習作の貯蔵庫としての

自分の楽しみのために書き散らかした愚作を保管しておくための自己満足的格納庫ですが、もし感想をいただけたら嬉しく存じます。

真昼の暗黒/簡潔版ショートバージョン(2)

2023-07-18 17:51:33 | 映画
 ・・・いかがでしたか。

 あまりの衝撃的な結末に、正直言葉が出ない・・・という皆さんが多いのではないでしょうか。


 あの真に迫った取り調べシーン。
 この一連の取り調べーというより拷問―のシーンは、戦前の特高警察の拷問を実際に体験した今井正監督ならではのリアルな表現でしたね。

 さて。
 警察は、いったいそこまでして、何をしたかったのでしょう。何を守ろうとしたのでしょう。
 これはもう、ハッキリ言い切れますが、警察と検察にとって何より一番大切なのは自分たちと国家のメンツです。
 そうです。人命より人権より、組織と国家の威信が大切なのです。

 そして、警察・検察とは、仮に自分たちに誤りがあったとしても、是が非でもその誤りを認めようなどとはしない人たちなのです。なぜなら、組織の、そして国家の威信が最優先なのですから。
 「被告人は全て無罪と推定される」、「疑わしきは被告の利益に」、「10人の真犯人を逃すとも、無辜(むこ)の人を罰することなかれ」。この原則がこれほど守られていない先進国が他にあるでしょうか。


 この映画の冒頭に表示される「この映画は事件そのままではない」というサジェスチョン的な文言は、万一の場合のリスクヘッジでしょうが、検察の主張通りにもし本当に植村らが犯人だったら、そんな小細工的な言い逃れはできないだろってぐらいに汚点映画になってしまっていたことでしょう。場合によっては、監督生命、脚本家生命を絶たれるほどの危険な仕事です。

 つまり、言いたいことは、監督も脚本家もプロデューサーも、それだけのリスクを背負ってまでも背水の陣で臨んだ勇気ある作品だということ。そして、逆に言えば、そのように自信を持って自らの映画人生の進退を賭けられるぐらいに警察・検察のストーリーはデタラメだったということです。

 それが最もよく表れているのが、警察・検察側が複数犯説を押し通すために、犯行時間を植村らの有効アリバイ時間後に無理矢理ずらして限定したために、犯行をするには時間的無理が生じたことを、コミカルな早回しで表現した皮肉たっぷりな、あの印象的な演出です。被告席にいる者まで思わず失笑してしまうぐらいに稚拙な論理を無理押ししようとする検察に、もはや正義はありません。あるのは、何が何でも誤りを認めないという国家権力の尊大で無理筋な意地だけ。「ウソつきは警察の始まり」とは、本当によく言ったものです。


 史実としての、この物語の続きを申し上げますと、たしかにこの後、あの作中にも登場した弁護士たちの粘り強い仕事によって、最後には映画の役名でいう植村たちは無罪判決を勝ち取りました。
 しかし、それまで15年以上の長い歳月がかかり、事実上、彼らは人生の最も充実しているべき若い日々を国家権力によって奪われたのです。
 失われた年月は戻りません。不当逮捕と不当裁判で奪われた人生の時間はもう取り戻せないのです。

 それから、忘れてはいけないことをもう一つ。
 この物語の被告たちは拷問に苦しめられた上、何年も何十年も収監され、苦しみ続け、人生の半ばを奪われ、家族ともども心に癒しがたい傷を残しました。しかし、被告らを苦しめた元凶たる警察関係者、検察関係者は何も罰せられていないということです。おそらく、その後も雇用を保証され続け、高額の退職金を受け取ったことでしょう。
 果たして、このような「司法による殺人、または殺人未遂」がいっさい罰せられないなどということがあっていいのでしょうか。・・・


 とにかくこの作品を見るときは、自分が、あるいは自分の家族が植村らと同じ目に合わされたらと思って見てください。

 よく世間の「善良なる市民の皆さん」は、死刑制度廃止を主張する人々に対して、「自分の家族が殺されても(殺人事件の被害に遭っても)同じことを言えるのか」なんて宣(のたま)いますが、私は逆に死刑制度存続論者の方に質問してみたいと思います。「自分や自分の家族が警察の拷問により冤罪にされ、死刑を執行されても同じことが言えるのか」と。


 さて。
 映画のお話に戻りますと、このような冤罪をテーマにした強い社会的主張を持った名作は、この『真昼の暗黒』の他にもたくさんあります。
 同時代の日本の作品から、初心者には『真昼』よりとっつきやすいこと請け合いの、新藤兼人脚本による『その壁を砕け』(1959)がまずおすすめです。また、『真昼の暗黒』と同じ実際の事件をもとにした作品では、『証人の椅子』(1965)があります。
 より新しい日本の作品では、ご存知の方も多いであろう周防正行監督の『それでもボクはやってない』(2007)が、やはり素晴らしい力作です。

 ハリウッドの古典名作では、人種差別起因の冤罪事件を扱った名作『アラバマ物語』(1962)が必見です。
 陪審員たちの室内のディスカッション劇に終始するという異色の名作『十二人の怒れる男』(1959)も、広義の冤罪ものと言っていいでしょう。ヨーロッパものでは、実際に無実の人を死刑にしてしまった悲劇の事件を描いた古典名作『死刑台のメロディ』(1971)があります。冤罪で収監された後のことを主に描いた『ショーシャンクの空に』(1995)も忘れてはいけない作品です。
 より新しいところでは、『無実の投獄』(2017)に『黒い司法/0%からの奇跡』(2020)。クリント・イーストウッド監督の実話もの『リチャード・ジュエル』(2019)。そもそも罪状そのものからして無茶苦茶な韓国映画の同じく実話もの『弁護人』(2016)。
 いずれもおすすめの作品です。


 そして、それら一連の作品の中でもひときわ金字塔として特筆されるべき作品、永遠に記憶され語り継がれるべき作品が、今日ご覧いただいた『真昼の暗黒』だったわけです。
 ご覧いただいておわかりの通り、この作品は、橋本忍の緻密な脚本、今井正の気迫のこもった演出、そして無名の舞台俳優を中心とした役者たちの熱演により、大変に求心力のある、力強い映画になっています。

 そもそも、この作品は、係争中の事件に対し、ハッキリと白か黒かを主張するという前代未聞の作品であるがゆえに、司法当局から激しい妨害を受け、その圧力をはねのけて作られたという、気骨の作品です。
 そして、そのあまりにデリケートな内容ゆえに、映画が作られてからも、メジャー配給会社が恐れをなして敬遠したという、まさにいわくつきの作品だったのです。
 しかし、今日でいうインディーズ公開でありながらも、多くの人の支持を得て、冒頭で私が述べましたように、その年の映画賞を総ナメにしたのです。

 今、この21世紀のご時世に、改めてそのことの意味を皆さんと一緒に考えたいと思います。
 現在の世の中で、政府や警察や司法当局の圧力をはねのけてまで、強いプロテストを含んだ映画が企画され制作されるということがあるでしょうか。
 そして、それが権力側の圧力に屈せずに公開され、しっかりと批評家や映画記者の選ぶ映画賞で最高賞を受けるということがあり得るでしょうか。

 もう映画人は、あるいはわれわれ映画ファンは、『真昼の暗黒』が作られた当時のような気概を取り戻すことはできないのでしょうか。

 いや、そんなことはないはずだ・・・・・・と、いま一度、とくに映画関係者に見つめなおしていただきたいがために、今夜はあえてこの映画をお送りさせていただきました。


 あなたのハートには何が残りましたか。


(急に口調が変わって)さあ来週はお待ちかね、『刑事コロンボ』シリーズの登場です!
 『刑事コロンボ/パイルD3の壁』。
 この作品は何と、コロンボを演じるピーター・フォークが自ら監督をした唯一の作品なんです。
 建築家の男が施工主を殺害するのですが、問題はその死体をどう処理するかです。そうです、これは『コロンボ』シリーズの中でも、比較的珍しい死体遺棄の、その隠し場所がヤマとなる物語なんですね。
 さあ。犯人がいかに死体を隠すか。そして、コロンボがいかに見破るか。最後はアッと驚く結末が待っています。
 どうぞご期待ください!


 いや~。映画って、本当~に意義深いものですね。

 ではまた、金曜ロードショーでお会いしましょう。



P.S.

まことにまことに無粋ながら、筆者から追記。

この稿を書き終えた後、知ったこと。


>  現在の世の中で、政府や警察や司法当局の圧力をはねのけてまで、
> 強いプロテストを含んだ映画が企画され制作されるということがあるでしょうか。
>  そして、それが権力側の圧力に屈せずに公開され、
> しっかりと批評家や映画記者の選ぶ映画賞で最高賞を受けるということが
> あり得るでしょうか。

>  もう映画人は、あるいはわれわれ映画ファンは、
> 『真昼の暗黒』が作られた当時のような気概を取り戻すことは
> できないのでしょうか。


なんて悲観的なことを書いていたら、何と、2020年の日本アカデミー賞の最優秀作品賞は、『新聞記者』(藤井道人監督)だったらしい!
迂闊にも知らなかったが、実に驚愕の、本当に本当に驚くべき快挙である。

映画評論家が選ぶキネ旬ベストテンや映画記者の選ぶブルーリボン賞ならともかく、まさか日テレをはじめメジャー資本の意向で選ばれるものとタカをくくっていた(そしてそれゆえ諸々の映画賞の中で一番権威がない)日本アカデミー賞で、『新聞記者』のような作品が最高賞を獲るとは!!
しかも、キネ旬ベストテンも、ブルーリボン賞作品賞も、毎日映画コンクール日本映画大賞も獲っていないのに!

いやはや、日本アカデミー賞を見直さざるを得ないわ。
ごめんね、今までバカにしてて。
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