MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯70 賃金格差解消のジレンマ

2013年10月14日 | 社会・経済

 日本経済新聞のコラム「やさしい経済学」では、10月に入って以降「女性活用の効果」と題して、女性の雇用拡大に向けた諸課題を検討、解説しています。

 10月7日(第5回)の主なテーマは、家事や育児といった結婚・出産に伴って発生する生産活動を男女がどのように「分担」するかという選択が、結婚後の女性のライフスコースに大きな影響を与えているということです。そして、女性がライフコースを選択するに当たっての最大のインセンティブは「男性と女性の賃金格差」にある、というものでした。

 女性の賃金がパートナーの男性との比較において相対的に低いほど、家事や育児、介護などの家庭内生産の多くを女性が担うことが経済合理的となり得る…、逆に言えば、女性の市場賃金が男性に比べて低いことが、結婚や出産のタイミングで離職する女性が発生する最も大きな要因となっている、ということです。

 現在、男女間の賃金格差は縮小傾向にあり、厚生労働省によると1990年に100:60.2であった賃金格差は2010年には10070.9まで10ポイントほど縮小しています。そして、こうした変化を裏づけるように、年齢別労働力率(就業者+失業者/年齢人口)のM字カーブのボトムに当たる3034歳の女性の労働力率は1990年の74.8%から2012年の82.4%へと、この20年余りで7.6ポイントの上昇を見せています。

 この世代の女性の労働力率の上昇は他のグループに比べて有意に高く、どうやら記事の通り、男女間賃金格差の縮小が結婚・出産時期に当たるこの世代の女性の就業意欲により強く影響していると言うことができそうです。

 一方、このコラムを担当する中央大学の阿部正浩教授は、こうした労働力率の上昇をより詳細に調べたうえで、「2534歳で上昇しているのは未婚女性が押し上げているからであって、既婚女性の労働力率はそれよりもずいぶん低くなっている」と指摘しています。つまり、就業している未婚女性(いわゆる「おひとり様」)が一定の割合で増え続けていることにより、この世代の女性の労働力率に向上がもたらされていると見るべきだ、ということです。

 この結果は、女性にとって結婚や出産のコストが高いままであることを物語るものになっています。結婚や出産を考える際に「仕事を辞める」という選択を迫られている限り、賃金が高くなるということはそれだけ「失うものが大きくなる」ということを意味します。つまり結婚や出産へのハードルが、一層高くなっているということです。

 これは、2030歳代の女性の賃金水準が上がることにより、この世代の女性の「就業」に対するインセンティブが高くなる…、と言い換えることもできます。つまり、結婚などしなくても十分豊かに生きていける。やりがいのある仕事も任されており、パートナーのために仕事を辞めるなんて考えられない…というように、結婚し子供を産み、育てるといった女性の人生のライフコース自体に影響を与えていくことになります。

 阿部教授は、仕事を辞めることで失われる潜在的な利益(機会費用)が高まったことにより実際に未婚や晩婚を選択する女性が増加している…としたうえで、「賃金格差解消で労働力率が上昇するなら女性活用の観点からは良いことです。しかし、それ(賃金格差の解消)で未婚者が増加してしまうと少子化がさらに進む結果となり、この「ジレンマ」の解消が課題となります。」と、この問題の奥深さを指摘しています。

 つまり、このまま男女間の賃金や待遇の格差解消のみを先行して進めていっても、結局は現在の大都市圏にみられるような未婚化、晩婚化、少子化をさらに促進していくことにつながる。経済の活性化に向けて女性の労働参加を進めるのであれば、結婚、出産後も仕事を辞めずに働き続けるための政策を併せて打っていく必要がある、…ということになります。

 具体的には、男性による子育てや家事への参加、地域社会におけるコミュニケーションの活発化といった国民意識の変革に向けた取り組みであったり、女性の家事労働を減らすための技術(機器)や家事・育児サービスの提供といった民間セクターによる対策の促進などが挙げられます。

 また、育児休業の充実や就業時間の柔軟化などのワーク・ライフバランスに配慮した労働環境に関する雇用者への働きかけを行ったり、専業主婦を優遇する税制や社会保障制度の見直しなどによる「働く女性が不利にならない」環境づくりを進めていくことも必要になると考えられます。さらに、保育所定員の拡大など保育インフラの整備や、求職中の女性に対する情報提供などの支援が欠かせないのは言うまでもありません。

 いずれにしても、女性の賃金が高ければ、仕事を辞めることで失う潜在的な利益(機会費用)が大きいので、正規雇用者の育児休業の取得は進むと考えられます。一方、賃金が一定の水準に達していなかったり働く母親を支援する体制が整っていなかったりすると、子供を預けることが難しくなるばかりか仕事を続けること自体が困難となり、結局育児休業も取得しない(仕事を辞める)という意思決定がなされることになります。

 少子化対策と女性の就業拡大を同時に進めるためには、まずは男女の賃金格差を縮めること、そして育児と就業が両立できる環境を整えること、この二つががどうしても必要になるということです。