MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯80 「MAKERS革命」 バーチャルからリアルへ

2013年10月31日 | 社会・経済

 世界のオピニオンリーダーへのインタビュー集「知の最先端」(大野和基・PHP新書)に、米誌「WIRED」の元編集長、クリス・アンダーソン氏へのインタビューが掲載されています。

 アンダーソン氏は、現在、自身が立ち上げたベンチャー企業「3Dロボティクス」のCEOであり、商品やサービスを消費者に無料で提供する価格モデルの可能性を検証した「フリー」や、インターネットの活用による世界的な規模での製造委託モデルを提案した「MAKERS」などの著書は、今や世界的なベストセラーになっています。

 しかし、クリス・アンダーソンという名を世界的に有名にしたのは、やはり2006年に出版された著書「ロングテール」(邦題『ロングテール―「売れない商品」を宝の山に変える新戦略』)でしょう。

 この「ロングテール理論」は、もしも流通経路さえ十分に大きくできれば、需要が少ない、あるいは販売量が少ない商品でもそれらをまとめあげることによりベストセラー商品や大ヒット商品を上回るような市場シェアをつくり上げることができるというものです。

 「ロングテール」という名前の由来をもう少し説明します。商品の売り上げを、販売数を縦軸に、商品を横軸にして、販売成績の良いものを左から順に並べると、左側が急峻で、右側に向けてあまり売れない商品がなだらかに伸びるグラフが描かれることになります。つまり、全ての販売商品のうち販売数が大きな商品は全体から見るとわずかであり、実は販売数量が低い商品が販売品目のほとんどを占めているということです。(このグラフの恐竜の尻尾(tail)のような形状を描くことからアンダーソン氏はこれを「ロングテール」と呼んでいます。)

 このグラフは、あまり売り上げが上がらないニッチな商品でも、総体で見れば販売量の多い(売れ筋の)商品を上回るような販売量が確保できるということを意味します。つまり、インターネットのような多様で多数の市場(消費者)を相手にしそのニーズに応えることができれば、販売機会の少ない商品でもアイテム数を幅広く取り揃えることによって売上げを大きくすることができるというものです。Amazonなどのオンライン販売では、例えば年に1個しか売れないような商品であってもオーダーに応じられことから店舗販売とは別のマーケティングが可能であるとして、このようなIT環境を活用した新たな物品販売のビジネスモデルを「ロングテール」として説明しています。

 さて、最近の技術の進歩によって実現したアイディアに「3Dプリンター」というものがあります。通常の紙に平面的に印刷するこれまでの「プリンター」に対して、コンピュータ上のデータを元に立体(3D)を造形する機能を持ったデバイス(装置)を指す言葉です。

 コンピュータ上で作った3Dデータを設計図として、断面形状を積層していくことで立体物を作成するもので、一般的には液状の樹脂に紫外線などを照射し少しずつ硬化させていく、熱で融解した樹脂を少しずつ積み重ねていく、粉末の樹脂に接着剤を吹きつけていく…などの方法により、数式や数値であるデータを、簡便に肉眼で眺め手にとって触ることのできる「実物」に作り上げることができるハードウェアです。

 これまでウェブ上で実行されてきた様々な試みを現実の世界に持ってくるこうした一連の技術によって、モノ作りの現場が大きく変貌するとアンダーソン氏は見ています。ITを製造業に取り入れ、その技術を一般の人々まで普及させる(そうした新技術を主として個人が手に入れる)ことで、製造業がこれまでの創造をこえた範囲で実体化する、誰でも「MAKER」になり得る時代がやってくるというものです。

 アンダーソン氏は、この本のインタビューの中で、こうした技術の進歩によって、これまでインターネットの中で実現してきたようなイノベーションが「ついに現実の世界の世界にやってきた」とコメントしています。これまでのデジタル革命はあくまでスクリーン上で起きた2Dの(言わばバーチャルな)出来事であった。しかし、これからのモノづくりはこうしたスクリーン上のモデルを実際に手に取り、製造業と融合させるところにまで来ているというものです。(氏はこうした技術を「ビットの世界とアトム(原子)の世界とを橋渡ししてくれる技術」と表現しています。)

 例えば、「幸せの缶詰」というものを販売しようと思いついた人がいたとします。それだけでは何の事だか分りません。しかし、ウェブ上で提案することにより興味を持った世界中のクリエイターからアイディアを募ることは誰にでもできることです。

 方向性が決まったらノウハウを持つコミュニティを立ち上げ企画を練って出資者を募る。デザインを具体化し製造の委託先を公募し、サイトに商品を陳列しネット上で販売する。どのような価格のどのような製品になるのかは最初の時点では分かりませんが、アイディアに賛同しネット上に集ったコミュニティによって具体化され商品として手に取ることができるまで数カ月もあれば十分でしょう。

 一枚のクレジットカードさえあれば、一連のプロセスを自宅のラップトップ上の作業だけで具体化していくことができる。商品を製造するというプロセスに関するこうした(オープンな)イノベーションを、アンダーソン氏は「メイカーズ革命」と呼んでいます。

 パソコンの液晶ディスプレイにあったものが、実物としてプリントアウトされてくる時代になりました。ネット上における「金融」や「投資」などのビジネスは既に一般化していますが、いよいよアイディア一つあれば誰もが「メーカー」になれる時代を迎えようとしています。

 「バーチャルからリアルへ」。夢を実現していく上でのハードルが、またひとつ低くなったということです。