「令和の米騒動」という言葉が人々の口の端に上るようになって早1年以上。農林水産省は政府備蓄米を既に30万トン以上放出したとしていますが、実際、スーパーなどの小売店に届いたのは(4月13日現在で)その内のわずか1.4%に過ぎない3018トンとのこと。こうした状況が続けば、夏の参院選で与党にとって大きな打撃になることは想像に難くありません。
収束する気配が見られないコメの品不足や価格高騰、さらには農水大臣の「コメは買ったことがない」などという(空気が読めない?)コメントにより、自民党農水族はもとより、農林水産省やJA(農協)への世論の風当たりは、日に日に強まっているようです。
一体、何がどうなっているのやら…コメ問題と共に国民の目の前の下に晒らされた日本の食糧行政の問題点について、情報誌「週刊ポスト」(6月6・13日号)が、論客として知られる経営コンサルタントの大前研一氏に聞いています。(『農業従事者が激減しても多大な優遇政策は温存…農水省・自民・JAの「農政トライアングル」が歪めた日本の農業の問題点』)
そもそも、日本の農業にはJAが生む歪みがあると大前氏は言います。農水省の統計では、普段から仕事として主に自営農業に従事している基幹的農業従事者は約111万人(2024年)だが、JAの組合員数は約1021万人(2023年度)もいる。なぜこんなに差があるかと言えば、農家でなくてもJAの組合員になれば大きな恩恵を得られるからだと氏はその理由を説明しています。
(農協を通せば)農機具の購入や施設の整備などに対して、政府から様々な補助金や助成金が出る。ガソリンや肥料、農薬も安く買えるし、JAバンクの住宅ローンやマイカーローンの金利は他の金融機関よりも低いとのこと。さらに「農家」の最大のメリットは「相続税の猶予・免除」ができることで、相続人が農業を受け継いで一生涯(一部地域では20年間)農業を続ければ、農地への相続税の納税が猶予され納めなくてよい仕組みになっているからだということです。
これは、サラリーマンのささやかな経費控除とはケタが違う(有利な)もの。1960年の農業従事者数は1273万人で、全産業就業者数の28.7%を占める「大票田」だった。だから自民党は農家を優遇したと大前氏は話しています。
それが、2023年には7分の1の181万人にまで減少し、全産業就業者数に占める割合はたったの2.7%になった。しかし、それでも農家に対する数々の多大な優遇政策は温存されている。そして、(結局のところ)この歪み(=不公平)を是正しなければ、日本の農業は健全で強い「産業」にはならないというのが氏の見解です。
今回の「令和の米騒動」は、農業政策・食料政策を根本から見直す好機でもあると、氏はここで指摘しています。日本には、「農政トライアングル」などと呼ばれる、戦後から続く農水省・自民党・JAが複雑に絡み合いながら利害を共有し、時に政策を歪めてきた構造がある。それがもたらす問題点は、農家に納税者負担で補助金を出して「減反」させ、コメの生産量を意図的に減らして高価格を維持しつつ、その一方で圃場整備事業などに膨大な税金を費やし、減反しながら農地を増やすという矛盾した政策を続けてきたことだと氏は言います。
結果、農業の大規模化・効率化・生産性の向上は進まず、既得権益が強いため若手農家や新規参入者が不利になって世代交代も進んでいない。実際、2024年の基幹的農業従事者の平均年齢は69.2歳で、65歳以上が79.9%を占めており、こうした構造を壊さなければ日本の農業に未来はないということです。
では、どうすればよいのか? まず、都道府県数の10倍以上の507(2024年4月1日時点)もある「農協」の集約化を図るべきだと氏は提案しています。協同組合ではM&Aもままならないので、株式会社化することを検討しなければならない。農畜産物の販売や生産資材の供給を担当しているJA全農も株式会社化して機能別に分割し、これまで培ってきた技術と品質を武器に世界で勝負すべきだということです。
併せて進めるべき農政改革は大きく二つ。ひとつは、農水省を経済産業省に吸収・合併し、農業を「産業」として伸ばすこと。そしてもうひとつは、今の農水省は供給者のための「農民漁民省」になっているため、新たに需要者のための「食料省(胃袋省)」を設置して、世界中から安全・良質・廉価な食料を長期的・安定的に調達することだと氏は話しています。
氏によれば、政府は「食料安全保障」と称して食料自給率の向上を唱えているが、それは(ある種の)「まやかし」とのこと。日本の食料自給率(2023年度)はカロリーベースで38%。コメは自給率100%だが、それ以外の食料は輸入頼みで、つまり、それらの輸入が途絶えたら日本はジ・エンドであり、しょせん「食料安保」は空念仏にすぎないというのが氏の認識です。
(政府は)戦争が起きると食料自給率が低い日本は食料が枯渇すると国民を不安がらせているが、それ以前の問題として、もしも石油の輸入が止まったら石油備蓄は240日しかないのでその後は経済活動全般がストップし、農機具1つ動かせなくなるのは自明のこと。「食料安保」に意味はないわけで、エネルギーを輸入に頼る日本は、ただただ戦争をしなくて済む外交政策を展開するしかないというのが氏の指摘するところです。
奇しくも「令和の米騒動」によって、注目を集めるようになった食糧安全保障の議論。この際、昭和の時代から進化していない怠慢な農政は速やかにオールクリアし、ゼロベースで刷新するべきだと話す大前氏の指摘を、私も興味深く読んだところです。
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