに指摘の一部を残しておきたいと思います。

 米国はこれからどうなるのか…と心配する声が日に日に大きくなっている。そして、私(←内田氏)の予測は「米国は不可逆的な没落のプロセスに入った」というものだと、氏はその冒頭に綴っています。

 20世紀に入って以降久しく米国が掲げて来た「道義的な民主主義国家」という建前をトランプは棄てた。その理由は、「道義的な民主主義国家であることのコスト」が過重になったからだと氏は言います。

 グローバル・リーダーシップを執るためにはある程度「きれいごと」を言い続け、そのためには「持ち出し」を覚悟しなければならないが、経済力も軍事力も衰えた米国にはそんな「痩せ我慢」をする余力は既にない。そうした中、「米国さえよければ、それでいい。世界がどうなろうと知ったことか」というのがトランプの政治姿勢であり、それを米国市民の過半が支持したというのが氏の認識です。

 この事実は重い。このあとトランプに投票したことを悔いる人や、もう一度政治的正しさや多様性や公平性や寛容を説く人たちからの反撃があると思うが、「米国は道義的な国であるべきだ」と考える人たちと「米国が世界最強のならず者国家であって何が悪い」と思う人たちの間の和解はたぶん成立しないと氏は見ています。そして、「ルールを守る人間」と「ルールを守らない人間」が戦った場合には短期的には(大抵)後者が勝つというのが氏の指摘するところです。

 さて、第一期トランプ政権の際、カリフォルニア州での世論調査では「合衆国からの独立」を支持すると回答した人が32%にのぼった。もしも今調査をしたら、おそらく50%に近付くだろうと氏はここで予想しています。またテキサスでも、「テキサスはテキサス人によって統治されるべきだ」とするテキサス・ナショナリスト運動が一定の影響力を行使しているということです。

 カリフォルニア州の人口はおよそ4千万人、(独立すれば)GDPは日本を超えて世界第5位の「大国」になる。一方、テキサス州の人口は約3千万人でGDPは世界8位だと氏はしています。そして、カリフォルニア州は1846年建国のカリフォルニア共和国、テキサス州は1836年建国のテキサス共和国がのちに合衆国に加盟したもの。厳密に言えば、いずれももともと「別の国」だったということです。

 合衆国憲法には「加盟」についての規定はあるが(第4条第3節)、脱盟についての規定はない。「合衆国からの脱盟は可能か」をめぐっては南北戦争後の1869年に「テキサス対ホワイト」裁判というものがあり、連邦最高裁はいかなる州も合衆国から脱盟できないという判決を下したと氏は続けます。

 合衆国は「共通の起源」から生まれた一種の有機体であり、「相互の共感と共通の原理」で分かちがたく結びつけられている。なので、州の連邦からの脱盟は「革命によるか他州の同意よる」しかないと判決文には書かれていたということです。

 しかし、このあともトランプの圧政が続けば、「道義的で民主的な米国」を護ろうとする人たちが政治的なカードとして、「州の独立」を言い出す可能性は十分にあるというのが氏の感覚です。映画『シビル・ウォー』が描いたような連邦軍と州軍の間で内戦が起きるようなことはなくても、民主党が強い州が集まって「反トランプ州連合」を結成し、連邦内にとどまりつつも、トランプの暴走を抑止しようとすることはあっても不思議ではないということです。

 第二次トランプ政権の誕生によってバラバラになっていくのは、個人の関係や社会ばかりではなく、国の枠組みにまで及ぶ可能性があるということでしょうか。そういえば、5月6日に、就任あいさつに訪れたカナダのカーニー新首相とホワイトハウスで会談したトランプ大統領は、その冒頭から「カナダが米国の51番目の州になるべきだ」との持論を展開したとのこと。カーニー氏は「カナダが売り物になることは決してない」と強く反論したということですが、トランプ氏は「決してないとは言えない」などと引き下がらなかったと伝えられています。

 カナダ国民もそれを望んでいるはず…というのが(かねてからの)トランプ氏の持論のようです。しかし、今の米国から秋波を送られても、「はい、そうですか」としっぽを振る国がそんなに多いとは思えません。米国は一体どこに行こうとしているのか。国としての一体感すら怪しくなっている現在の米国の状況に、米国民も危機感を抱いていると思いたいのは(果たして)私だけでしょうか。


#2822 「秩序」とは弱者が強者に従うこと?

2025年05月12日 | 国際・政治

 人類が持つ想像力が農業や化学を生み、虚構をはぐくむ能力が人類独自の繁栄を築き上げてきたというこれまでにない歴史観が注目され、世界的ベストセラーとなった『サピエンス全史』。そして、続く『ホモ・デウス』では、超知能の出現がもたらす人類の未来を描き、21世紀に暮らす人々に警鐘を鳴らしたイスラエルの歴史学者で哲学者のユヴァル・ノア・ハラリ氏。

 独自の視点を持つ(稀代の)歴史家として知られる氏が、第2次トランプ政権の誕生とともに変質する米国の姿勢に関し、5月9日の日本経済新聞に『トランプ氏が描く「要塞国家の世界」』と題する論考を寄せているので、指摘の一部を小欄に残しておきたいと思います。

 この論考において氏は、自由主義的秩序の支持者は、世界が互いに協力すれば「ウィンウィン」の関係になれるネットワーク見ていると話しています。自由主義者は、協力は相互に有益なことから紛争は不可避ではないと考えている。それは、全ての人間は複数の共通する経験と関心を持っていて、普遍的価値観や国際機関、国際法の基盤になり得るという主張だということです。

 自由主義者は、国家間の人やモノ、発想の流れを「不可避な競争」や「搾取」とみるのではなく、潜在的な相互利益という観点から理解しているとハラリ氏はしています。一方、(それとは対照的に)トランプ氏の認識は、世界はゼロサムゲームで動くというもので、そこ(取引)には勝者と敗者が生まれる。したがって、人、モノ、発想の往来は本質的に疑念の対象となるというのが氏の見解です。

 こうしたトランプ氏の世界観に立てば、国際協定や国際機関、国際法は一部の国を弱体化させてほかの国を強くするための陰謀か、すべての国を弱体化させて特定の邪悪な国際的エリートだけが恩恵を受ける陰謀となる…というのが氏の指摘するところ。それでは、トランプ氏が望む代替案とはどのようなものか? 望み通りに世界を変えられるなら、(彼は)世界をどんなものにしたいのか?

 トランプ氏が理想とする世界は、「要塞国家」のモザイクだとハラリ氏は説明しています。その世界で各国は、金融、軍事、文化の面だけでなく物理的にも高い壁で守られている。この発想は相互に有益な協力の可能性を放棄しているが、彼や彼と似た考えを持つポピュリスト(大衆迎合主義者)らは、そうすることが国々に安定と平和をもたらすと(ある意味ナイーヴに)考えているということです。

 当然、この考え方には重要な要素が欠落していると、氏はここで指摘しています。人類の数千年の歴史が教えてくれるように、どの要塞国家も近隣諸国を犠牲にして自国の安全や繁栄、領土を少しでも多く確保したいと欲することになる。そして、そこで問題になるのは、普遍的価値観や国際機関、国際法無しに、対立する要塞国家同士がどう紛争を解決するのか…という点だということです。

 この点に関しトランプ氏の解決策は極めてシンプルで、「弱者は強者のいかなる要求にも従えばよい」…というものだとハラリ氏は言います。この考え方では、紛争は弱者が現実を受け入れない場合にのみ発生する。したがって、戦争は常に弱者の責任になるということです。

 トランプ氏とウクライナのゼレンスキー大統領の2月の会談は激しい言い合いになった。トランプ氏が、ロシアのウクライナ侵略は「ウクライナが悪い」とした時、多くの人はなぜそんな馬鹿げた見解が出てくるのか理解できなかったと氏はしています。

 中には、彼がロシアのプロパガンダにだまされたと考える人もいた。しかし、そこにはもっと単純な説明がある。(それは)トランプ氏が考える国際関係においては、正義や道徳、国際法などは考慮に値しないということ。重要なのは力だけだというものです。

 「ウクライナはロシアより弱いのだから降伏すべきだった」…彼(←トランプ氏)の考えでは平和とは降伏を意味する。つまり、ウクライナが降伏を拒否したから戦争になったわけで、責任はウクライナにあるということになるとハラリ氏はしています。

 トランプ氏は、グリーンランド併合計画も同じ理屈で捉えている。弱いデンマークが、はるかに強い米国へのグリーンランド譲渡を拒否するのは合理的ではない。交渉が決裂し、その結果たとえ米国が武力でグリーンランドを征服したとしても、それに伴い発生する暴力と流血の全責任はデンマークだけが負うというロジックだということです。

 実は、こうしたトランプ氏の考え方は(特に)目新しいものではない。自由主義的な世界秩序が台頭する前まで、過去数千年にわたって人類の支配的な考え方だったとハラリ氏は説明しています。こうしたトランプ的手法は過去に何度も試されていて、それが普通はどこに行き着くかもよく知られている。それは、帝国の建設と戦争という終わりなきサイクルで、確かに現在の状況が続けば、短期的には貿易戦争と軍拡競争に加え、帝国主義の拡大を招くだけだということです。

 そんな状況にあるにもかかわらず、驚かされるのは、トランプ米大統領の言動や、政権が次々と打ち出す政策を巡って、人々が依然としてその内容に衝撃を受けていることだと、ハラリ氏はこの論考の最後に指摘しています。

 彼が(これまで世界の自由主義的な秩序を支えてきた)重要な柱を攻撃するたび、ニュースの見出しは衝撃と不信感であふれかえる。確かに我々は、こうした展開に打ちのめされ、憤りを感じるかもしれない。しかし、私たちは既に事態を反転させるべく最善を尽くすべきタイミングにあり、もはや驚いている場合ではないというのが現状に対する氏の認識です。

 「弱者は強者に従うもの」…長年にわたる人類の経験と多くの犠牲のもとに生み出された自由主義的な秩序が、そうした「力による支配」に変質し始めていることを、現代に生きる我々は強く自覚する必要があるということでしょう。

普遍的価値観や拘束力を伴う国際法がない中で、どうしたら対立する要塞国家同士が経済的、領土的な紛争を平和裏に解決できるのか。(少なくとも)トランプ氏の考え方を擁護したい人々は、この質問への答えを用意しておかなければならないとこの論考を結ぶハラリ氏の指摘を、私も重く受け止めたところです。


#2820 トランプ政権誕生で米国が失ったもの

2025年05月10日 | 国際・政治

 1990年代に「ソフトパワー理論」を提唱し、まさに一世を風靡した米ハーバード大学教授(現在は名誉教授)のジョセフ・ナイ(Joseph Nye)氏。その国の持つ価値観や文化、政治的な姿勢などのソフトパワーには、軍事力などのハードパワーに劣らない影響力があると説いた知識人として知られています。

 そして5月9日。我々の世代では知日家としても親しまれているそのナイ氏が亡くなったとの訃報が、新聞各紙で報じられました。「米国第一」の旗印の下、同盟国に対し一方的に現状変更を迫るトランプ政権の誕生によって国際社会における米国への信頼が低下する中、日本をよく知るナイ氏を失ったことは私達にとっても大きな損失と言えるでしょう。

 追悼の意を込めて…というわけでもないのですが、5月3日の日本経済新聞が88歳の米寿を迎えたナイ氏へのインタビュ―記事を掲載しているので、参考までに小欄に氏の指摘(の一部)を残しておきたいと思います。

 圧倒的な軍事力や経済力を背景に、同盟国に関税で脅しをかけるトランプ政権の傍若無人な振舞に対し、氏はどのような認識を抱いていたのか。

 そもそも「パワー(権力)」とは、「他者を自分の望むように動かす能力」のことだとナイ氏はインタビューに答えています。実は、「パワー」には、①「威嚇による強制」、②「金銭的な報酬」、そして③「魅力」の3つの種類がある。そして、(氏の言う)ソフトパワーとは、他者を魅了することによって自分と同じように動かす力のことを指すと氏は説明しています。

 ソフトパワーを構成するのは、その国が持つ文化、国内社会の状況、そして政治政策の3つ。米国では伝統的に文化や政治、外交などの場面で、シビルソサエティー(市民社会)が大きな役割を果たしてきた。そのため、パワーの源泉は政府ではなく、大学や財団、非営利団体などにあるというのが氏の認識です。一方、中国の伝統文化はとても魅力的だが、(現在の政治体制の下では)共産党政権が市民社会を厳格に管理しているため、ソフトパワーが独立して発達する機会を奪っているということです。

 しかし、現状、トランプ氏の言動は間違いなく米国のソフトパワーにダメージを与えていると氏は話しています。米国際開発局(USAID)の実質廃止、米政府系メディアのボイス・オブ・アメリカ(VOA)の閉鎖、そこに同盟関係の弱体化、グリーンランド問題によるデンマークへの脅し、関税を巡る新たな不確実性などが加わり、米国の魅力は大きく損なわれているということです。

 確かに、米国がソフトパワーを失った時期は過去にもあったと氏は続けます。ベトナム戦争当時には世界中で人々がデモ行進し、米国のベトナム政策に抗議していた。ブッシュ政権下でのイラク戦争も非常に評判が悪かった。しかし、政権交代などによって、ソフトパワーは修復可能だということを歴史は示したと氏はしています。

 しかし、トランプ氏は、今まで米国に寄せられていた(こうした)信頼をも破壊した恐れがあるというのが氏の指摘するところ。今回は、過去の例とは違うかもしれない。もし、人々が再び米国に魅力を感じたとしても、トランプ氏のような政治リーダーをまた選ぶかもしれないという懸念を払拭できるのか…それは答えるのが難しい問題だということです。

 それでは、トランプ氏がそうしたソフトパワーの重要性を理解できないのはなぜなのか。トランプ氏は、ニューヨーク市の不動産開発というまさに弱肉強食の世界でキャリアを積んだ人物。そのキャリアは人格形成に大きな影響を与えており、著書『ジ・アート・オブ・ザ・ディール(交渉の技)』では、相手を混乱させ予測不能さを保つことの重要性を強調しているとナイ氏は説明しています。一方、ソフトパワーは、一定の予測可能性と信頼に依存するもの。トランプ氏の考え方でソフトパワーを理解することは難しい(だろう)というのが氏の感覚です。

 さて、こうして同盟国からの「信頼」というソフトパワーを失っていく米国。結果としてこのような状況は、太平洋を挟んで米国と対峙する中国を利することに繋がっていくのか。

 中国は、既にそのための努力をしているとナイ氏は質問に答えています。広域経済圏構想の『一帯一路』は、中国が世界で(ソフトパワーを持つ)魅力的な存在になるための取り組みの一つ。米国の後退で生まれる空白を埋めることで、中国の影響力が増していくことになるというのが氏の予想するところです。

 中国の支配が強まれば、(ベトナムやインドネシアなどの)東南アジアの国々は苦境に立たされる危険がある。中国と米国を対立させることでうまくバランスを取ってきたこれらの国々は、中国市場へのアクセスを必要とする一方で、安全保障面では米国の保護下で中国の脅威から守られることを望んでいると氏は言います。

 そこで、もしも米国による安全保障が弱まれば、中国からの圧力をより強く感じるようになる。中国の外相だった楊潔篪氏が、2010年のASEAN地域フォーラムで「我々は大国であり、あなた方は小国である」と話したことに象徴されるように、東南アジアにおいて中国が支配的な立場に立てば、秩序が大きく変わることは避けられないということです。

 同様の関係は、東アジアでも言えること。米国は太平洋を挟んで遠く離れた大国として心地よい距離感で安全を提供してきたが、近くの大国である中国の場合はそうはいかない。もちろん、日本は中国に支配されたくないし、米国も中国にアジアを支配されたくないと、氏は最後に指摘しています。

 米国は太平洋の真ん中にハワイ州を抱えており、自らをアジアの大国だと考えている。もし中国が東アジアを完全に支配することになれば、それは日本だけでなく、米国にとっても悪いこと。これまでの歴史的な経緯から見ても、自由主義・民主主義を守る立場から言っても、日米は長期的な共通の利害で結ばれているということです。

 インタビューの最後に「日本へのメッセージ」を求められ、氏は、苦渋の表情とともに「私が日本の友人たちに伝えたいのは、米国が困難な4年間を乗り越える間、辛抱強く待ってほしいということだ…」と語ったとされています。

 国際社会における民主主義・自由主義というものの重要性を理解し、母国米国の持つソフトパワーを信じる(今は亡き)ナイ氏の言葉を、私も重く受け止めたところです。


#2817 トランプ氏から学ぶこと

2025年05月07日 | 国際・政治

 トランプ米大統領の支持率が絶好調。最近米国で行われた3つの世論調査で支持率が少なくとも50%と、国民の大半がトランプの仕事ぶりを評価していることが分かったと、2月27日の「Newsweek」(online)が報じています。

 同誌記者のイワン・パーマー氏によれば、「サーベイUSA」の最新の世論調査によると、トランプの仕事ぶりを「支持する」と答えた人は51%、「支持しない」と答えた人は45%。同じく2月18日に発表されたモーニングコンサルトの世論調査では、支持は50%、不支持は47%で、対象のほぼ過半が一定の評価を下している由。

 ナポリタン・ニュースの調査では支持率55%と高く、複数の調査から平均値を出すリアル・クリア・ポリティクスでも、トランプの仕事ぶりへの支持49.2%、不支持47.8%と、支持が上回ったということです。

 一方でトランプ氏個人についての質問では、好ましく思わない人が49%、好ましいと思う人は48%と数字が逆転。不思議な感じはしますが、世論調査の専門家によれば、アメリカでの世論調査では「人としての好感度」と「職務遂行能力の評価(支持率)」が異なることは珍しくないと記事はしています。

 人柄は嫌いだけど、まあそれなりに(思い切り)やっているじゃないか。少なくとも、青臭いインテリの集団の民主党や、脚元のおぼつかないバイデンに任せているよりもマシだろう…といったところでしょうか。

 政策で言ったら、「支離滅裂」というか「矛盾だらけ」というか、なんで米国民はこんなやり方や発言を許しているのだろうと驚くばかりの(常識外れの)トランプ大統領ですが、「自分たちは虐げられている」と鬱屈してきた人々にとっては、従来の閉塞感から解放してくれるヒーローのように見えるのかもしれません。

 さて、そんな(ある意味「やんちゃ」な)トランプ氏に関し、経済誌「週刊東洋経済」の3月22日号の名物コラム「匿名有識者の少数意見」に、『トランプ流の発想法を敢えて擁護する』と題する興味深い一文が掲載されていたので(参考までに)指摘の一部を小欄に残しておきたいと思います。

 筆者は「トランプ大統領が大嫌い」(とのこと)。筆者によれば、その人権意識の低さ、脅迫めいた外交や関税政策、忠臣と呼ばれるイエスマンばかりで閣僚を固めていることなど、どれも見るに堪えないということです。

 当選の直後から彼の姿を腹立たしく見てきたが、一方で、(にもかかわらず)最近では、自分がそのやり方をまねていると筆者はコラムに記しています。

 例えば、業界団体の付き合いで依頼ごとがあった際など。その相手先に「その仕事は無料で引き受けるので、貴方はこの件を受けてくれませんか…とお願いしたりしている。つまり、これはディール(取引)で、これによりウィンウィンの状況が(ストレスなしに)手に入るということです。

 あるいは、発言が少なく沈滞気味の会議では、敢えて無理筋なアイディアを提案し、抵抗する担当者に「ならば何か対案を出してください」と反論したりもしている由。私(←筆者)から見ると、この担当者がこれまでのやりかたに拘泥しているように感じられたことから、もっと広い視野で解決策を探るのを期待してのリアクションだということです。

 日本では、良識のある人ほどトランプ流の突拍子もない発言に顔をしかめる。しかし、ちょっと立ち止まって考えてほしい。これまでの発想や慣例にとらわれないと、新しいアプローチを見つけられることに気づくと筆者は話しています。

 交渉の結果ウィンウィンになっていれば、当初はもめた相手とも仲良くなることだってある。自分の常識を疑うと、全く新しいアングルで解決法を模索もできるし、落としどころさえ間違わなければ、案外実害は少ないというのが筆者の見解です。

 何物にもとらわれない発想を心がけると脳が活性化されると言えば、トランプを誉めすぎだろうか。筆者が「トランプ流」が役立つかもしれないと主張するのは、多くの人が目の前の前提条件に縛られているように見えるからだということです。

 前例やしきたり、社会通念、常識といった暗黙のルール。最近では「コンプラ重視」の結果か、「社内ルールではこうなっている」「それはハラスメントに当たるので」「資料には、こちらが責任を負わなくて済むよう必ずガード文言を入れておくように」などとやたら煩しいと筆者は言います。

 世の中、自由な発想が大事といいながら、最近では逆に不自由さが増しているように感じる。自らを振り返っても、断定を避け、誰からも攻撃を受けにくいようやたらと丁寧で、しかも責任を分散させるような提案書を書いていなかったか反省も多いということです。

 確かに、トランプ流の(例えば「グリーンランドを買い取る」とか「米国がガザを長期保有して中東のリビエラにする)といった、誰もが思いつかない(まるで子供のような)自由な発想は、影響力の大きな超大国の指導者のそれとは思えないもの。しかし、それでも「トランプだからしょうがない…」と思わせるところが、彼の彼たるゆえんなのかもしれません。

 世論調査でも、アメリカ人の過半の支持を得ているトランプ氏。結局のところ、多分米国民はトランプの突き抜けた発想法を歓迎しているのだろうと筆者はしています。

 こぶしを振り回し、大声で大言壮語を振りまくその姿は、まるで(周りの言うことを全然聞かない)近所のおっさんのようなもの。決して尊敬はできないけれど、世の常識をものともしない人間的なスタイルは(私も)大いに気になるところだとコラムを結ぶ筆者の指摘を、私も興味深く読んだところです。


#2814 国民民主党が見つけたブルーオーシャン

2025年05月02日 | 国際・政治

 夏の参議院議員選挙を控え、4月中旬にNHKが支持政党に関する世論調査を行っています。報道によれば、各党の支持率は、「自民党」が29.7%、「立憲民主党」が5.8%、「日本維新の会」が2.4%、「公明党」が3.8%、「国民民主党」が7.9%、「共産党」が2.1%、「れいわ新選組」2.6%、(以下、「参政党」が1.0%、「日本保守党」が0.6%、「社民党」が0.4%、「みんなでつくる党」が0.1%、「特に支持している政党はない」が36.9%)となった由。

 これを年代別に見ると、70代以上では、自民党支持が30%台後半から50%近くを占め(相変わらずの)強さを見せ、他の政党は1桁にとどまっている一方で、30代以下の若い年代では自民党支持が16.4%に落ち込むのに対し、国民民主党が22.1%と自民党を大きく引き離し(ダントツの)「第一党」となっている状況が見て取れます。

 現役世代の「手取りを増やす」ことは確かに喫緊の課題でしょうが、所得税減税、消費税減税、ガソリン代値下げ、社会保険料軽減など、財源問題を無視した公約の数々が(年寄りの目からは)無責任にも見える国民民主党に、若い世代はなぜこれほど惹かれるのか。

 彼らの心に響く玉木雄一郎代表の言葉に関し、4月24日の情報サイト「Jbpress」が、『頑張ったサラリーマンが搾取される社会…現役世代で社会保障制度に怒り爆発、超高齢化の次は世代内格差で社会分断』と題する作家の橘玲氏へのインタビュー記事を掲載しているので、同氏の指摘(の一部)を小欄に残しておきたいと思います。

 厚労省の基準では年収800万円は「富裕層」に当たるが、例えば共働きで世帯年収が1000万円を超えていても、東京でマイホームを買い子ども2人を私立に通わせれば家計はカツカツのはず。にもかかわらず、この「貧乏な富裕層」が今、さらに多くの社会保険料を払わされようとしていると橘氏は話しています。

 年金、健康保険、介護保険を問わず、日本の社会保障制度は「頑張って働いた者が罰せられる仕組み」と言える。そしてその一方で、都内の一等地に時価何十億の不動産資産を抱えていても、年金収入しかない高齢者は「低所得者」に分類されているというのが氏の指摘するところ。

 日本には「リベラル」を掲げるメディアや団体がたくさんあって、「あらゆる差別と闘う」と宣言しているが、こうした不公平・不平等に対しては「世代間対立を煽るな」と恫喝し、黙らせてきたのが(現役世代から見た)日本の現実だということです。

 20代・30代が国民民主党をはじめとした新興政党に投票するのは、他党には希望を持てないから。そんな中、社会への一種の「破壊願望」をもつ者たちが現れても不思議はないと氏はしています。そして、そういう意味で、国民民主党代表の玉木雄一郎氏は「ネットのどぶ板」を続けるなかで、これまでどの政党も拾い上げられなかった「現役世代の怒り」というブルーオーシャンを発見したのだろうということです。

 それでは、この不公平・不平等な社会保障制度はどうやってできたのか。第2次大戦によって植民地主義・帝国主義が破綻すると、先進国を中心に「国家の役割は国民の幸福を最大化すること」に変化した。こうして欧州諸国で国民皆年金や国民皆保険が整備され、高度経済成長で豊かになった日本がそれに追随したと氏は話しています。

 日本で年金制度が始まった60年代は平均寿命も短く、60歳で引退して65歳で死亡することを前提に制度が設計された。そのうえ、当時の高齢者は戦争経験者で戦後の復興に貢献してきたこともあり、「現役世代からの仕送り」という理屈を誰もが受け入れたということです。

 ところが現在は平均寿命が伸び、社会保障制度を維持するためのコストは増える一方。就職氷河期で割を食っている世代からすれば、高度成長やバブルでいい思いをしたうえに、自分たちの負担で「悠々自適」をしているように見える団塊の世代などを支える義理はないと感じるのも当然だと氏は言います。

 そもそも、バブル崩壊の90年代に新卒の若者たちが正社員として採用されなかったのは、当時40代〜50代だった団塊の世代たちの雇用を守るためだったわけで、そんな彼らの割を「また」喰うのは願い下げだと思う気持ちもわかるということです。

 さて、現在、先進諸国はどこも高齢化で社会保障費が膨らみ、それとともに「(老後資金を含めた)社会保障は自己責任で」という風潮が強まっていると氏はしています。そうした中、いくら政府や社会に文句を言っても誰も助けてくれないとしたら、(これは「ネオリベ」とか「市場原理主義」とかいわれて嫌われているが)自分の身は自分で守るしかないというのが氏の認識です。

 そうした視点に立てば、20代からNISAなどで積極的に資産運用をしているいまの若者達は、20年後、あるいは30年後に、「自助努力」を怠って貧困に陥った同世代のことをどう思うのだろうかと、氏は記事の最後に話しています。

 今は現役世代と高齢者の世代間対立が顕在化しているが、将来的には同じ世代の中での格差が拡大し、対立が先鋭化してくることが予想される。コツコツと地道に資産運用をしてきた「アリ」が、将来になんの備えもしてこなかった「キリギリス」を果たして助けようと思うのか。そんな日本の未来を想像すると恐ろしくなると結ぶ橘氏の指摘を、私も興味深く読んだところです。


#2812 トランプ関税とグローバル資本主義

2025年04月30日 | 国際・政治

 米商務省が4月29日に発表した今年3月(財:モノ)の貿易収支(季節調整済み)は、赤字が1620億ドル(9.6%増)と過去最高に拡大したと各種メディアが報じています。報道によれば、その背景には関税の発動を前に企業が(いわゆる「駆け込み」で)輸入を急いだことがあるとのこと。貿易赤字を解消するためのトランプ関税が、(一時的なものであれ)赤字を大きく膨らませているのは皮肉な結果です。

 トランプ大統領の二転三転する関税政策が企業に混乱と不確実性をもたらしていることから、これから先、米国の経済成長がほぼ停止すると予想するエコノミストも多い由。国際通貨基金(IMF)も4月22日、2025年の世界の成長率見通しを前回1月時点の予測から0.5ポイント下げて2.8%としたところです。

 かつて米国自身が強く主導してきた自由貿易の流れに「竿を指す」トランプ政権の動きに、大きく戸惑う諸外国の指導者たち。そしてそんな彼らインテリの姿を尻目に、「我々はグローバル資本主義の被害者」「トランプ大統領よくやってくれた」と留飲を下げている米国民も多いと聞きます。

 そういえば、先日惜しまれて亡くなった経済評論家の森永卓郎氏が、「(格差の拡大や環境破壊など)すべての原因はグローバル資本主義にある」と説いていたのを今さらながらに思い出します。もしも彼が存命であったなら、グローバル資本主義を真っ向から否定するトランプ政権の動きにどのような評価を下すのでしょうか。

 そんなことを考えていた折、作家の橘玲(たちばな・あきら)氏が『週刊プレイボーイ』誌に連載中の自身のコラム(4月21日発売号)に、『「グローバル資本主義が諸悪の根源」なら、トランプ関税でよりよい世界になる?』と題する(多少アイロニカルな)一文を寄せているのを見つけたので、指摘の一部を小欄に残しておきたいと思います。

 あなたはある町でパン屋をやっていた。ところが隣町に新しいパン屋ができて、安くて美味しいパンを売るようになった。当然、大人気で、あなたの町の人たちも隣町にパンを買いに行くようになった…。町ごとの経済を考えると、あなたの町の富が隣の町に流出しているように見えるが、これが(件の)「貿易赤字」で、隣町は同じ額の「貿易黒字」を計上していると、橘氏はコラムの冒頭で例え話を切り出しています。

 店にお客さんが来なくなったあなたは、「これはきっと隣町の陰謀にちがいない」と考え、町の人たちに向けて「隣町の不正に報復すべきだ」と訴えた――(分かり易くいってしまえば)これが米国人から見た「トランプ関税」の姿だというのが橘氏の認識です。

 トランプ氏(やその支持者たち)は、貿易黒字は「得」、貿易赤字は「損」だと信じている。彼らの論理で言えば、アメリカが中国や日本に対して貿易赤字になっているのは、不正によって損させられているからだということで、こうして世界経済は、パン屋の寓話と同じになってしまったというのが氏の指摘するところです。

 実は、この誤解は、1980年代に入って深刻化した日米貿易摩擦でアメリカ政府が主張してから、半世紀近くにわたってずっと続いているものとのこと。国際経済学の初歩の初歩なので、トランプ政権の官僚たちも当然このことは知っているはず。それにもかかわらず、これがブードゥー(呪術)経済学であることを大統領に理解させることができず暴走を許してしまったことは、まさに経済学の敗北だと氏は話しています。

 高関税は経済活動を委縮させるので、アメリカでも日本でも、世界中で(早速)株価が反応、暴落した。これに対してトランプは、「株価の下落は望まないが、薬を飲まなければならない時もある」と強弁しつつも、米国債の価格が急落したことで景気の悪化を恐れ、関税の上乗せを90日間停止することを決めたということです。

 一方、皮肉なのは、国民の豊かさの指標である「1人当たり名目GDP(2023年)」は、世界7位の米国(8万2715ドル)に対し(目の敵にされた)日本は半分以下の3万3899ドルで34位に沈んでいること。トランプの妄想とは逆に、貿易赤字のアメリカはゆたかで、貿易黒字の日本は貧乏なのははっきりしていると氏は言います。

 さらなる皮肉は、高関税によってアメリカ人が貧乏になれば、輸入品を買うことができなくなって貿易赤字が縮小すること。(ほぼ)すべての経済学者が、トランプが唱える「関税による経済回復」を愚行だと批判するのもある意味当然だろうというのが氏の見解です。

 さてそこで、これまで左派(レフト)やリベラルが、「経済格差」の元凶として「グローバル資本主義」を諸悪の根源として批判してきたのは周知の事実だと氏はコラムの最後に記しています。ということは、つまり「米国一国主義」に端を発して世界経済の分断が広がれば、その元凶が失われ(もしかしたら)格差の少ない安定した社会がもたらされるかもしれないということ。

 そうした視点に立ち、もしも今回のドタバタ劇に意味があるとすれば、トランプ氏が関税によってグローバル経済を破壊しようとしたことで、(多くの「知識人」が主張してきたように)より公正で平等な世界になるかが事実によって検証できることくらいだろうとコラムを結ぶ橘氏の指摘を、私も興味深く読ませてもらいました。

 


#2809 40代が動かすアメリカ

2025年04月24日 | 国際・政治

 3月30日、米国のトランプ大統領は米NBCの番組のインタビューで(憲法で禁じられている)3期目を目指す可能性について尋ねられると、「それを実現する方法はある」と答えたと伝えられています。

 トランプ氏の言によれば、「冗談を言ってるわけじゃない。(中略)私にそうして欲しいと大勢が望んでいるのだ」とのこと。2期目を終えた時点で既に82歳を迎えているはずのトランプ氏が「次の任期」にまで言及する姿には驚きを禁じえませんが、そこまで権力を追求する意欲を持ち続けられること自体、まさに稀代の「化け物」ということなのでしょう。

 合衆国憲法では、「いかなる者も、2回を超えて大統領の職に選出されない。また、他の者が大統領として選出された任期のうち、2年以上にわたり大統領の職にあった者あるいは大統領の職務を行った者は、いかなる者も1回を超えて大統領の職に選任されない」と規定されている由。当然、氏が望む再任には米国憲法の改正が必要になりますが、(それには)上下両院で3分の2以上の議員の賛成と、州政府の4分の3以上の承認が必要となることを考えれば、その実現はあまり現実的でないことは明らかです。

 少し気の早い話かもしれませんが、(トランプ氏の年齢を考えれば)ポスト・トランプをどうするかについて、既に周辺の人々はいろいろと思惑を巡らせていることでしょう。そんな時気になるのは、それでは今のトランプ政権は実質的に「誰が動かしているのか?」というところ。トランプ大統領を軸に大きく動く国際社会や世界経済ですが、あたふたするばかりの日本の外交を見る限り、これまでに伝統的な手法は通用しない時代が来たことを身をもって感じさせられるばかりです。

 そんな折、共同通信社の情報誌「政経週報」の4月14日号に、同社客員論説委員の杉田弘毅氏が『40代が動かすアメリカ』と題する論考を寄せているので、参考までに指摘の一部を小欄に残しておきたいと思います

 トランプ政権の過激な関税政策が世界を揺さぶる。「米国は経済と軍事で世界に搾取されてきた。もうだまされない。」(←トランプ大統領)というのが関税賦課の理由だが、その主張自体(過去の米国のやり様を知る者としては)ピンとこない。搾取どころか(米国はこれまで)カネと力で傲慢に世界を支配してきたじゃないか…と反論したいと杉田氏はこの論考に綴っています。

 確かに近年、米国の関税は低かった。WTOによると、今回の関税発動前の米国の平均関税率は3.4%で、日本4.1%、EU5.0%よりも低く、中国10.0%、インド50.8%とは段違いだと氏は言います。また、日欧は米国の軍事力に「ただ乗り」しているという言い分も否定はできない。中国でさえ米軍が守るシーレーンを利用した貿易で繁栄を手に入れたということです。

 「米国は寛大すぎた」と語るトランプ氏。しかし、一時は世界の40%を握った経済力、基軸通貨ドルがもたらす金融、質量ともに圧倒的な軍事力を持つ米国が一時代を築いたのもまた事実。米国こそが世界を搾取してきたという指摘も、あながち言い過ぎではないというのが氏の感覚です。

 今になって、ラストベルトや空洞化で労働者が苦しんでいると言われても、戦争や飢餓で不条理に人が死ぬアフリカやアジアの巨大な悲劇に比べれば…とも思う。しかし、こうした感覚はトランプ政権で政策を作るブレーンたちには通じない。その一人スティーブ・ミラン大統領経済諮問委員長は、「米国は第二次大戦で荒廃した各国の復興のために、市場を開放し世界を守るため不公平な負担を背負った」と語っていると氏は言います。

 バンス副大統領が語る「甘やかされた欧州」、国防総省高官に就任予定のエルブリッジ・コルビー氏の「金持ち日本はGDPの3%を防衛に回せ」といった発言の裏にも、同様に「世界は米国に過重な負担を押し付けて楽をしている」という不満があるということ。そして、国民もまた「米国は不当な重荷に苦しんでいる」という論法に頷き、世論調査では外国への反感が増えているということです。

 なぜ彼らは、米国が現在の地位に至った歴史上の経過やその優位性に目を向けないのか。そこで気づくのは、バンスもミランもコルビーも、皆40代であるという点だと氏は話しています。

 氏によれば、移民国家アメリカを否定する「壁」の建設を唱えるスティーブン・ミラー大統領次席補佐官は39歳。最近来日した経済政策の助言役のオレン・キャス氏も40代前半とのこと。皆名門大学や大学院を出たエリートだが、彼らは輝ける米国、豊かな超大国を知らないというのが氏の指摘するところです。

 彼らはむしろ、2001年の9.11テロ、03年に始まったイラク戦争の泥沼、08年の金融危機、米製造業が消滅した「中国ショック」など、暗く貧しい米国で育ってきた。だからこそ、国際社会との関係において被害者意識が強いというのが氏の見解です。

 そうした中、世界の現状を変える試みを、トランプ大統領を担ぐ40代のブレーンが始めたと考えれば合点がいく部分も多い。米国は、(これまでも)40代の大統領を多数生み、若い世代が大転換へ挑戦できる国。世界の憤りを招き、今後調整はあるだろうが、大きな方向性は変わらないはずだということです。

 さて、こうした状況を日本国内からの視線で見れば、そもそも米国民(そして指導者たち)は、我々日本人が思っている以上に若いということがあるのかもしれません。米国の中枢を担う若い世代はすでに、国際社会の「次の」在り方に目を向けている。日本の年老いた社会や老政治家たちが(過去のしがらみの中で)右往左往している姿を尻目に、新時代に向けた現状変更の動きを活発化させているということかもしれません。

 そして、海外に目を向ければ、フランスのマクロン大統領、英国のスナク首相、イタリアのメローニ首相など、実際40代のトップがかじ取りする国は少なくないのが現実です。「気が付けば、置いていかれているのは日本だけ」…そうした状況にならないうちに、私たち日本も、リーダーを次の世代に明け渡した方がいいのかもしれないと、私も杉田氏の論考を読んで(ちらっと)考えたところです。


#2805 米国発の大波を浮上の機会に

2025年04月20日 | 国際・政治

 人気芸人グループだった「ダチョウ倶楽部」の持ちネタ(「聞いてないよー」)ではありませんが、トランプ米政権が発表した関税の大幅な引き上げへの相手国や市場の反応は、まるで突然「熱湯風呂」に突き落とされたようなものだったと4月16日の日本経済新聞のコラム「大機小機」は記しています。(「日本株、浮上の機会を生かせ」2025.4.16)

 もちろん米国政府にとって、税収増が狙いならこんなショックは必要なく、徐々に引き上げればいいはず。ただ、それだとじっと我慢するうちにゆでガエルになる国もあり、経済は長期にわたり停滞する可能性が高まるだろうとコラムの筆者は指摘しています。

 ということは、米国が世界に対しただ不意打ちのような今回の高関税率発表の狙いは別にあるのではないか。(敢えて言えば)そこには、同盟国を世界の枠組みを大転換させる試みに引き込むことにあるのだろうというのがこのコラムにおける筆者の見解です。

 2013年、当時のオバマ大統領が「米国は世界の警察ではない」と演説して以降も米国の「双子の赤字」は悪化が続き、新型コロナ禍以降の財政拡張政策や金利上昇も加わって状況をさらに苦しくさせていると筆者は指摘しています。

 そんな中、筆者が感じているのは、冷戦終結後の自由貿易体制を維持する耐え難い負担感が今の米国を突き動かしているのではないかということ。新しい世界の枠組みでは、メリットを享受する国が相応の負担を担うべきで、高まる地政学リスクへの対応力も高めておく必要があると考えているのではないかということです。

 このように、今回の措置を「大転換」を一気に進めるためのショック療法だと考えれば、米国の極めて高い関税の引き上げ率もわからないではないと筆者は言います。(まあ、本当にトランプ氏本人がそう考えているかどうかは別にして)ホワイトハウスの経済スタッフの中には、これを機会に第二次世界大戦後の世界経済を担った米ドルを基軸通貨とした「ブレトン=ウッズ体制」の見直しを図りたいという思惑が、少なからずあるのかもしれません。

 (いずれにしても)日本はこの大転換を(追加的な負担への)防戦一方で終わらせるのではなく、新たな飛躍のための挑戦の機会だと捉えることはできないだろうかというのが、このコラムで筆者の指摘するところです。

 1980年代の日米貿易摩擦では、米国は自動車への高関税で圧力をかけてきた。日本企業は米国での現地生産に踏み切り、世界的企業への飛躍を手にするきっかけとなったということです。

 世界の消費は、米国、欧州、中国や日本を含むアジアが大半を占めると筆者はしています。こうした機会に(一定の)「地産地消」を進めることで、有事への対応力も高まっていくと筆者はしています。

 分散する生産拠点の品質のブレをなくし高め続けるには、投資と新たな工夫(人工知能を活用してエンジニアのノウハウを瞬時に現場にフィードバックするなど)が求められるだろう。しかし、日本企業には大転換を成長のきっかけとするために必要な生産現場の知恵があり、(幸いにして)投資を支える充実した内部資金も企業や金融機関に蓄積されているということです。

 確かに筆者も言うように、戦後の日本は、ニクソンショック、プラザ合意、自動車を巡る貿易摩擦、リーマンショックなどの様々な問題が起こるたび、米国の一方的な「宿題」をタフにこなしながら、それをジャンピングボードとして成長してきたと言っても過言ではありません。内部改革がなかなか進まない日本では、「外圧」はシステムの変化を促し日本を変える力になるということでしょうか。

 実際、米国との連携の強化・見直しは、日本経済の(根本的な)問題であるエネルギーや食料の調達の不安を抑制し、安全保障面を含め地政学リスクへの対応力を高めるだろうと筆者はコラムの最後に綴っています。

 今でこそ日本株は不透明さが増しているが、バリュエーション(投資尺度)の割安さもある。トランプ関税が世界を揺さぶっている今こそが、中長期的に浮上するチャンスに目を向けるタイミングなのかもしれないとコラムを結ぶ筆者の指摘を、私も興味深く読んだところです。


#2803 トランプ大統領の世界観

2025年04月18日 | 国際・政治

 政権発足からまだ3カ月しかたっていないにもかかわらず、(突然の相互関税政策などにより)関係諸外国の間に大きな動揺や混乱を引き起こしている米トランプ政権。国内の製造業を再考させるというその目論見は分かるのですが、そもそもなぜトランプ大統領はここまで貿易赤字や関税にこだわるのか

 その背景として、トランプ氏の個人的な信念や経歴が影響しているのは(おそらく)間違いないでしょう。実業界に身を置き、不動産開発やビジネスで成功を収めたトランプ氏。そうした経験から、経済を「ゼロサムゲーム」と捉える傾向が強いと考える識者は多いようです。

 ゼロサムゲームとは、いわゆる「パイの奪い合い」、一方が得をすれば他方が損をするという考え方のこと。そうした感覚で、国家間のやり取りを(勝ち負けを決する)「駆け引き」の場としてとらえ、ディールによって相手を打ち負かすことだけを目的としているのではないか。そして、そんな彼の論理によれば、貿易赤字は「負け」で、それが黒字になれば単純に「勝った」ということになるのでしょう。

 米国が長年抱える巨額の貿易赤字を特に問題視して、貿易不均衡を是正しようと躍起になっているトランプ大統領。彼の主張では、これらの国々が米国に対して不公平な貿易条件を押し付け、米国の経済的優位性を損なっているということになるようですが、「赤字になったのはすべて相手が悪いから」というのでは、随分と一方的な言い分のような気もします。

 実際のところ、高関税による保護主義的な経済政策は、(これだけグローバル化した経済の下では)「win-win(ウィンウィン)」どころか「lose-lose(ルーズルーズ)」になってしまう可能性も高いわけですが、それでも相互関税に突き進むトランプ政権の思惑はどこにあるのか。

 4月16日の総合情報サイト「Newsweek日本版」に、経済評論家の加谷珪一(かや・けいいち)氏が『米経済への悪影響も大きい「トランプ関税」...なぜ、アメリカ国内では批判が盛り上がらないのか?』と題する論考を寄せているので、参考までに指摘の一部を残しておきたいと思います。

 トランプ政権が、世界各国に対する包括的な相互関税を発表した。これだけの保護貿易を行えばアメリカ経済にもインフレや景気後退など逆風が吹くことになるだろうと、加谷氏はこの論考の冒頭に記しています。

 「保護貿易」とはある種の近隣窮乏策であり、自身にデメリットがあっても相手国のデメリットがそれ以上に大きければ勝ちというゲームだと氏は言います。これなどはまさに「勝ち負け」を競っているだけであり、(勝つことで少しくらいは気分が良くなるとしても)パイの拡大には何ら貢献しないのは明白です。

 今回の相互関税は、各国に対して一律10%の関税をかけた上で、非関税障壁などを考慮した個別の税率を上乗せするというもの。税率の根拠についてトランプ政権は明確に示していないが、貿易赤字額や貿易の絶対額などから単純計算して割り出した数字である可能性が高く、明確な根拠があるとは言えなさそうだと氏はしています。

 氏によれば、これにより各国の市場では既に株価の下落が始まり、世界同時株安の様相も呈しているので、しばらくは混乱が予想されるとのこと。中国やEUはアメリカの方針に強く反発しており、日本国内でもアメリカに対して報復関税も含め強気の交渉を行うべきだとの声も聞かれるということです。

 相互関税の発動はアメリカ経済にもインフレなどの悪影響を与えるため、関税はすぐに撤回されるとの見立てもある。しかし、今回の相互関税が極めて政治色の強いスローガンであるという現実を考えると、トランプ氏も簡単には引き下がらないだろうというのが氏の予想するところです。

 関税の発動によって今後アメリカの物価は確実に上昇するが、海外に移転していた生産の一部が国内に戻るので雇用は拡大する。アメリカ政府は関税によって巨額の税収を得られるので、減税など景気刺激策を実施することで2026年に実施予定の中間選挙までは何とか景気を持たせることも可能だろう氏は話しています。

 加えて、トランプ政権が今後、矢継ぎ早に「外国に富を奪われていた労働者が仕事を取り戻した」という一大政治キャンペーンを展開するのはほぼ確実。物価高の影響でいずれ反発の声が高まってくるとしても、ある種「正論」とも言えるトランプ政権のスローガンに対して、現時点では否定的な意見を述べられる雰囲気にないというのが実情だということです。

 米国の歴史をさかのぼれば、自由貿易を主張した南部と、強固な保護貿易を主張した北部が関税をめぐって内戦(南北戦争)を行い、北部が勝利したことで、長く保護主義と高関税の時代が続いたと氏は振り返っています。

 自由貿易だったのは戦後80年間のみであり、今回のトランプ政権の政策は過激で身勝手ではあるものの、アメリカの伝統的スタイルに戻ったとも言えるというのが氏の指摘するところ。この流れが本物だった場合、戦後、世界経済の基軸となっていたアメリカ中心の自由貿易体制が終焉に向かって動き出した可能性も出てくるだろうと話す加谷氏の指摘を、私も興味深く読んだところです。


#2802 マッドマンへの対処法

2025年04月17日 | 国際・政治

 最近、「マッドマン・セオリー」という、これまであまり聞かなかった言葉をよく耳にするようになりました。これは、交渉の過程で相手の計算を崩す「交渉術」を指す用語で、わかり易く言ってしまえば、「アイツは何をするかわからない奴だ」と(意図的に)相手に思わせることによって、交渉を自分のペースに持ってくる手法を指すものだということです。

 さらに簡単に言えば、自分は「ヤバイ人間」だと強調することで、相手に要求を飲ませる(やくざのような)やり口のこと。どうせ言っても通じない。(アイツ腕力強いから)話がこじれて逆切れされるくらいだったら、(何とか)話を合わせながらうまくやっていこう…と相手を諦めさせることを狙ったものと言えるでしょう。

 ここまで言えば「ピン」とくる人も多いはず。確かに、第二次政権に入った最近のトランプ米大統領には、こうした狙いの言動が目立つような気がします。大統領選で対抗馬だった、ヒラリー・クリントン氏には「いんちきヒラリー」、バイデン前大統領には「寝ぼすけジョー」、ハリス前副大統領には「クレイジー」などと(まるで小学生のように)あだ名を付け、あること無いことこき下ろしてきたトランプ氏。

 外交の場でも、「ガザ地区は(アメリカが占領して)中東のリビエラにする」「アメリカには国家の安全保障上グリーンランドが必要だ」「カナダをメリカの51番目の州にする」「パナマ運河をアメリカに返せ」等々。極めつけとして、「相互関税は、略奪されてきたアメリカの独立宣言だ」と続けば、ああこの人には結局何を言ってもダメなんだろうなぁと、誰しも諦めが先に立つというものです。

 世界中が(少しずつ)おかしくなっているこんな時代、少なくとも自分(そして日本)くらいは「まとも」でいたいもの。そのひとつのヒントとして、神戸女学院大学名誉教授で思想家の内田樹氏が、3月31日の自身のブログ「内田樹の研究室」に『日本の現状と危機について』と題する一文を掲載しているので、参考までに指摘の一部を残しておきたいと思います。

 長く生きてきてわかったことの一つは、歴史は一本道を進むわけではなく、ダッチロールするということだと内田氏はこの論考の冒頭に記しています。人々が比較的知性的で人情豊かな時代もあるし、反知性主義者が跳梁跋扈する時代もある。私(←内田氏)の知る限り、1950年代の終わりから70年代の終わり頃まで、日本の社会はわりと「まとも」だったというのが氏の感想です。

 今になってわかるのは、(その理由は)「戦中派」の人たちが社会の中枢にいたからではないかということ。戦中派の人たちは、国家というのがどれほど脆いものか、どれほど国民を欺くものかを身をもって思い知らされていたと氏は話しています。

 でも彼らは、その脆くて信用ならない「国家」という枠組み以外に生きる場所がないこともわかっていた。人間という生き物が状況次第でどれほど非道にも残虐にもなれるかも実見したし、その逆に人間が時にどれほど勇敢であったり、道義的であったりするのかも見てきたということです。

 世の中は複雑で一筋縄ではゆかない。人間にはいいところも悪いところもある。「そういうものだ」と受け入れる以外にない。そういうほとんど諦観に近い「清濁併せ吞む」的な鷹揚さが戦中派の人たちには共通してあったと氏は言います。それは、「人間に厚みや奥行きがあった」と言ってもいいし、「陰の部分」や「誰にも言えない秘密」があったと言い換えることもできるということです。

 氏によれば、そういう大人たちは人間の愚かさや軽薄さに対して概して寛大であったとのこと。(逆に言えば)他人にそれほど期待してもしかたがない…と諦めていた部分があったと氏は振り返っています。

 しかし、それはそれで私たち子どもにとってはありがたい環境だった。大人たちは瓦礫の中から社会を再建することに忙しかったし、子どもの数も多かったから、多くの子どもたちは「好きにしていなさい」と放置されていたというのが(当時を子供として生きた)氏の感覚だということです。

 さて、話は現在に戻って。今の世界がそうしたおおらかな時代にあれば、(例えばトランプ氏のような人物が)相手を罵り倒したり大言壮語を吐いたりしても、「アイツはそういう奴だから放っておけ」ときっと相手にされなかったのでしょう。

 大人たちが(子どもじみた主張に振り回されない)純粋な意味でのリアリストであれば、「マッドマン」の脅しにいちいち動揺などはしないもの。大きな声で大衆を扇動する(子供じみた)「ヤバイ奴」に付いて行ったって「ろくなことはない」ことは、歴史が証明しているからです。

 挑発されて動揺し、つまらないディールに応じるのでは相手の思うつぼ。だからと言って強く反発し、(国民を巻き込んだ)チキンゲームのような終わりの見えない喧嘩を始めるのもリスクが大きすぎるというものです。

 そんな時、まともな大人なら、道理のわからない子供にどう接するか。所詮、聞き分けのない癇癪持ちの子供がやってること。トランプ氏を説得しようとしてもどうせ理解したりはできないのだから、周りの大人たちで結託し、(少し時間をかけ)冷静な米国の有権者に向けて理性的な説明やアピールを続けていくしかないのかもしれません。

 なので、(野党やメディアの皆さんも)トランプ氏の言動に戸惑う政府に対して、「大変だ!」とか「どうするつもりだ?」などと焦らすようなことは(あまり)言わず、交渉は交渉でグズグズやりながら(他国と連携し)状況の変化を待つというのもアリかなと考えるのですが、果たしていかがでしょうか。


#2801 歴史の針を100年戻すトランプ政権

2025年04月16日 | 国際・政治

 トランプ氏ほど解釈が難しい人物は珍しい。世界で最も愚かな指導者に見える一方で、時に歴史的に極めて重要な人物として映る瞬間もあると、4月12日の英経済紙「The Economist」は報じています。

 彼は、常に被害者意識にとらわれ批判に敏感に反応するにもかかわらず、無能、不誠実、汚職、冷酷、偽善といった非難はほとんど意に介さない。その態度には筋の通った批判すら骨抜きにしてしまう力があり、まっとうな攻撃も政治的な影響力や常識的な正当性を奪われてしまうということです、

 世界経済を人質に、「相互関税」によって(単純に)自らの言葉の正しさを証明しようとしているトランプ氏。その本心は、側近たちにも読み取れていないようだと記事はしています。4月7日にインタビューで「相互関税は恒久的か、それとも交渉の対象なのか?」と問われたトランプ氏は、「両方だ」とことえたとのこと。これなども、実に彼らしい対応だったということです。

 政権の支離滅裂な対応に(世界中の)怒りが高まっても、トランプ政権はただ批判を受け流していくだけ。それは、トランプ氏にとって「混乱」は影響力の源泉であり、手持ちのカードを残すことが敵を(さらに)混乱させる手段となるからだというのが記事の指摘するところです。

 自分の言動に混乱する世界の市場や、そのたびに右往左往するエリートたちを眺め、注目されることを楽しんでいる(子どもの)ようにも見えるトランプ氏。「なだめすかして何とか切り抜けたい」…EU諸国や日本の指導者たちがそのように考えている一方で、自由貿易を守るため、横暴に「最後まで付き合う」と明言したのが中国だというのは皮肉な話と言えるでしょう。

 トランプ政権の打ち出した相互関税はこれから先、世界の自由貿易体制にどのような影響を与えていくのか。4月15日の日本経済新聞の経済コラム「大機小機」が、『自由貿易揺るがす米国の愚行』と題する(ある意味骨太の)一文を掲載しているので、参考までに指摘の一部を残しておきたいと思います。

 「最終的には株価が急落するようなことはしないはずだ」…そうした市場の慢心は崩れ去った。トランプ米大統領が打ち出した広範囲かつ高率の関税に、世界は大きく動揺しているとコラムは冒頭に綴っています。「米国主導の国際秩序」の転機も指摘されている。確かに今回の米国の「自爆」により、盤石だったドル基軸通貨体制に衰退の可能性さえ見えてきたということです。

 混乱する市場を見据え、今必要なのは、さらに深い人類史的考察だと筆者はここで指摘しています。産業革命と政治の民主化により国民国家が誕生、人類の自由と経済水準が格段に高度化したのが19世紀のこと。大衆民主制により財政を安定させ、公共財を供給し国民生活を規制により守り、社会保障も提供する。20世紀初頭にかけグローバリゼーションも進展したということです。

 他方、国民国家は産業と技術の発展の上に強力な軍事力を築き、競い合った。1914年から45年にかけ、強大化した国民国家間の大規模な戦闘が頻発し、その被害は甚大だったと筆者はしています。ある推計では、2次大戦の犠牲者は軍民合わせて5千万人から8千万人とのこと。戦勝国、敗戦国を問わず、当時の政治指導者が受けた衝撃は大きかったということです。

 そして、そこに共有された世界的な深い反省こそが、国連、国際通貨基金(IMF)・世界銀行、関税貿易一般協定(GATT)などの国際機関の設置の原動力になったと筆者は説明しています。

 自由貿易体制は米国が主導したのは確かだが、もちろん、理不尽な戦争によって大きく傷ついた各国にもそれを受け入れる素地があった由。欧州連合(EU)は、戦乱を繰り返した欧州を経済の一体化によって平和化するプロジェクトでもあり、45年以降、民主国家の連合は冷戦の「核恐怖の均衡」の下でもその結束を保ったといのが筆者の認識です。

 結果、(広く世界に目を向ければ)戦争被害は根絶できなかったものの、歴史的には低水準となった。人類の多くは人口急増の中で未曽有の経済発展を、(近代史上まれに見る)80年間の長きにわたって享受してきたということです。

 そう考えれば、米国の戦後ベビーブーマとして生まれ、米国の戦後資本主義黄金時代の申し子とも言うべきトランプ氏が主導した今回の米国の「自由貿易への反逆」は、単に自己矛盾というだけでなく、人類史の時計の針を1世紀戻してしまう愚行として歴史に刻まれるだろうと筆者はこのコラムで指摘しています。

 筆者によれば、国民国家の紛争には警察も裁判所もなく、放置すれば紛争は際限なく広がり世界が混沌化する危険は常にあるとのこと。民主的価値を共有しない軍事大国が存在するだけに、そのリスクはなおさら大きいということです。

 戦争を知らない子供たち。豊かな黄金の時代に育った人々は、100年の月日を経て再び同じ過ちを繰り返すのか。(結局のところ)20世紀の経験への深刻な反省を共有する国家間の協力以外に人類の繁栄を維持できるものはない。歴史の経験への洞察が今ほど必要な時はないだろうと話す筆者の指摘を、私も重く受け止めたところです。


#2797 トランプ関税は子どもの火遊び?

2025年04月11日 | 国際・政治

 ドナルド・トランプ米大統領の政治姿勢は、人々に注目されるものを取り入れながら日に日に大きく変化している。しかしひとつだけ、1980年代から一貫しているのは、関税が米経済を活性化させるうえでの有効手段だという信念だと、4月3日のBBC(JAPAN)が報じています。

 4月2日にトランプ氏自身が公表した相互関税政策については、世界中のありとあらゆるエコノミストが「この大規模な関税はやがてアメリカの消費者に転嫁され、物価を上昇させ、世界的な不況を招く」と警告している。それにもかかわらず、彼はこの日を「アメリカの解放の日」と呼び、「この日が、何年か後に人々が振り返って、『彼は正しかった』と言うような日になることを願っている」と話しているということです。

 もしトランプ氏が成功すれば、第2次世界大戦の焼け跡からアメリカが中心となって築き上げた世界経済秩序を、根本から再構築することになる。トランプ氏は、そうすることでアメリカの製造業を再建し、アメリカをより自立させると胸を張って約束していると記事はしています。

 そうした中、今の段階ではっきりしているのは、2日の発表をトランプ氏が実行に移せば、世界経済に歴史的な変化を生むことはほぼ確実だということ。問題は、それが業績として歴史に刻まれるのか、それとも悪評として残るのかだということです。

 さて、ともあれトランプ氏がこれからやろうとしていることと、結果として期待していることは(何となく)分かるのですが、問題は手段と目的の間の因果関係がよくわからないこと。「我々を搾取する輩がいるから今の(悪い)状況が生まれている。だから彼らを攻撃し排除するのだ…」といった、感情に任せた一貫性のない(そして極端な)政策の数々は、それに付き合わされる世界の人々にとってはとんだとばっちり、「いい迷惑」というものでしょう。

 果たしてトランプ氏は、世界を相手にしたこの関税政策によって一体何を実現しようとしているのか。4月11日の経済情報誌「Newsweek(日本版)」に、米国在住のジャーナリスト冷泉彰彦氏が『トランプ関税が抱える2つの謎......目的もターゲットも不明確』と題する論考を寄せているので、参考までにその指摘を小欄に残しておきたいと思います。

 4月2日の発表以来、株式市場を激しい混乱状態に降ろし入れているトランプ関税。例えばニューヨーク市場は、その後1週間以上にわたり乱高下を繰り返し、まるでリーマンショック前夜のようだと氏は話しています。

 今回、「相互関税」が打ち出された背景には、まずは、アメリカが「先進国社会」になったという現実があると氏は言います。米国内には知的な頭脳労働だけが残り、その川下にある製造プロセスは空洞化されていった。結果、中西部には工場の廃虚ばかりが目立つようになり、「ラストベルト」と呼ばれるようになったというのが氏の認識です。

 こうした地域の人々は(自分たちを追いやった)多国籍企業を憎悪の対象とし、また、アメリカをそのような「先進国」にした政治家や経営者を「グローバリスト」として軽蔑している。更に言えば、国際分業を前提としたサプライチェーンも敵視し、アメリカに対して膨大な輸出をしている中国などを不公正な国として、これまた憎悪の対象としているということです。

 だから、「関税」によって輸入品から国内の製造業を守り、不公正な国々に「仕返し」をし、国内のいけ好かないリベラリストの鼻を明かしたいということでしょうが、仮にそうだとしても、そこには大きく2つの謎が横たわっているというのが、この論考で氏の指摘するところです。

 1つ目は、具体的な関税の目的について。今回の関税戦争の仕掛け人と言われているピーター・ナバロ氏は7日朝のCNBCの番組に出演し、「高関税を財源として減税するのが目的なのか? それとも高関税というのはディールの材料なのか?」と問われると、明確な回答をしなかったと氏は話しています。

 その一方で、ナバロ氏は「相互関税で大不況になることは絶対にない。不況になるなどと言っている人は愚かだ。何故なら直後に大規模減税を行うからだ」という発言もしている由。こうなると、市場関係者としては一体何がなんだか分からないことになり、(市場は)少ない情報に一喜一憂して混乱を続けるしかなくなっているということです。

 2つ目は、関税の具体的なターゲットについて。(相互関税が)本当にアメリカを自給自足経済にするため経済鎖国をして全世界を敵に回すのが目的かといえば、交渉が成立した国には思い切り税率を軽減したりしているので、どうもそういうワケではなさそうだというのが氏の指摘するところ。

 一部には、本丸は中国でそれ以外の国との税率提案や交渉は中国を追い込むためのもの…という説も流れているが、行き当たりばったりのようでよくわからない。こうしてターゲットがどこなのかが不明確なことも、疑心暗鬼の拡大に繋がっているということです。

 一方、アメリカの大多数の世論も市場関係者も、この2つの謎については、政権の側が明確な答えを「持っていない」ことに薄々気付いていると氏は話しています。目的は、ただ支持層の持っている「怨念」を政治的なエネルギーにしつつ、支持層の期待に応えるようなドラマを演出することだというのも、(多分)大方の人が理解しているということです。

 更に言えば、トランプ政権は、株価の大暴落や深刻な不況を起こそうとも思っていない…これも恐らく政財界の大勢としては理解されていることだと氏は話しています。もしも、今回の措置を引き金に大不況が到来すれば、与党・共和党が26年の中間選挙で大敗することは必至。場合によっては大統領の罷免につながってしまうからだということです。

 しかし一方で、現在行われていることはまさに「リアルな大統領権限の発動」で、このままでは「本当に実体経済への大きな影響」が避けられない。最悪の事態としては、誰もコントロールのできない破綻にいたる可能性も否定できないと氏はこの論考の最後に指摘しています。アメリカ国内では、「お手並み拝見」とばかりに、遠巻きに見ている勢力の姿が透けて見えますが、実態はまさに、子どもの火遊びでは済まされない状況ということでしょう。

 その一方で、大統領の支持層が持っている「現状への不満」や「怨念」というものも(それはそれで)「リアル」であるという理解は静かに広がっていると氏は言います。なので、米国内には「経済成長だけが正義」という議論については、今のところは「やりにくい」空気があるのも事実。(中間選挙を控え)このことが問題を一層複雑にしている現状があると結ばれた冷泉氏の指摘を、私も興味深く読んだところです。


#2794 「トランプ関税」の辿る道はいかに?

2025年04月08日 | 国際・政治

 4月2日に米トランプ政権が発表した「相互関税」が、国際社会を大きく動揺させています。翌日の日米欧の各株式市場では時価総額で500兆円以上が吹き飛び、米国内では大規模なデモが発生したとも伝えられています。

 およそ科学的でない関税率の算定方法や、唐突で一方的な手法などで各国メディアが批判一色で染まる中、トランプ氏を第2次大戦の前の世界恐慌の引き金を引いた(とされる)「スムート・ホーリー法(1930年関税法)」を定めた、ハーバート・フーバー大統領(共和党)に重ねる論調も多くみられるところです。

 コロラド川に建設された「フーバーダム」で知られるフーバー大統領。国内産業保護を目的に1930年にスムート・ホーリー法で各国に高関税をかけ、それが貿易相手国との関税率引き上げ競争を生み「世界恐慌を悪化させた」ことで世界経済史に名を残しています。

 それからおよそ1世紀。基軸通貨を握り、随一の経済大国として世界の富をほしいままにしてきた米国は、ここでも同じ過ちを繰り返そうというのか。そうした折、4月7日の米国経済紙「The Wall Street Journal」に、同紙経済担当チーフコメンテーターのグレッグ・イップ氏が『世界貿易はトランプ関税を切り抜けられるか』と題する論考記事を掲載していたので、参考までにその主張を残しておきたいと思います。

 ドナルド・トランプ米大統領が(4月)2日に打ち出したのと同じくらい劇的な関税引き上げを米国が前回実施したのは、1930年のこと。大半の歴史家が振り返るように、ハーバート・フーバー大統領が署名したスムート・ホーリー法によって世界貿易は崩壊し、恐慌に陥りかけていた世界の流れに追い打ちをかけたとイップ氏は記事の冒頭に綴っています。

 トランプ氏の発表と中国の報復措置を受けた株価暴落は、同じような結果を予感させる。無理もない。トランプ氏の関税は1930年代に実施されたものより引き上げ幅がはるかに大きいのだからだと氏は指摘しています。

 しかし、だからと言って、世界が必然的に1930年代を繰り返す運命にあるわけではない。今回の貿易戦争への支持は極めて限られており、たとえ米国が内向きになったとしても、大半の国々には貿易と開放に代わる選択肢がないというのが氏の認識です。

 米国内でさえ、主な関税支持勢力は、1987年以来貿易戦争がしたくてうずうずしていたトランプ氏だけ。世論は関税を支持しておらず、市場や経済への打撃が大きくなれば反発が高まる公算が大きいと氏は言います。議会共和党も、関税による国内経済の再生には消極的。こうした状況が示唆するのは、2日の関税発表後に起きた混乱はあるものの、「最悪の事態を想定するにはまだ早い」…というものだということです。

 トランプ氏の新たな政策によって、米国内に供給される主要な輸入品の価格は23%上昇する。現在は消費に輸入品が占める割合がより大きいため、新関税は1930年代より多くの経済活動に打撃を与えるだろうと氏はしています。

 しかし、(氏によれば)全ての関税引き上げが貿易戦争を引き起こすわけではないとのこと。1971年にはニクソン大統領が輸入品に10%の課徴金を課したが、その際は他の諸国に対し条件(「各国通貨を米ドルに対して切り上げること」)を明確に示したことで、各国が求めに応じ課徴金は撤回された経緯もあるということです。

 つまり、国際貿易が1930年代のように崩壊するのか、それとも1970年代のように継続するのかは、次に何が起きるかに懸かっているというのが氏の指摘するところ。単純に言ってしまえばそれは、「交渉か?それとも報復か?」だと氏はしています。

 トランプ政権の当局者らも先週末、50以上の国々が交渉を求めていると語っていたとのこと。(もっとも)今回の関税が発表される前にも交渉が数週間続いていたが、結局のところ、トランプ氏が関税回避のために取引を成立させることはなかったということです。

 こうした経緯を見る限り、多くの国にとって大きな謎は、米国が自ら作ったグローバルな貿易システムに完全に背を向けてしまったのか、それとも一時的に退いただけで、トランプ政権が終われば元に戻るのかという点だと氏はここで話しています。

 米国内でさえ、貿易戦争はあまり人気がない。当紙(←Wall Street Journal)がトランプ氏の発表直前に実施した調査では、登録有権者の54%が関税に反対と答え、賛成は42%にとどまった。賛成したのはほとんど共和党員で、特に「MAGA(米国を再び偉大に)」運動の支持者だったということです。

 共和党議員のメジャーな態度は、関税を交渉手段として擁護するか、トランプ氏に従うか、または話題を減税や規制緩和にすり替えるかで、彼らが関税自体を称賛する声はめったに聞かないと氏は言います。

 しかしその一方で、(氏によれば)今のところトランプ氏に方向転換を迫る政治的圧力はほとんどないとのこと。なので問題は、経済・金融における混乱がその状況を変えるかどうかだというのが、現状に対する氏の感覚です。

 ビジネス界の支援者であるイーロン・マスク氏や、ヘッジファンドマネジャーのビル・アックマン氏は既に関税反対の立場を表明している。報復は貿易戦争を深刻化させるリスクはあるが、それによってトランプ氏が交渉により前向きになれば、ひょっとすると貿易戦争が短期間で終わる可能性もあるということです。

 氏によれば、カナダのメラニー・ジョリー外相は先週、同国が報復措置に踏み切った理由を説明した際、「トランプ大統領に軌道修正をさせられるのは、地球上で米国民だけだ」と述べた由。うむ、まさにそのとおり。何よりも米国民が今、20%を超える「トランプ関税」が自分たちへの税金であることを理解することが大切だと話す記事の指摘を、私も興味深く読んだところです。